リンと寝泊まり -6-
Ⅰ
目を開ける許可をもらってから数分でリンは廊下から姿を現した。
「リン、バッグ開いてるよ」
バッグが閉じられていないことは気づいていたので伝える。
しかしリンは何も反応せず椅子に座った。
「……リン?」
「……へ? 何か言った?」
どうやら聞こえてなかったみたいだ。
「バッグ開いてるよ」
再度伝えるとリンはゆっくりとバッグを見て手を翳す。魔力が流されたのか、バッグは自動で閉じた。
その後からリンは軽く俯いて動かない。
「リン? 大丈夫?」
横顔しか見えないけど全体的に顔が赤みを帯びている。きっとのぼせたのだろう。
「ん……大丈夫」
お風呂の時間は三十分ほどだったし大丈夫だとは思うけど、珍しい。
僕はドライヤーをするかどうかだけ聞くことにした。
「そういえば筋トレしてたお詫び……お詫び? で、ミーシャにドライヤーする約束しちゃって。良かったらリンもした方がいい?」
セシアとイルフは受け入れるのは分かっているけど、リンに関しては分からない。恥ずかしがって断る可能性がある。
「今日はいいわ。また今度お願いしていい?」
「あ、うん」
いつもと違う様子に違和感を覚えつつも僕は引き下がる。
必要ないと言うのだから僕がする必要はない。
「あたし、先に寝るわ。リトが寝るまで電気消さなくても大丈夫よ」
「……っ」
そう言って立ち上がったリンの手を思わず掴んでしまう。
様子がおかしい。それは分かっていたけど、ここまでいつもと違うなら心配になる。
もしかしたら僕が何かしてしまったのかもしれない。聞かないと。
「離して」
「——っ」
冷たい声、というよりか何かを必死に抑えているような声。
僕は手を離す。けど聞かない訳にはいかなかった。
「リン、本当に大丈夫? 僕が何かしちゃったなら教えてほしいんだ」
リンの体はもう一つのベッドに向いている。僕からは後ろ姿しか見えず、何も察することができなかった。
「大丈夫よ」
大丈夫じゃない。一か月くらいしか一緒にいないけど、それでもわかる。
「僕にできることがあったら言って。何か力に——」
「ないわ」
声をかけることしかできないのに思わず口を閉じてしまう。
「勘違いしないでね。リトだから……力になれないのよ」
僕はそれで察する。
僕だからこそ力になれないこと。それはきっと気持ちのことだ。
「ねえ、リト」
何も言えずにいると、リンは振り返らずに僕の名前を呼んだ。
「あたし達のこと、捨てないでね」
「——っ」
捨てる、なんて。そんなことするはずがない。
リンが言っているのはスキルを解除した後の話だ。それは彼女達を解放して、それぞれの道に歩んでいく為なのに。
彼女達にとって、それは"捨てる"なのか? 僕は、そんなつもりは。
「おやすみなさい」
リンは返事を待たずに向かいのベッドに入って、こっちに背を向けたまま布団に入る。
「……ごめんね。おやすみ」
分からない。僕がスキルを解除して解放してあげたいと思うのは悪いことではないはずなのに。
でも彼女達にとってそれは——。
「……」
そう考えると、僕はどうすればいいのだろうか。