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その5 サヨナラ二十歳の私

 2009年11月28日


「この3ヶ月間、とても楽しかったよ。人生で1番幸せな時間でした。信ちゃん、本当にありがとうね」

 

 突然別れを切り出されたところで信一郎が『はい、わかりました』と言えるはずもない。

 それに春恵の言い方もおかしい。人生なんてこれからなのに…


「まだ二十歳なのに人生が終わったようなこと言うなよ」


と、すぐに言い返した信一郎。当然と言えば当然。

 ことのきの彼には知るよしもなかったのだ。彼女が14年後の死の淵からやって来たことなど。

 ただ、冷静に物事を見つめることができる勘のいい信一郎は、春恵の言葉の意味することを後に悟ることになる。


 春恵は今日まで、そのことを信一郎に話すつもりはなかった。

 未知の世界に旅立つ前に、せっかく与えられた3か月間の猶予。

 当初は、こんな悲しい別れが来ることを軽く予想していただけで、身も心も信一郎にどっぷりハマっていった。

 付き合って1ヶ月が過ぎた頃には、いずれ別れなければならない運命に疑念さえ抱き、このまま信一郎の人生の歩みに影響を及ぼすなど、あり得ないと思っていたほど。

 あわよくば、発光帯が言った“4か月後に現れる信一郎の伴侶”なる者と、自分がとって代わればいいと思うようになっていたのである。


 だが、タイムリミットも残り1週間をきるようになると、決まって深夜2時に春恵の脳にテレパシーが送られて来るようになった。


 ───そなたは信一郎の運命を変えてはいけない。決められた人生にあらがってはいけない


 もし、これか神様の声だとしたら、恐れ多いことなのに、無礼にも反感さえ覚えた春恵。

「どうしてそんなこと言うんですか?運命は自分で切り開いて変えるものでしょ?」


 ───それは違う。運命は変わらない


「だったらなぜ私を14年前の世界に導いたの?やり直すチャンスを与えてくれたんじゃなかったんですか?」


 ───そうではない


「じゃあどういうことですか?説明して下さい!」


 ───自分で考えなさい


「そんなんじゃ信ちゃんと別れるなんてできない!信ちゃんだって今は私のことを好きになってくれてるのに!」


 ───それでも別れなさい。そなたと信一郎のためなのです


「イヤッ!別れない。両思いなんだもの。嫌われたわけじゃないんだもん。そんなことできません!」



 こう言った押し問答が繰り返し5日間も続いた。

 だが、いよいよタイムリミット前日になると、光のテレパシーが春恵の揺れ動く心を決定づける言葉を発した。


 ───このままだと信一郎は不遇な一生を送ります。これから彼に出会う予定のパートナーにも災難が待っています


「そ、そんな…」


 ───まだわかりませんか?そなたの運命は34歳までなのですよ


 この一言が春恵の胸に大きく突き刺さった。

 目は見開き、口は半開きに開けたまま、金縛りにあったように体が硬直していた。

 そう、小林春恵には、その意味がはっきりとわかったのだ。

 そして、彼女の出した結論は───信一郎との決別だったのである。



「信ちゃん、わたしね、34歳で死んじゃうの。わかる?」

「わからないね、そんなの」

「でも聞いて!仮にこのまま私たちが結婚したとしてもね、私が長く生きられないから信ちゃんを置き去りにすることになるの。信ちゃんに迷惑をかけてしまうの」

「そんな先の話、信じないね。どんな有名な占い師にみてもらったか知らないが、100%当たる確率はないはずだ」

「ダメ!私と別れた方が、信ちゃんはずっと幸せなの。これから出会う女の人も不幸にならないの」

「なにそんなに焦ってんだ?これからじっくり二人で話あえばいいじゃないか」

「違うの。もう時間がないの…タイムリミットが…」

「何のタイムリミットだよ?春恵が最初に言った引っ越しの話は本当なのか?」

「ごめん…あれはウソ。でもね、街で偶然信ちゃんに遭わないためにも、いずれ引っ越そうとは思ってたのは本当よ」

「そっか…ん~ん…こんなフィクション小説みたいな話より、引っ越し話の方が本当のように聞こえるけどな」

「だからそれは…信ちゃんに信じてもらえないと思ったから…」


 信一郎が迷い始めた。春恵の精神状態がおかしいとは思えない。

 かと言って、絵空ごとのような話が立証されるはずもない。逆に疑問が沸くばかり。

 彼は、ポイントをつく質問を春恵に投げかけた。

「じゃあさ、そのタイムリミットが来たら春恵はどうなるんだよ?」

 意表をつかれた質問に、春恵も悩む。

「わからない…でもたぶん、私は元の34歳の世界に…」

「でもその年齢で死ぬって言ってたじゃないか」


 まさにそうだった。このタイムリミットが来たら、春恵は元の世界どころか、あの世かもしれないのだ。

 酸素マスクをしながら苦しみ続けて、意識を失いかけた瞬間にやって来たこの時代。

 あの苦しみを再び味わうのは二度とごめんだし、だとしたらやはり死の世界へ……?


「わからない…全く想像がつかないわ…」

 死の恐怖に動揺する春恵をよそに、信一郎は更なる疑問を突き付ける。

「仮にさ、君の話を信用するとしたら、今ここでそのタイムリミットが来たとしてもだ、二十歳の春恵はここに残るだろ?」

「えっ?」

「だからさ、元の世界に戻るのは“34歳まで生きた意識レベルの春恵”であって、二十歳の春恵が今ここで体ごと消えるわけじゃないってことさ」

「あ……うん。。それは…そうだと思うけど…」

「つまり、春恵はここにずっと存在するってわけだろ」

 

 春恵には信一郎の言いたいことがわかった。

「信ちゃんダメよ!絶対ダメ!もう私と付き合わないで。お願い!」

「俺は春恵が好きなんだよ。好きな子と別れるなんてできない」

「何度も言わせないで!信ちゃんには決まった人が現れる。その人と結ばれないと、私は他人の人生も狂わせてしまうことになるの。死んでもきっと浮かばれないわ」


 ───人の人生を狂わす…

 信一郎はこの言葉に引っ掛かった。

 もし、春恵の言ってることが全て事実なら、自分の意志だけで決めるわけにはいかないと。

 人の人生に影響を及ぼすことは、倫理に反すると。


「わかったよ…春恵の言うとおりにするよ」

 この言葉を聞いたとたん、春恵に安堵の表情が如実に現れた。

「本当に?」

「ああ。春恵の真剣な眼差しに負けたよ。君はウソを言ってない…たぶん」

 春恵の目から一気に流れ出した大粒の涙。

 それは理解を得た嬉しさの反面、別れが決定的になったせつなさが入り混じった底知れぬ感情からだった。

「うん…うん…たぶんでいいの。ありがとう信ちゃん。わかってくれてありがとう…」

 感極まって、わっと泣き叫びながら、春恵はケータイを切った。


 通話で良かった。もし会っていたら決して別れを告げることはできなかっただろう。

 これで良かったのだと何度も自分に言い聞かせる春恵。

 かくして、信一郎との最後の通話が終わったのである。

 わずか3ヶ月ながら、決して忘れることのない大切な思い出を心の奥にしまって…

                           (続く)

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