エピローグ~メッセージ・後編~
もちろん同姓同名の別人とも思いました。結婚して姓が変わっていてもおかしくないからです。
でも、DJが読むハガキの内容に、僕は確信したのです。
リクエストテーマは失恋にまつわる簡単なエピソードと、その思い出の曲。
そのハガキに書かれていた時代は14、5年前。
出勤で毎日すれ違う間際に挨拶を交わすだけの関係。
月日が経つうちに芽生えたほのかな恋心。
でも結局はその思いを打ち明けられず、ついには引っ越しで遠ざかってゆく彼を、物陰から涙ながらに見送っていたという内容。
リクエスト曲はスピッツの楓。
僕は自分の頭を何度も壁にぶちつけて悔みました。
なぜもっと早くにわからなかったのか。なぜ僕はこんなに鈍感なのか。
彼女の気持ちに気付かなかった自分の馬鹿さ加減に、部屋でひとり泣きわめきました。
もっと自分に勇気があったらと。一言彼女に自分の気持ちが言えてたらと。
僕はすぐに大河原家お抱えの興信所に依頼して、春恵さんの現状を調べてもらったのです。
調査結果の報告までに、そう長い時間はかかりませんでした。
すると、思いもよらないその事実を聞いて、僕は愕然となりました。
春恵さんの病気。その病魔と闘ってきた苦しみの闘病生活。残された人生の時間。そして今の現状。
彼女の生命がもはや風前の灯だと知るや、失意の中の僕はとっさの判断をしました。
そうです。秘薬・DCLFです。
失礼な話ですみまでんが、この薬はそう簡単に手に入らない代物ですし、一般庶民の収入で購入できる金額ではありません。
でも、この大河原財閥にはそれが存在したのです。実は亡くなった先代の社長にも投与されたのです。
僕は思いました。苦しんで病魔と闘って来た彼女に、せめて最後は至福の夢を見させてあげたい。
最後まで奇跡を信じることも大事ですが、現実の生存確率を受け止めると、これ以上苦しんでほしくないという思いが勝っていたのです。
僕はすぐに薬を持って春恵さんの元へ駆けつけました。
くしくもその日は彼女の誕生日だということに気付き、何か運命的なものを感じました。
それからの病室でのことは、その場におられたご両親様もご存じの通りです。
春恵さんの最期の瞬間には立ち会うべきでないと思った僕は、早々にその場をおいとまし、自宅へ戻りました。
その後間もなくして、ホスピスに張り付いていた興信所の者から、春恵さんが息を引き取られたことを知ったのです。
この夜の僕は荒れ放題でした。どれだけ飲んだかわからないほど、一人で大酒をくらいました。
くるみとは同じ屋敷ながら、50メートルほど離れた部屋で別々に生活をしていたので、お互いの行動は自由なのです。
僕のことを心配してくれたのは執事の桐野ただひとりでしたが、朝まで自分に構うなと命令してしまいました。
その後の僕は、酔ったまま風呂に入ったことまで憶えているのですが、それ以降この屋敷での記憶は全くありません。
次に気付いたとき、僕は引っ越し荷物を抱えて、車に積み込む作業をしていました。
なぜなんだろうとは思わずに。何の違和感も持たずに。
すると、物陰から20歳の春恵さんが出てきたのです。僕が驚いたのは言うまでもありません。
当然僕も若返っていたはずなのですが、自分に関しては全くの無頓着でした。
彼女は「手伝います」と言ってすぐに荷物に手をかけてくれたのです。
こうして僕と春恵さんの新たな進展が待っていたのです。つまり、付き合うきっかけがつかめたのです。
事実、それから3か月もの間、僕たちは付き合っていたのです。楽しいひとときを味わうことができたのです。
なのに別れ話が突然やってきました。春恵さんが告白したのです。
自分は14年先の未来から、死ぬ直前にやって来た人間だと。
今思えば、当然これは全体的に夢の世界での出来事だとわかります。時代がフラッシュバックしたわけではありません。
明らかに“トキノイタズラ”による効果でした。僕の場合、桐野がそれを使用してくれたようです。
