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4. すなっくババロア~メグ姉ぇとユアナ♡~

お前いつバイト始めんねん!前置き長すぎんねん!

あとちょっとだから、あとすこし我慢するだけだから、ほんの先っぽだけだからっ!

13:45。


「あらやだぁ~ユヅルちゃんじゃない、珍しい顔ね!アタシに会いに来てくれたのね?」


 女の子走りでトテトテ近づいて来たのは、身長190cmは優にあろうという大おと…女性であった。目を逸らしても視界の端にチラつく強靭な存在感は、かの縄文屋久杉を彷彿とさせるが、よく見ると古木ではなく店主のメグミママである。『筋肉は心のキャンバス』をモットーに掲げるメグ姉ぇは、その純情な乙女心を象る健康的な筋肉をこれ見よがしに主張してくるのだが、なんだろう、全然羨ましくないや。豪傑筋肉でバツバツになったメイド服のシワは癖になって取れないというし、とても動きにくそうだ。オリオン自然区域の双峰を思わせる大胸筋の隆起猛々しく、はちきれんばかりの二の腕でグイっといっぱいに抱き寄せられた。


 ちょっ、ギブギブ…くるちぃ…。

 鉄塊のような太ももをペチペチとタップすると放してくれた。


「ごめんなさい、アタシったらも~…でも、暗い顔が吹き飛んでハンサムボーイが戻ったじゃあない?ささ、入ってちょーだいっ!」


 メグ姉ぇに右尻つかまれながら入店を促された。


 店内の客席には2人掛けの木造円形テーブルが4つ並んでいるのだが、こんな時間にもかかわらず盛況なのは夜行を好む住人が集う儚払(ゆめばらい)横丁だからこそなのだろう。


 入口手前左のテーブルには、黒いスーツに黒いハットを被って落ち着いた感じの男が独り葉巻を吹かしていた。時が止まったかと疑うほどに微動だにしないその姿は、さながら店内をただ見守ることだけが目的であると主張するかのようだ。スラリと伸びた手足から想像するに身長2mくらいあるだろうか。何処にでもいそうで何処にもいなそうな雰囲気を(まと)い、級友にでも出会ったかのようなデジャブが脳裏をよぎり『どこかでお会いしましたか?』と声をかけたくなるほど印象的で、記憶を遡ってみると『やはり思い違いだ』と一瞬で否定できるほど淡い顔つきの男だ。店を出る頃には忘れてしまうのだろう。


 入口手前右のテーブルを陣取っているのは、この近代地区オリオンからどのようにして湧いて出てきたのだろうか、スキンヘッドに刺青を走らせたイカにも荒くれ者という裏屋街に相応しい粗野で下品極まりない2人のゴツイ男達で、空の酒瓶がテーブルから落ちても意に介さず巨大ジョッキ片手に金の話で盛り上がっていた。


 入口奥の右テーブルで体を打ち震わせる細身の男は、注文も取らずにただ真っ青な顔をこしらえている。ジュラルミンケースを大事そうに抱えながら、誰かを待っているのか入り口のドアをチラチラ見るような不審な挙動を取っていた。よくもまぁこの店にたどり着いたものだと感心するほどの顔色の悪さだが、子犬であれば保護欲が沸くもののオッサンには厳しい俺であった。薄い照明のせいか、ホントウに青い肌をしているように見えたのは気のせいだろうか。


 入口奥の左のテーブルは空席だったが、6人掛けカウンターの特等席であるメグ姉ぇの真正面に誘導された。


 朧げな照明は店内をchic(シック)で落ち着いた雰囲気に演出していた。しかし、それを(なぶ)り殺すかのようにして、カウンター内側という名の劇場ステージはsick(シック)な色で彩られていた。きっとこの光がなければ、さきに隣に座っていたと思われる女の子の存在に気づくことはなかっただろう。


