その3 リアルな絵空ごと
2009年11月28日
「つまり、春恵はあの時の引っ越しの日に未来からやって来たってのか?」
「…うん」
こんなこと言うこと自体恥ずかしい。でも言わなきゃタイムリミットが…
切羽詰まった立場の私がダメ元で始めた事情説明。
当然、信ちゃんが鵜呑みにするはずもない。
でも不思議なのは、普通なら相手にもしてくれないこんな話を、きちんと反論をする形で対応してくれたこと。
「それはおかしい。春恵と俺はそれよりもっと前から会っている。通勤時にこの道で何度も挨拶を交わしてるじゃないか」
「だからそれは…20歳の時の私で…」
「何言ってんだ?今だって20歳じゃないか」
確かにそう。今の姿形は20歳の私。今身に付けてる洋服も、この流行っているデニムのレギンス。
なつかしい感もあるけど、今はそれどころじゃない。
「いいえ。私はすでに34年の人生を経験してきた女なの。信じられないでしょうけど」
信一郎は頭をかきながら顔を曇らせる。
「う~ん…今いちわかんないな…じゃあ春恵が二人いるってことか?」
「そうじゃないの。つまり、今から14年後の34歳になった私が、今20歳の私の体を借りてここにいるの」
「おかしな話だな。自分が自分に乗り移ってるなんて」
「オバケみたいな言い方しないで。信ちゃんは私が頭おかしいと思ってるんでしょ?」
「そうじゃないけど…あの…悪く思うなよ。ハッキリ言うと、春恵の話は信用に値するものではないと思ってる」
あぁやっぱりと肩を落とす春恵。
「そうよね…わかるわ。私も信ちゃんと同じ立場ならそう思うもの。でも本当なんだもん…こうとしか言えないし」
「ん~ん……」
考え込んでしまった信一郎。
「いいの。信じてくれなくても。言った始めから仕方のないことだってわかってる」
「俺もさぁ、小説やコミックの世界ならそんな空想的なストーリーも大好きな方なんだけどさ…」
「だからもういいよ。この話はもうおしまい」
春恵は諦めた。所詮理解してもらえることなどあり得ない。
「ごめんね。おかしなこと言って。こんな私なんかもう忘れて…どうかお願い。そして新しい彼女と幸せになってね」
「は?何だよ新しい彼女って。俺は浮気なんかしてないぞ」
「違うの。もうすぐ信ちゃんの前に現れる彼女のことを言ってるの」
「なんだそりゃ?」
「あ、ごめん。また混乱すること言っちゃった。これでわかったでしょ。私ってこんな女なの。私とこのまま付き合っても信ちゃんが疲れるだけ。もう…終わりにしましょう」
「春恵、ひょっとしたらお前…」
「え?なに?」
「俺と別れる口実を作ろうとして、わざと精神障害者のふりをしてるんじゃないのか?」
春恵は内心驚いた。信一郎がそこまで深読みをするなんて、思ってもみなかったからだ。
真実は違うけれど、別れる口実になるならば、精神異常者と思われても良いと覚悟していた春恵。
なのに、精神障害者の“ふり”をしてると言われるなんて…
「なぜウソをついてまで俺と別れたい?俺のどこがいけない?遠慮なく言ってくれ。悪いところは直すから…」
「だから違うってば!!」
もう春恵は意地を通すしかなかった。このまま突っ走るしか…
「さっきも言ったでしょ。私は14年先までの未来を知ってる。信ちゃんには間もなく新しい彼女が現れるの!」
「たとえ現れたって、俺はそんな女と付き合う気はないね」
「馬鹿なこと言わないで!信ちゃんの奥さんになる人だよ!」
「!!!!」
「私なんかより、ずっとずっと大事な人になるんだよ。だから私にこれ以上関わらないで!」
みるみるうちに春恵の目から熱いものが込み上げてきた。
辛い…苦しい……せつない。やっぱり来るんじゃなかった…
そんな思いと大きな反省。
自分勝手な一途な片思いだけで、この時代に強い願望を持っちゃいけなかったんだと。
自分が過去に関わることで、信一郎の将来も変えてしまうかもしれないという恐怖が、春恵の心を大きく揺さぶった。
まるで、ファンタジー小説のような絵空ごとが、実際自分の身に起こると、ただ興味深いだけでは済む問題じゃない。
この世界に足を踏み入れた晩、私の夢に現れた“発光帯”の言うことに、もっと耳を傾けていれば良かったと、今更ながら悔やむ春恵であった。
(続く)