イルフと寝泊まり -2-
「はい、油や香辛料の匂いが香ばしいですね。では、リト様」
「うん?」
「はい、あ~ん♡」
うん、やっぱりイルフはイルフだ。
いつもは身体的接触が多いけど、そういうのがないだけマシかな。
「……」
でももらう訳にはいかない。誰か一人に許してしまったら他の皆にも許すことになる。
一つ一つ軽いことでも断らないと気が緩んで大きいことに繋がりかねない。断っておくのが吉。
「食べてくれないと口移しにしますよ?」
「……」
数秒の沈黙。
にこっと満面の笑みのイルフ。ちゃーはんを口に含み、立ち上がる。
「うわあぁ!? わ、分かったっ、食べるから!」
瞬間ドンドンドンドン!! とすごい勢いで壁を殴られる。きっとリンだ。
「——ごくんっ。残念です」
ちゃーはんを飲み込んで座るイルフ。すると改めてスプーンにちゃーはんを乗せ、こちらに向けて、
「はい、あ~ん♡」
一線は超えてこないものの少しずつ距離を詰めてくるこの感じ。
イルフは戦略的に僕を崩しに来ている気がする。
「……他の皆にも同じことされたら受け入れるからね」
念のために忠告。これでやめるとは思えないけど、この行為を他の人がしても責めないようにという約束だ。
「分かりました。でも、あ~んしたのは私が初めてですよ。覚えていてくださいね」
「……あむ」
「きゃっ、間接キスですね」
「……」
イルフを無視してちゃーはんを味わう。
とても美味しい。これがブリテンの味なのか、濃い目の味付けに油の匂いがしていたのに脂っこく思わない丁度良さ。材料と調味料が反発せず、全てが丁度よく風味を演出している。
「美味しいね」
「ええ。ぎょーざもとても美味しいですよ」
自分のちゃーはんとぎょーざをバクバクと食べる。ぎょーざもやっぱり美味しい。驚くくらいちゃーはんに合う。
しばらく食べ続け、食事も終盤。イルフが何かに気づいたのかこちらを見てくる。
すると小さく微笑んで、手を伸ばして——
「っ!?」
僕の頬についていたのか、ちゃーはんの粒を取って口に含んだ。
「……」
にやにやとしながら僕の顔を覗きこんでくる。
ここで恥ずかしがっちゃダメなんだ。イルフは僕が顔を赤くすることに楽しみを覚えている。
「ふふ。ご馳走様です」
なるべく無表情で耐えたはずなのに、イルフは小さく笑って袋に器を分別する。
「リト様、先にお風呂入られますか?」
「ごちそうさまです。うん? いや後でも——」
「先にお風呂入られますか?」
な、なんだろうこの威圧は。何か理由があるんだろうけど何を考えているのか分からなくて怖い。
「じゃあ……入ろうかな。ち、ちなみになんで?」
するとイルフは微笑んだ。
「ちなみに湯舟には浸かりますか?」
あ、返事の微笑みだったのか。道理でちょっと間が空いたんだ。
「浸かろうかなって思ってるけど……」
「でしたら湯舟は抜かないようにお願いしますね」
イルフが僕の後の湯舟で大丈夫なら抜かないけど、それなら尚更イルフが先に入った方がいいんじゃないだろうか。
いや、これは警戒されてる? でもイルフに限ってそんなことあるのかな。
「飲み干すので」
「浸かりません」
考えるだけ無駄だった。僕は着替えを取ってお風呂に入ることにした。
「うわああぁああ覗かないで!!」
「開けて下さい何もしませんから!」
ドンドンドンドンドンドン!! と壁を叩かれたのは言うまでもない。