その10 光とともに
「すっかり忘れていた…」
と、呟くように言う信一郎。
その言葉の意味がつかめず、首をかしげる春恵。
「忘れてた?」
不定形な発光帯は、部屋の隅々を移動しながら漂っていた。
「この光のことさ。ずっと夢で見たものだと思っててさ」
「じゃあやっぱり見たことあるんでしょ?」
「うん…そういうことになるのかな」
「夢のようだけど…違うよね。私も信ちゃんも現に今、一緒にこの光を見てるわけだから」
「あぁ」
二人は発光帯の様子をじっと眺めていたが、フワフワと浮いてるだけで何も語りはしなかった。
「信ちゃんはこの光を前に見たのはいつなの?」
「ん?う、うん…それは…えっと…」
言葉に詰まった信一郎。
「どうしたの?そんな思い出せないほど前なの?」
「まぁ昔って言えば昔なんだけど……」
「?」
「つまりね、この光が俺の前に現れたのが、14年前なんだ」
14年という言葉に驚いて反応する春恵。
「ええっ?!じゃあ私と出会ってすぐってこと?」
「いや、それが違うんだ。春恵と出会う一日前なんだ」
「一日前?」
「そう。俺が部屋で寝てるときに現れたんだ。だからてっきり夢だと思ったんだよ」
「………」
「それにあの時、この光はすぐにしゃべって来たんだけどなぁ」
「そうそう。私のときもそうだったよ。すぐに話しかけて来たわ。なのに今は…」
だが、1,2分ほど漂った発光帯は、やがて部屋の中央に静止し、まばゆい光度を保ちながら、徐々に人の体に変化し始めた。
ごくっと生唾を呑んだ二人。
「いよいよしゃべるかもな…」
「うん」
信一郎の予想は正しかった。
まぶし過ぎて、目鼻立ちも確認できない黄金色の顔から言葉が発せられたのだ。
春恵にとって、その声は男性に。信一郎にとっては女性に聴こえていた。
───やっと気づいたようですね
「………」
「………」
口を半開きにしたまま光を呆然と見つめる二人。
───そなたたちの運命は最初からこのように決まっていたのです。
そう言われても、今一つ納得のできない春恵。
冷静さを取り戻した彼女が口を開く。
「だったら…だったらなぜあなたはあの時、あの14年前、私に信ちゃんと3か月で別れるように指示したんですか?」
この言葉を聞いて驚いたのは信一郎。
「えっ?そんなこと言われたのか?」
「うん。信ちゃんはどう言われたの?」
「俺は全く逆だよ。明日、外に出たとき、一番最初に話しかけてくる女性を一生大事にしなさいって」
「!!!」
二人は顔を見合わせたあと、すぐにその言葉の張本人である発光帯へ問いかけた。
「なぜ私と信ちゃんに言ったことが真逆だったんですか?」
意外にもその答えはすぐに戻ってきた。
───そなたには14年先まで世の中がわかる未来の記憶があったからです。その記憶が残ったまま、やり直させるわけにはいきません
「そうだったんだ…」
春恵がいかにもという表情で納得した。
だが、まだ腑に落ちない部分もある。
「もうひとつ聞きますけど、私達、過去を変えてしまったことにはならないのですか?以前の私は明らかに34歳まで独身でした。なのに今は結婚生活14年ということになります。人生が14年間分、ダブってるんです。これが最初から決まっていた運命って言えるんでしょうか?」
最もらしい質問に、信一郎もうなづいている。
だが、謎の発光帯はハッキリとそれを否定した。
───運命はブレません。最初から決まっています。そなたの場合、34歳の誕生日を期に20歳まで遡り、信一郎と出会い、そして結ばれるという運命が決まっていたのです。
「そんなことってあるんだ…」
驚きのあまり、目を丸くする春恵。
次に信一郎が突っ込みを入れる。
「僕たちにそんなことを教えても良かったんですか?」
───そなたたちを納得させるために言ったまで。これ以上そなたたちに言う必要はありません
「僕たちがこの先どうなるか、あなたは知ってるのですか?」
───知っています
「なのにもう教えてくれないと?」
───すぐにわかります。さぁ行きましょう
「えっ?行く?」
光は最後の言葉を言い終えたあと、更に発光度を増して人の形から球体に変わった。
そしてその中央から、光の細い糸が二人の前に伸びて来て、お互いの腕を結んだ。
すると、とたんに春恵と信一郎の体全体からもまばゆい光が発せられ、二人の体がその光で包まれた。
謎の発光帯が上昇し始めると同時に、春恵たちもゆっくりと部屋の床から足が離れる。
「う、浮いてるよ信ちゃん」
「あぁ…浮いてる。どうやら俺達はこの光と一緒に行かなければならないようだ」
「うん…そうみたいだね……」
このとき二人は衝撃の新事実を悟ったのである。
「私たちって…きっと…」
「もう言うな。わかってる。わかってるから言うな」
「うん…」
「でも俺は…不思議だけど今とても幸せな気分だ」
「ええ。私も信ちゃんと同じ。ちょっとショックだけど、信ちゃんと一緒なら今とっても幸せだよ」
「ならそれでいいじゃないか……それで。。」
「…うん」
新たな発光帯となった二人は部屋の天井からすり抜け、天高く空へと舞い上がって行った。
(続く)