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その9 繋がった記憶

「いいかい春恵。心配することは何もないんだよ。確かに付き合ってくれって言われたさ。でも俺は断ったんだから。だからこうして春恵と夫婦なんじゃないか」

「どうして断ったの?嫌いじゃなかったんでしょ?その人のこと」

「決まってるじゃないか。俺には春恵がいる。ちゃんと言ったよ。好きな女性がいるからって」

「私と別れたあとなのに…」

「俺の中では終わってなかったからね」

「………」

 

 不安な顔が晴れない春恵。その表情が気になった信一郎は、肩を引き寄せたままの状態で声をかける。

「どうした?俺はウソを言っるわけじゃないんだよ」

「違うの。そうじゃなくて…」

「そうじゃなくて?」

「うん…もし、私が信ちゃんの前に現れなかったら、きっと信ちゃんはその人と結婚したんじゃないかなぁって…」

「バカなことを…」

「だって!」

 春恵は信一郎の顔を見て、声を荒げた。

「だって、実際そうなんだよ。本当の私は34歳になっても独身のまま。信ちゃんは幸せな家庭を築いてるはずなんだよ」

「ちょっと待て。春恵、落ち着いて」

 新一郎は少し力を入れて春恵の肩をゆすった。

「それは違うぞ。今が真実だし、今が本当の世界なんだ。もう春恵が考えてる元の世界には絶対に行かない」

「…信ちゃんはそう思うのも当然だけど、私は自分の運命を変えたことで、信ちゃんと結婚する人を不幸にさせてしまったかもしれない」

 信一郎は困惑した。春恵は元々マイナス思考。あまりにもまわりのことまで考えすぎる。

 短気は損気。ここはイライラしてはいけない。根気よく話せばきっと最後には笑顔になってくれるはず。

 信一郎はそう願いながら、春恵にできるだけ優しく接した。


「俺は春恵の言ってる世界を知らない。でもだ、仮にそんな世界があったとしてもだ、俺は春恵と結婚もしないで別な女性と幸せになってるなんてあり得ない」

「信ちゃんはわかってないだけよ」

「じゃあ聞くけど、俺が別な女性と結婚して幸せに暮らしてる光景とか、見てたのかい?」

「それは…見てないけど…」

「ほら。春恵の想像にすぎないじゃないか」

「違うよ。教えてもらったんだよ。信ちゃんには別な伴侶が現れるって」

「誰に?」

「ちょっとそれは…言えないけど」


 春恵は思った。神様かどうかわからないけど、あのまばゆい発光帯が自分を導いてくれたなんて、言えるわけがない。

 完全にノイローゼのレッテルを貼られるようなものだ。

 幸いにも、彼はその部分に関しては深く突っ込んでは来なかった。

「言いたくないことは言わなくていい。ただ、それだけじゃ俺が幸せに暮らしてことの証明にはならないよ」

「そうかもしれないけど…伴侶なんだよ」

「伴侶が現れたからって、俺が幸せだったとは限らないし、結婚してたとも限らない。そうだろ?」

「……わかんない」

「なぁ春恵。そんなことはどうでもいい。事実はこうだ。俺は14年前に春恵と一旦別れてから、改めて付き合い始めたんだ。もちろん俺の方から話しかけたんだよ」

 ニッコリと笑みを見せて語る信一郎。肩にまわした手で春恵の腕を優しくさする。

「あの時の君は、14年後から来た君の記憶が全くなくてね。初めて言葉を交わすようなもんだった」

「そうなんだ・・・」

「でも打ちとけるのに時間はかからなかった。話をしてるうちにわかったんだ。お互い、通勤時にすれ違ってるときから相手を意識していたって」

「お互いが…?」

「そう。二人の気持ちは一致していた。だから俺は半年も経たないうちにプロポーズしたんだ」

「・・・・」

「わかるかい?俺には春恵と14年間過ごしてきた積み重ねがちゃんとあるんだよ。今の春恵の病気にしても、二人で一生懸命戦って来た。苦難の道を乗り越えて来たんだ。この経験が全て真実じゃないなら何なんだ?ありえないだろ逆に」


