思い -1-
Ⅲ
フェンデルが話を終えて真っ先に動いたのはリトだった。
「——ッ!!」
立ち上がったリトはテーブルに乗り上げて拳を振り上げ、フェンデルの頬を殴る。
その衝撃に一回転し、ソファの背もたれから落ちて後ろにあった総支配人席の机に背中を打ち付け、それでも止まらないリオはソファを乗り上げてフェンデルの胸倉を掴み上げた。
「——ふざけるなッ!!」
ただその一言だけが唯一リトの怒りを表現できる言葉だった。
——違う。言葉を紡げるほどの余裕が無かった。本来なら責め立て、何故すぐに顔を出してあげなかったのかと怒鳴りつけていた。
頭の中で言葉はあっても、溢れ出す憤怒の感情で制御できない。その中でも絞り出された憤怒の表現だった。
「お前がっ、お前がぁっ!!」
言いたいことはある。怒りが制御できず、うまく言葉にできない。
「リト、落ち着くんだ」
セシアがリトの肩に手を置く。
その声にリトが怒りを抑え込むのは数十秒ほど要した。歯を食いしばるのは変わらず、フェンデルの胸倉を離して立ち尽くす。
「……私が顔を出していたら、こんなことにならなかったと重々承知しております。きっと大量猟奇殺人も起きなかった。誠に、申し訳ありません」
リトが前にいる関係でフェンデルは小さく頭を下げる。
「フェンデル、さん」
「リト!」
怒りに震える声で名前を呼ぶリト。それを制するようにセシアがリトの名前を呼ぶ。
セシア達は気づいている。フェンデルに責められるべき点はあっても彼が全て悪いわけではない。彼には彼なりの事情があり、顔を出せない理由があった。
拳一発は許容できても、それ以上は話が変わる。セシアが名前を呼んで制したのはそれが理由だ。
リトはセシアの制止に反応せず言葉の先を紡ぐ。
「全て、貴方が悪いとは……言えません。それを責める権利が僕に無いことも、分かっています」
怒りはある。ただリトもそれを理解していて、必死に抑えていた。
「でも……でもっ!! 貴方には彼女を導ける手段があったんです……なんで……ッ」
「……申し訳、ございません」
数秒の沈黙。
セシアはリトの手を引き、元いたソファへ促して自身も元のソファへ座った。
リトは膝に手をついて右手で自分の髪を握り、怒りを落ち着かせる。
「これが、私が知りうる限りの事情です」
フェンデルの言うことに間違いはない。全て事実。
ユザミという人物がどういう過去を過ごしていたか。それをセシア達は理解したが、肝心な大量猟奇殺人事件に関する事情を知り得ていない。
その詳しい内容をフェンデルが知らないことも理解している。その上で外堀を固める意味で質問することにした。