でも、夢の真っただ中にいる人間は、それが夢だともフラッシュバックだとも思わないものなのです。
僕自身だって、この夢の中では14年先の世界から今ここにいるわけです。
なのに春恵さんの発言を精神がおかしいのではないかと疑ってしまったり、経験してきた未来を夢か妄想の世界と真逆に感じてしまうのです。
結局、春恵さんの強い意志で、最後は電話での別れ話になりました。たぶん会って話すと言えなくなるからでしょう。
でも僕は諦めませんでした。同じ過ちは二度とごめんです。
未来から来た春恵さんが去って行っても、20歳の春恵さんは現実に存在するのですから。
そのときに持ち上がったくるみとの縁談話は即答で破棄しました。
そのため僕の出世はストップしましたが、僕はあらためて春恵と対面し、正式に付き合い、そして結婚するに至ったのです。
ご両親様はさぞかし、不思議に思われていることでしょう。僕が事実無根のたわごとを言っているとお思いでしょう。
事実、前記で述べたように、これらは全て“トキノイタズラ”による夢世界の物語なのです。
しかしながら、ある意味これは現実でもあるのです。実際僕と春恵さんは、この世界で14年過ごして来たのです。
夢世界での春恵さんは、病魔も早期発見により完治しているのです。
現実離れしてると批判されても仕方ありません。信じるに値しない話かもしれません。
でもおわかり下さい。現実に今、僕がこうしてご両親様に手紙を書いてお渡しできている事実があることを。
正直な話、僕でさえ、この世界が夢であるとは最近まで気づきませんでした。自分が風呂で倒れて死んだことすら知らなかったのです。
それがはっきりわかったのが、僕と春恵さんにお迎えが来たときでした。
目がくらむほどに輝く大きな光の塊が、僕たち二人を包んで宙へと舞い上がったのです。
もうここからは夢ではありません。完全なる精神世界になったのだと自覚した瞬間でした。
これまでの話は夢であって、夢ではありません。非現実的であっても、現実なのです。
僕たちはいずれ生まれ変わる日が来るかもしれません。
その時は、お互いが見ず知らずの存在で生まれたとしても、いずれは必ず巡り会い、結ばれるものだと僕たちは信じています。
つまり、人生どんな形になろうとも、僕と春恵さんは永遠に一緒なのです。そう確信しているのです。
ご両親様。どうかもう悲しまないで下さい。僕たちは今、幸せですから心配しないで下さい。
そしてくれぐれもお体をご自愛なさって、いつまでも健康でお過ごし下さい。
ここまで長々とお読み下さって、ありがとうございました。
最後に僕の妻・春恵からご両親へのメッセージをここに掲載致します。
お父さん。お母さん。迷惑ばかりかけてごめんなさい。
本当は私が親孝行しなければならない立場だったのに、何一つできなかったことが心残りでなりません。
私の泣き言ばかり聞いてくれたお母さん。休みには必ず病院に来て、朝から晩までずっとそばにいてくれたお父さん。
お二人には私の入院費や治療費で、大きな負担をかけてしまいました。申し訳ない気持ちでいっぱいです。
こんな病弱な私を34年間、支えてくれて本当にありがとう。いくら感謝しても足りないくらいです。
信一郎さんが書いた通り、私は今とても幸せです。時間にとらわれない世界の中で、私たちはゆっくりと過ごしています。
どうか安心して下さい。もう何も心配はいりません。
お母さんは冷え性で体調の変化が激しいから、具合の悪いときは我慢しないでお父さんにちゃんと相談してね。
お父さん。お母さんに心配かけまいと内緒で血圧の薬を飲んでたけど、それは間違いだと思います。
二人でしっかりとお互いの体を理解し、サポートし合いながら、いつまでも長生きして下さい。
それではまたいつの日か、どこか遠い未来の世界で。。。
真原信一郎
春恵
(完)
ここまでお付き合いしていただいた読者の皆様、ありがとうございました。
今後もどうかごひいきに(*^ - ^*)ゞ
できればほんの一言でも感想をいただけたら嬉しく思います。