 信一郎の言うこともよくわかる春恵だった。

 けど自分が34歳まで生きて来た人生とは違う。共通点なんか何も……

「あっ!」

 春恵が不意に声をあげた。そう、何もないと思われた二通りの人生に共通点を見出したからだ。

 それはズバリ病気。

 つまり、自分が今かかっている病気のことだ。

 部屋にあった内服薬も、元の世界と全く同じものがあった。

 一概には断定できないが、おそらく同じ病名と思われる。

 ただ決定的な違いは、この病気に負ける運命と勝つ運命があること。

「どうした春恵?何か思い出したのか?」

 春恵は自分の疑問を信一郎に問いかける。

「信ちゃん、どうして私、今生きてるんだろ?前の世界じゃ生きてないかもしれないのに…」

 驚いたことに、春恵が不安げに尋ねた質問を、いともあっさり信一郎が答えた。

「ああ、そのことなら簡単に説明できるよ」

「ええっ?そんな簡単に?」

「うん。それはね、春恵自身が教えてくれたんだよ」

「私…が??」

「そうさ。14年前、未来から来た君が、自分で言ったんだ。もう死んじゃうかもって」

「うん…言ったよ。でもそれが何で?」

「わかんないかなぁ?君はあの時、将来自分がかかる病気を予告したんだ。あのときの君はまだ20歳。予防策は十分ある」

「予防策?」

「発病までの期間はまだ遠い。俺達は結婚してからこまめに身体をチェックしてたんだよ。おかげで君は早期発見できた。何も恐れることはなくなったんだ。いいかい?完治するんだよ君は」

「……完治。。」

 あまりの驚きに目を見開く春恵。

 ちょっと前までは、病気に勝ったと言われても信じる要素など何もなかった。

 けど、こうしてきちんと経緯を聞くと、ウソのように希望が湧いてくる自分がいる。

 一度失いかけたこの命が…諦めかけたこの命が…まさかこんな形で蘇るなんて。

「私、信ちゃんのおかげで助かったんだね。信ちゃんがいなかったら私…」

「いや違う。春恵は自分で自分自身を救ったんだ。14年後の君が、自分の体のシグナルを気づかせてくれたことになるんだよ」

「あ…」

 目の前の視界が一気に広がった気がした。

 いつもうつむき加減で過ごしていた自分が、今は水平より高い位置に視線を向けている。

 おかしな話しだが、見渡す部屋の家具がどれも新品でまばゆく見え、10畳足らずのリビングが、パノラマのように目に映った。

 

「春恵。どうやらわかってくれたようだね。君は病に勝った。これからも俺とずっと一緒なんだよ」

「うん…でも…」

「言いたいことはわかる。俺の伴侶とやらのことだろ?

「うん…」

「それはきっと春恵のことさ」

「私?」

「そう。俺の同僚の女性とは所詮仕事が噛み合う程度の仲間に過ぎない」

「本当にそうなのかな…?」

「俺はそう思うね。つまり、俺は14年先の未来から来た34歳春恵と別れ、新しく伴侶となる20歳の春恵と結ばれる。これが真実だ」


 力強い信一郎の言葉に春恵はゆっくりうなづいた。

 疑ってばかりいては何のプラスにもならない。

 彼の言うことを信じるべき。たとえそうじゃなかったとしても、ここまで自分のことを大事にケアしてくれる信一郎を信じてついていかなくてはならない。

 春恵は強くそう思ったのであった。


 信一郎は再び春恵の肩を引き寄せた。今度は強く、ギュッと抱きしめるように。

 春恵はその手に身をゆだねた。彼の体に寄り沿い、ずっとこのままでいたいと思った。心底からそう思った。

「ありがとう。信ちゃん」

「ん?」

「やっぱり信ちゃんは私の命の恩人だよ」

「夫婦だろ。当たり前じゃないか」

「それなのにごめんね。信ちゃんと過ごしてきた経験が何もなくて…」

「…いいさ。そんなの。思い出なんて、これからまたいろいろ作ればいい」

「うん。でも“今まで信ちゃんと過ごして来た私”って、どこに行っちゃったのかな?」

「春恵。もうそんなこと考えるのはよそう。先に進んで行こうじゃないか」

 信一郎は春恵の顔をそっと覗いた。彼の肩にもたれていた春恵も少し身を起こした。

 ごく自然に近づく二人の顔と顔。お互いの目はすでに閉じたまま…

 重なる唇……長く流れる時間。体ごと溶けてゆくような感覚に陥る春恵。


 と次の瞬間、春恵の脳が凄まじい速さで回転し始めた。

 それはまるで、スーパーコンピューターがフル作動でもしてるかのような速度で、様々な映像が春恵の脳に連続フィルムとなって駆け巡っていた。

 そしてそれは紛れもなく、信一郎と培ってきた14年間の経験と思い出に他ならなかったのである。


 ───繋がった!記憶と経験が完全に繋がったわ…嬉しい。。すごい嬉しい。。


 頬をつたって流れる涙。ここにきてやっと気づいた春恵。


 ───別世界の私なんて、最初からいなかったんだわ。私はやっぱり私。


 そう悟った瞬間、春恵と新一郎の前に、以前見たことのあるまばゆい発光帯がどこからともなく現れたのである。

 そのまぶしさにキスを終えた二人。

 だが、その光に恐怖を感じることなど毛頭ない。

 急に現れたことによる驚きはあるものの、逆に言えばむしろ安心感の方が強かったのである。

「あ、あんたはあの時の!」

 そう叫んだのはなんと信一郎だった。

 当然のことながら、それが不思議でたまらない春恵。

「信ちゃん!なんで信ちゃんがこの光を知ってるの?!」


                         (続く)

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