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4. できたてのキスマーク

「ヴィルフリート殿下のおなーりー!」


 二階の扉が開かれ、王子が出てくる。まるで映画の中から飛び出したようなブロンドのオールバック頭に蝶ネクタイ姿のイケメンは、ニヤリと笑って階下の来客たちを睥睨(へいげい)した。


 だが、会場は一瞬のうちにざわめきを見せた。驚くべきことに、王子に続いて赤いフリフリドレス姿の少女が出てきて王子に寄り添ったのだ。


 婚約者のオディールが来ていることを知りながら、女連れで登場した王位継承者。これはこの国の将来に関わる重大ゴシップであり、みんな息をのんで嵐の予感に身構えた。


 そんな来客たちを気にもせず、王子は少女の手を優雅に取り、自信満々に階段を下りてくる。


 オディールは早くもアグレッシブな手を打ってきた王子に感心しながらリンゴ酒(シードル)を一口傾けた。


 オディールはその少女に見覚えがあった。王立学院(アカデミー)の後輩で、どこかの男爵家の令嬢だったようなかすかな記憶がある。年下ながらすでに豊満な胸にくびれたウェストで大人の色香をにおわせ、それを武器にする嫌な奴だった。


 王子はオディールの前までやってくると、不機嫌そうにギロリとオディールを見下ろし、叫んだ。


「オディール! お前はこのアマーリア嬢をイジメていたそうじゃないか! そのような者は王族に連なることはできん! ここに婚約破棄を申し渡す!」


『なるほど、冤罪で来るのか』


 オディールはちょっと意外に思いながら、王子の後ろに隠れるようにして猫をかぶっているアマーリアをチラリと見て、堂々と返す。


「イジメてなんていませんわ。何か証拠がおありですの?」


「刃物で切られたドレスを見たぞ。お前がやったんだろ?」


「アマーリアさんがご自分で切ったのでは? 私はそんなことやりませんわ」


 王子はピクッと眉を動かすと、振り返ってアマーリアに聞く。


「お前がやったのか?」


「私じゃありません! 先週更衣室で切られたんです!」


 アマーリアは目をウルウルとうるませながらオディールを指さし、訴える。


「先週はわたくし、王立学院(アカデミー)には登校しておりませんが?」


 オディールは腕を組んでキッとアマーリアをにらんだ。法廷ではないのだから厳密な冤罪工作は不要とは言え、あまりに頭の弱いずさんな計画にウンザリする。


「えっ? それじゃ先々週だったかしら……。でも、間違いなくコイツにやられたんですぅ!」


 アマーリアは王子の腕にしがみついて涙をポロリとこぼした。


 王子はアマーリアのミルキーベージュの髪をそっとなでると、オディールに吠えた。


「アリバイ工作などいくらでもできる! 言い逃れせずに認めよ!」


 その時、オディールは王子の首に赤いあざがあることに気が付いた。


「あら、できたてのキスマークがついていますわ。この女と不貞を働いてきたんですの? 婚約者がありながらどうかと思いますわ」


 ドヤ顔で責めるオディール。


「えっ、えっ……?」


 王子は慌てて首をさすり、アマーリアは真っ赤になってうつむく。


「婚約破棄したいなら正々堂々とやりなさい。王位継承者がこんな小娘の言いなりになって恥ずかしいですわ」


 オディールは毅然と言い放った。


 王子はギリッと奥歯を鳴らす。


「聞いたぞ、お前は【お天気】スキルだってな。そんなクズスキル何に使うんだ。ド田舎で日向ぼっこでもしてろ!」


「あら、天候を操れるというのは神様のようなスキルですわ。その真価がお分かりにならなくて?」


「はっはっは! 何が神様だ。そんなスキル犬にでも食わしておけ!」


 王子はオディールを指さし、嘲り笑う。


 オディールはふぅと息をつくと、王子に冷たい視線を投げかけながら言った。


「では、【お天気】スキルが必要になっても絶対助けませんわよ? よろしくて?」


「おぉ、結構だ。この国にお前など要らん」


「後悔しますわよ? 王位継承者は言葉を選ばれないと……」


 オディールがたしなめるように言うと、王子は逆上して叫ぶ。


「なんだお前は、いつもいつも偉そうに! このツルペタが!」


 カチッ。


 オディールの頭の中で何かのスイッチが入った音が響く。


 次の瞬間、オディールは無意識にリンゴ酒(シードル)を王子にぶっかけていた。世の中言っていいことと悪いことがある。オディールは元々男であり、胸の大きさなんてどうでもいいと思い込んでいたが、心の奥底では相当なコンプレックスとなっていたようだった。


 ポタポタと美しい金髪からリンゴ酒(シードル)(したた)らせながら凍りつく王子。どよめく観衆。


 今まさに歴史が動く瞬間に観衆は固唾を飲んだ。


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