9.「俺の話、聞いて貰えないかな」
マレットちゃんの友達がやって来てから数日、大したこともなくのんびりと日々を過ごして―――
「はぁ・・・」
―――いるはいるけど、いまいち調子がよろしくない。
「はぁ~・・・」
暇になる度に悩ましげな声を上げているのは俺じゃない。
マレットちゃんだ。
彼女の友人たちはあの後、マレットちゃんと談笑し、剣を一本購入して彼らは去っていった。
『また学園でね~!』
『あぁ!マレットくんも早く元気になってくれよ!』
『てい』
『痛ッ!?なんで脛を蹴るんだ!?』
『空気読めないから』
『いたっ痛いッ!?ちょ、誰か止めてくれ!?本気で痛いぞ!?』
『今回ばかりはハフト先輩が悪いですから、反省してください』
『なんでだ!?』
愉快なやり取りを交えつつ、去っていく彼らの姿を見てまた少し暗い表情を浮かべていたマレットちゃん。
そして最後にハフトくんが言っていた言葉。
それらの情報があって、何も察せ無いほど俺は鈍感じゃない。
とはいえ、親父さんにも隠しているらしいことを俺が踏み込んでもいいのか?
そんな事を考えているうちに、あれよあれよと数日が過ぎてしまった。
どうしたものかと頭を悩ませる日々が続いて、
元々、元気にはしゃいでいた存在が急に欠如してしまったせいか、どんどん気も落ち込んで来てしまって、今の雰囲気は少しどんより暗い。
そんな中で一番つらいのは、3人集合する食卓だ。
殆ど言葉の発されない食卓は本当に気まずい。
心なしか、ご飯の味もあまりしない。
「―――明日は仕事を手伝わなくていい」
そんな夕食を終え、休憩している時。
唐突に、神妙な面持ちの親父さんがマレットちゃんへそう言い放った。
「な、なんで?私全然疲れてないよ?」
「いいから、休め」
不満げに頬を膨らませるマレットちゃんは納得していない様子だったが、渋々親父さんの提案を受け入れ、部屋へと戻っていた。
リビングには親父さんと俺だけが残され、微妙な空気が重くのしかかった。
こんなギスギスした雰囲気はここに来てから初めてだ。
気を使ってなにか話そうと思ったが、うまいこと口が動いてくれず、どうしたものかと悩んでいると、重苦しいため息を吐き出して親父さんが口を開いた。
「最近のマレットは集中を欠いている」
流石に親だ。
よく見ている。
最近のマレットちゃんは心ここにあらずといった感じで、手伝いをしている時もぼーっと、することが多くなった。
少しの間だが、一緒に仕事をしている俺でさえ気がつけたのだ。
当然、親父さんが気付けないはずはないだろう。
「それがマレットちゃんに休めって言った理由ですか」
「それもある。が、本題はそれじゃあない」
だが親父さんの答えは、俺の想像していた答えとはちょっと違っていて。
「・・・俺はマレットの親だ。だから分かる。俺ではマレットが抱えているモノをどうにかしてやれない」
苦悩に塗れた親の顔とは、これほどまでに苦しいものなのか。
「そんなこと―――」
咄嗟に吐き出した慰めの言葉は、静かに頭を振った親父さんの言葉に遮られることとなった。
「マレットが今欲しているのは、同情でも励ましでもない。そして、お前ならマレットの求めている答えを示してやれるはずだ」
だから。そう一拍置いて、ゆっくりと頭を下げた。
「―――頼む」
・・・
「レイさーん!早く早く―!」
「はいはい」
翌日。
俺はリビングで暇そうにだらけていたマレットちゃんを連れて・・・いや、連れられてというべきか?・・・街へと繰り出していた。
見てのとおり、デート―――にゃ見えんなこりゃ。
どう見ても、振り回される親と子だ。
俺も、人生初のデートと呼べる状況にも関わらず、ドキドキよりも父性しか感じてない。
こう見えても、朝マレットちゃんを誘うときは緊張していた。
が、そんな緊張はマジで一瞬で吹き飛ぶことになった。
『いいよ!』
有無を言わさない即答と、引かれる手。
化粧どころか着の身着のまま。