 鎖骨が覗けるほどに肩を露出したフリル付きの透け透けレース、短めの黒いスカートから大胆に見える太ももに巻かれたガーターベルトを剥き出しにしたミステリアスガール。これはあれだ、関わったら喰われるタイプだ、ぴえん。酒をストローでチュウチュウ吸ったあと、手鏡一枚しか入らないくらい小さな黒いポーチから、やはり手鏡を取り出した。鏡に写る女の子の顔をこっそり後ろから覗き込む。小指を巧みに駆使して前髪と触覚の微調整する様子は手慣れたものだ。ピンクのインナーカラーと同系色にまとめたリップが、艶のある唇をきわだたせる。ぷっくりと膨れた涙袋の上には、大きな栗色の瞳が涙をいっぱいに浮かべて煌めいている。小悪魔系の小さくて可愛い顔に見惚れていると鏡越しに目が合ってしまった。


 ヤバい。…あっ、でも超絶可愛いな!さっそく可愛いに喰われてしまった。


 席に着くと、カウンター机に散らかる彼女の手荷物らしきモノに目がいった。ピンク一色の文房具に、難しそうなことが書かれた手帳、モフモフのお人形、お薬箱に、お注射器…ん?チュウシャキ?見なかったことにしよう。ポーチからは、血の染みついた天使の輪っかのような手錠やら、ピンク色の可愛らしい鎖やらがチラリズム的に見え隠れしていた。


 これはまた、ハイセンスな小道具をお持ちで。

 えっちぃやつなんだろ?そうであってくれ。

 でもな、たとえピンク色でも物騒さは隠せないんだぜ?

 お薬箱に大量に入っているのは、おそらく睡眠お薬だろう。

 左から、『かぜ、づつー、アフター、トランス、ねむり姫』の575が見えるもの。

 何か月分の睡眠を摂るつもりなのだろうか、あと、ずつうな!


「ママっなにこの子!めちゃ可愛いんですけどぉ。お姉ちゃんと連絡先交換しない?」


 話しかけられて少しでも嬉しいと思ったことは内緒にしてほしい。だがここは、毅然とした態度で断らなくてはいけない。なぜなら、この魅力的な人は俺の手には余りあるだろうし、なんなら誰かに譲っちゃうし、なにより注射器から産まれる退廃的なユートピアに臆せず進む勇気はないからだ。俺の器が小さいのがいけないのだ。ごめんよ。だからせめて精一杯、紳士を魅せるぜ。


「ごめんなさい。生憎、通信端末とかもってなくて…本当に残念です」


「え~!いまね今ねっ、”あいにく”って呼び捨てにされてキュンってしちゃった!

わたし、愛憎(あいにく)ゆあなって名前なの。特別な人にはユアナ♡って呼んでほしいな。キャーっ!わたしったら落ち着いてっ!ユアナ♡なんて言われたら好きなの止まらなくなっちゃうからダメだよぉ…もぉチュウだってまだなのにねっ!わたしったらバカバカ…でもユヅ君のことだから目を見つめながら優しく言ってくれるんだろうなぁ…。あっでもね、無理に呼び捨てにしてとは言わないよ?だってユヅ君が名前を呼んでくれるだけで幸せなんだもん。あだ名を考えてくれたっていいんだよ?結婚する前の恋人期間を、お互いあだ名で呼び合うのも甘々な感じで全然ありだもんね。いっぱいラブラブしようね?それに子供が生まれてからも、ちゃんと名前で呼んでくれると嬉しいなっ!ママって呼ばれるのも悪くないけど、ママである以前にユヅ君のパートナーなんだし急にそっけなくなっちゃうのは嫌だからね。ごめんね、ここだけは(ユヅ)れないかもしれないけど、愛があるなら呼び方なんてどうでもいいよね。わたしユヅ君のことちゃんとわかってるからさ…」


「あっ…えっ?あ~なるほど、宇宙の果ての話か…面白いよね、全然理解できないんだもん」


「あとねあとねっ、ユヅ君の胸ポケットに入ってた通信端末に映ってる2人のオンナはダレナノカナ?もう連絡先交換しちゃったし、しゅきぴに黙って浮気はダメなんだゾ♡まぁきっと暗殺対象の手配写真かナンカなんだよね?アハハハハ」


 なっ!いつのまに…底なしの闇を感じるんだゾ?

