飲み込んだ言葉
Ⅱ
呻き声が聞こえる。
それはとても苦しそうで、助けを求める声に感じた私は目を覚ました。
視界は暗い。真っ暗という訳ではなく、境界線で物体の輪郭を捉えることができる。
目の前で眠っているのはリトだ。呻き声を上げて微かに震える体の振動がベッドを介して伝わってくる。
苦しんでいるのがリトだと気づいて、私の意識は覚醒した。リトに焦点を当て、表情を見て気づく。
リトは泣いていた。目を瞑り、呻き声を上げながら、意識のないままに涙を流している。
私は手を伸ばし、リトの頬を包むように触れる。
「……っ」
それに怖がるように体を震わせる様子を見て、私の心に影が落ちる。
私は親指で零れ落ちる涙を拭った。
「なんで」
その涙の理由を知っている。彼はあまりに優しすぎて、あまりにお人好し過ぎるから、誰かを救えるのなら自分を犠牲にすることを厭わない。
どれだけ寂しくても、どれだけ苦しくても。何度同じ状況を繰り返しても、彼は私を救う道を選ぶ。そう確信できるほど、私は彼の温かい心に触れた。
ただ、それでも。それでも、なんで。
「なんで、私を選んでしまったの」
何度も、何度も、何度も……あなたは私に気遣いながら、心を痛ませて苦しい顔をする。
ちゃーはんを食べる時、何かを思い返すように口に含み、顔を若干歪めながら一口をちゃんと噛みしめていた。
眼帯を買う時、寂しさを紛らわすように小さく微笑んだ。それを私に気づかれないよう、無理に笑っていた。
商家で剣と鎧のレプリカを見た時も、魔導書のレプリカを見た時も、あなたは考え込まないようにレプリカをじっと観察して、心の痛みを気づかないふりをしていた。
「あなたは……」
私は知りたかった。あなたがどれほど彼女達を想っていて、大切にしているか。
だから試してしまった。結果、私は一つ、とても大切なことを気づいた。
「あなたは、彼女達を愛してる」
疑う余地の無い、愛情を感じた。
きっと彼は気づいていない。いえ、気づくことができない。彼女達を愛していても、彼女達から愛されていても、受け入れることができない。
あなたはスキルに囚われている。彼女達を強制的に好きにさせてしまったから、それを解除するまで自分は想いを寄せることなどしてはならない、と。
それは一種の強迫観念で、自身にかけた洗脳だ。スキルが解除されるまで消えることのない鎖。
「ごめんなさい」
私は、きっと、その鎖から解放してあげることはできない。
「分かっていたの、最初から」
私には力不足で、役不足だ。彼が私に与えているのは愛情ではなく、慈愛。
「それでも、甘えてしまった。あなたの隣が、あまりにも温かいから」
謝っても許されることではない。私は積み上げてきた罪の上に、また同じものを積み重ねようとしている。
「ごめんなさい」
私は知っている
「——ごめん、なさい」
私は、知っている。
「————ごめ、ん゛なさい……っ」
私の幸せは、リトの不幸の上に成り立っている。
あなたが彼女達と喧嘩したのを知っている。セシアさんの怒号も、平手打ちの音も、咽び泣く声も。壁を何枚挟んでも、あの悲痛な声を聞き逃すことなどできなかった。
あなたは私と一緒にいても、何度も心を痛ませた。それが何よりの証拠だ。
「後、少しでいいから」
もう話はつけてある。ただ彼女達からの返答は時間が欲しいということだったから、まだ猶予はある。
それまででいい。それが残り数日だとしても、数時間だとしても、それでもいい。
「あぁ、私——」
再度零れ落ちたリトの涙を親指で拭い、心を満たす感情が口から溢れてしまいそうになるのを飲み込んだ。
今、それを言うべきではない。口にすることができるのなら、リトに伝えないといけないことだから。
「——おやすみなさい」
温かく、心地よい感情を身に沁みるほど感じながら、私はリトを眺め続けた。




