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別離 -1-


 三〇三号室の扉をノックする。


 中から急ぐ足音が聞こえ、扉はすぐに開かれた。


「リト様、おかえりなさ——」


 甘い声で出迎えてくれたイルフの表情が硬直する。


「……どうぞ」


 次に目を伏せて促され、僕は部屋に入る。


 部屋には皆がいる。


 テーブルの近くにある椅子にセシアが座っていて、ベッドの足元にあるもう一つの椅子にリンが座っている。左のベッドにミーシャが座り、僕の横を通り過ぎて部屋に入るイルフが右のベッドに座った。


 僕は細い通路を出て左の壁に背中を預ける。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 数秒程、重苦しい沈黙が続いた。


「で、何を話したの?」


 いつもと変わらない声色のリンが沈黙を破る。昨日と同じように肘掛けに肘を置きながら頬杖をして、こちらを見ていない。


 僕はユザミさんと交わした会話を伝えた。


 視界に映る若い男性が無条件でお義兄さんの顔に見え、幻聴が聞こえること。彼女の心が壊れていること。腕の無数の穴やお義兄さんが狂ってしまった理由。僕が隣にいればお義兄さんに見えることはない事実。


 そして、お義兄さんに見えていなくても殺人衝動を抱いていたこと。


 それが、スキルの効力によるものだということ。


 彼女達からの返答は無かった。


 その空気はあまりに重苦しいものだった。続けば続くほど身を圧迫される感覚がして逃げ出したくなってしまう。


 それでも逃げ出すことはしない。


 逃げ出してはいけない理由があった。


「——僕は」


 アシュテルゼン王の言葉を思い出す。


 今から言うことは決して遺族の前で言えることではない。決意はしていても、覚悟ができていないからだ。


 覚悟をするとは、ユザミさんの人生を背負うということ。それと同時に奪われた十四人の命と、遺族の痛みと苦しみを背負うということ。


 そんな覚悟はない——けれど。


 僕の覚悟なんてどうでもいいくらい、彼女に手を差し伸べたいと思った。




「僕は、彼女を救いたい」




 返事は無かった。誰も視線を上げることはなく、声を出すこともない。


 重苦しい空気がさらに加速する。


「……——んだ」


 数十秒が経った頃、重い沈黙の中で口を切ったのはセシアだった。


「取り消すんだ」


 セシアは立ち上がって言った。


 苦虫をみ潰したような声。どうしても我慢のならないことを押し殺しているのが伝わる。


 言葉を返さず、数秒が経過する。


 セシアは振り返った。


「——取り消せ!!」


 初めて聞くセシアの怒号。その表情を、どういった言葉で表せばいいのか分からない。


 怒りと、悲しみと、憎しみと、寂しさと、悔しさと、恐れと、不安と、焦りと。ありとあらゆるマイナスな感情をぐちゃぐちゃにしたような表情。


「知っている……知っているさ。リトは優しすぎる。自分のことより他人のことばかり心配して、今回も……ッ、きっと助けたいと言うと思っていた!!」


 今にも零れてしまいそうな涙を必死に抑え込んで、言葉を紡いでいる。


「他人のことを本気で悲しんで……本気で怒る!! ずっと心配だったんだッ、リトが大丈夫だから安心してと言ってもッ、私は……ッ」


 僕の決意は、彼女達に対する裏切りだということを理解している。


「不安で……仕方なかったんだ……ッ」


 それでも、あんまりだと思ったんだ。


 あれは彼女の意思ではない。多くの人が彼女を罰せられるべきだと思っているのは、あれが彼女の意思だと勘違いしているからだ。


 勘違いしてしまう理由も分かる。だって、その人達はスキルの効力を知らないのだから。


「取り消せ……ッ」


 セシアが力強く拳を握りしめながら僕の前に立つ。


「あの女は十四人の命を奪った。それがどれだけ恐ろしいことか、分かっていないとは言わせない!!」


 力いっぱいに僕の胸倉を掴んだ。


「十四人もの人生を狂わせたんだ……ッ! どうか、どうか……」


 頬に涙が伝っている。


 セシアがこれから紡ぐ言葉を知っている。僕に考えを改めるよう、頼み込む。


 本当なら頼む必要などない。スキルの効力を知らない皆は世論側だ。


 それでも頼み込むことでさえ、僕のことを好きだからなんだ。それは、スキルの効力から派生したもの。


「——考え直して、くれないか」


 震えた声。震える手。ぐちゃぐちゃになった表情。


 セシアの想いを全て受け止めた。彼女がどれだけ僕のことを考えてくれているか、分かっている。


 その上で、僕は全て伝えることにした。




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