大量猟奇殺人
Ⅲ
「強いって、とても素敵」
人智帝国ブリテンの中央通りから外れた人気のない通路。そこにある倉庫の中、シャッターで外と隔絶された暗い空間で女は呟いた。
「この世界には色々な強いが存在します。肉体的、精神的——剣が強いだとか、魔法が強いだとか。強ければ強いほど得をする世界ですよね」
女の外見を一言で表すなら、異質。
若干癖毛でツインテールにされている髪。髪色が特徴的で左半分が白く、右半分が黒い。左側は黒いリボンで、右側は白いリボンで結われている。
ツインテールは癖も相まってボサボサ。表情が無と言えるほど動きを持たない眉、目、口。無機質な赤い瞳が揺れる。
「強いには規制があります。強い人は弱い人を一方的に侵せますから、秩序を保つ為に規制をかけるのです。それを法と言いますよね」
女の服装は世間一般的にゴスロリと呼ばれるもの。
首元には白と黒のリボンがついていて、白く緩やかな形のシャツの上に着丈が膝まである黒いワンピース。白と黒を基調に、胸元や腕の裾、ワンピースの裾にフリルがついている。
「法はとても素晴らしいと思います。おかげで安心安全の保障がされ、外にお出かけしたり人を信頼することができる」
しかし女の衣服は不自然に赤く塗れていた。
「でも、こう考えたことはありませんか?」
女は手にナイフを持っている。そのナイフは赤い液体に染まっているが、滴り落ちることはない。
「目の前に強い人がいて、あなたは弱い人。強い人があなたを侵そうとした時、果たして法は守ってくれるのでしょうか?」
ペチャ、ペチャと水溜まりの上を歩く音が倉庫に響く。
女はしゃがみこみ、椅子に座る男性と目を合わせようとする。
「世の中に善と悪ってあるでしょう? 絶対に相容れない反対の言葉。強い人はね、いつでも自分の善を貫き通せるんです」
椅子に座る男性は微動だにしない。
男性は俯いている。腕は肘掛けに、足は椅子の脚にロープで固定されて身動きが取れなくされていた。
「じゃあ弱い人は悪でしょうか? いえ、違うんです。強い人が善でも、弱い人は悪じゃないんです」
女は男性の冷たくなった体に触れた。
「不思議でしょう? 不可解でしょう? どちらも対極にあって、強いは善なのに弱いは悪ではないんです! 何故かって? 気になりますよね? 何故悪でないのか教えてあげましょうか?」
既に男性は息を引き取っている。腹部は血で深い刺し傷があり、赤黒く染まっている。その赤黒い液体は地面に水溜まりを作っていた。
「弱いって、何もないんです。悪にすらなれないんですよ」
女と男性の視線は交わることはない。しかし女は男性の目を見て笑った。
女はその後にナイフを振り上げる。
「私は弱かったからあなたに侵されました。でも今は私の方が強い。だから、あなたは私に侵されるんですよ」
振り下げられたナイフは男性の急所を的確に突き刺した。
「——ねぇ、《《お義兄さん》》」
人智帝国ブリテンを恐怖に陥れる大量猟奇殺人犯。その十四人目の被害者が見つかるのは次の日の昼だった。