 目が全然笑えてないし、それに俺の端末握り締めないで!ピキピキいってるから。

 俺の語彙力全てを駆使して今の感情を表現しよう。なんていうか、『怖い』。


「その子達はユヅルちゃんの妹だから手だしちゃダメよ?それより、ユヅルちゃん、学校サボってここに来るってことは…ダメだったのね」


「ふぇ?あぁうん…悉く惨敗だったよ。フラフラ学生やるのも潮時さ。さっさと高校生なんて肩書やめてしまえば、仕事もすぐに見つかると思うんだけど…」


 手足をパタパタさせてイジケてる可愛いユアナさんを尻目に、ワイングラスに無料で注いでもらったオイシイ水をちびちびと啜った。あのまま話してたら手錠掛けられて鎖で縛られて575の薬をぶち込まれかねない。ありがとうメグ姉ぇ、命の恩人だぜ。


「わかってると思うけど、科学者への道は厳しくなるわよ」


「覚悟の上だよ…。夢だ理想だという高尚なモノは二の次でいい。守りたい人のためには魂と引き換えに悪魔と手を組んで、退屈な神様に嫌われたっていいんだ。それに最近、今まで見えてなかった人が見えるようになってきたというか…科学者の才能よりも、占い師だとか除霊の類の非科学的なモノへの才能があるんじゃないかと思うようになってきてね…」


 両親の影響もあって科学者になるのが夢だった。それでも…オリオンの中心地に(そび)え立つ研究施設で働くなんて理想を捨ててでも守りたいものがある。それは、この世の全てを天秤にかけても少しだって持ち上げることはできないのだ。


 それなのに…これだけ覚悟が決まってるのに…どうしてこんなに声が震えるんだろう。生徒会の人達の、クラスメイトの奴らの顔が浮かんでくるのは何でなんだろう。きっと生徒会の仕事バックレたら一条先輩は怒るんだろうな。夏目は俺が急にいなくなったら心配してくれるんだろうな…。なんなんだこの気持ち、あぁそうか…本音のところでは、みんなと別れたくないとか想ってるんだ。そっか…。


「そうなのね…でもそれはきっと、みんなを平等に思いやることができるアナタの優しい心の才能よ。痛みだとか悲しみを背負った人を遍く認識できるのは強い心の証でもあるし、この世界をありのまま観測できる貴重な人材だわ。ヒトは誰だって幸せなものだけ見ていたいものだからアナタのような存在に救われる人もいるのよ。少なくともアタシには、辛いことを連れて歩む人生に耐えられなかった。正面から向き合うこともせず、アナタの両親を置いて科学の道から逃げ出した臆病者なのよ…。アタシみたいに人間中退したハミ出し者にならなきゃなんとかなるわよ、がんばんなさい」


「メグ姉ぇはハミ出し者なんかじゃないよ。仕事紹介してくれたりアパート見つけてくれたり、俺たち家族はメグ姉ぇにいっぱい助けてもらったんだ。自分を卑下しないでくれよ。すげぇ感謝してるんだ」


「うふふ…そうね、アタシはもう、ハミ出たモノはちょん切って無いのだから、ハミ出し者ではないわよね!」


 いや、そういうことじゃなくて…。

 踏ん切りがついたと言うか背中押されて弱音吐きだしてスッキリした気分だ。思いがけない出会いもあったし連絡先も盗まれてしまったが、水を飲み終わったら、ここは早く逃げ出して高校生最後の夜を、妹たちやNoahとマッタリハッピーに過ごそう。そうしよう。


 あぁでも、やっぱ辛いもんだな…。



たくさん読んでもらえたら励みになります。

最近暑いですよね。冷房がなければ人類は今頃絶滅しているといっても過言ではないのです。

ご先祖様はゴワゴワの体毛ひっさげて、よくぞこの世界を生き残ってくれました。

感謝しましょう。先祖と冷房を開発した天才に。

高評価およびブクマをしていただけるとうれしいです。

よろしくお願いします。

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