正に「遊びに出かける」みたいな感じで、街へと飛び出した。
両者、大して行きたい場所がるわけでもなく、色んな所を見て回わった。
可愛らしい人形の並ぶファンシーショップやら、おしゃれな服屋に冷やかしに行ってみたり。
俺としてはどれも結構肩身が狭い思いをしたのだが、マレットちゃんの女の子らしい一面を垣間見ることが出来たし、いつも通りの輝くような笑顔を浮かべて楽しそうにはしゃいで居る所を見ると、俺も元気になれた。
(良かった)
勇気を出して誘った甲斐が合ったというものだ。
だがこれで満足してはいけない。
本題はまだ、これからなのだから。
「そろそろいい時間だし、お昼にしようか」
「うんっ」
そうやって入ったのは、ちょっとおしゃれなカフェレストラン。
「いらっしゃいませ~」
可愛らしいエプロンドレスに身を包んだ女性店員があからさまなビジネススマイルを浮かべて、俺たちを出迎えた。
こういう店はあまり利用したことはないが、男女で訪れる場所、みたいな思い込みから選んでみたが、やっぱり緊張する。
「ご注文は~」
店員の定型文のセリフと、日替わりメニューの説明やら、おすすめメニューの紹介やらを聞き流して、メニュー表へと視線を向ける。
(たっか)
流石に口には出さないが、まぁ高い。
普通の飲食店と比べると2~3割増ぐらいで、基本的に軽食とドリンクとのセットになっている。
ドリンクは、コーヒーのアイスとホットの他に、各果物のジュースから選ぶ事ができるらしい。
まぁ、こういうおしゃれな店でガッツリ食べるのは憚られたので、適当にサンドイッチとドリンクのセットを二つ頼んで、ウェイターへと料金を払う。
この世界の飲食店はどこも料金は先払いなのは食い逃げされても代金を保証金代わりに出来るから、らしい。
つまるところがデポジットなのだが、後で料金を請求するなんて言う方式が取れるのは、日本の規範意識の高さと時代に即した生き方故に成り立つ奇跡のようなものなのだ。
だから、外国人に日本人は礼儀正しいだとか色んな好印象を受ける事が多い。
実際、財布が落ちていたから中身をそのままに交番や駅員へ届ける、なんてことをするのは日本人だけだし、サービス残業、上司が帰らないから自分も残って残業、仕事を開けられないから有給は重要なときにしか使えない、使わない。
そんな異常が常識として浸透した日本人としての常識はこの世界では通用しない。
食い逃げや踏み倒し、窃盗から殺人まで。
何らかの形で「保険」と「保証」がなければまかり通るこの世界で、最強なのは純粋な力やスキルなんて不思議パワーでもない。
「金」だ。
これさえあれば、大抵のことは出来る。
冒険者という職業が爆発的な人気を誇っているのも、自分の腕一つで莫大な名声と金を得られるからだ。
そんなところだけは、異世界に来たって全く変わっていないのは本当に皮肉だ。
―――閑話休題。
少しして届いた料理の乗ったトレイを受け取ってマレットちゃんと二人、テラス席へと移動した。
空は少し陰り始めているが、丁度いい暖かな陽気が気持ちいい。
周りにはいくつかのカップルが席を埋めており、子連れで昼を食べに来た、みたいな俺達とは明らかに様子が違っていた。
俺は場違いだなぁ・・・とか思っていが、マレットちゃんは周りの様子になんて目もくれず、気持ちのいい陽気にうきうきしながら、椅子に座って楽しそうに足をぷらぷらと揺らしながら、まるでピクニックに来たみたいな様子でサンドイッチを食べていた。
そういう恋愛とかに疎いというか、興味が薄いのかもしれないが、普通なら―――
『か、カップルばっかりだね・・・?これじゃ私達もカップルだと思われちゃうかな?』
―――みたいなやり取りがあってしかるべきだろう。
いや、現実的にはそんなあざとい発言されたら割と真顔になりそうだが。
多分・・・っていうか、間違いなくラノベの読み過ぎなだけなんだけど、偶にはそんな妄想通りの展開があってもいいんじゃないかなって、思います。
とはいえ、そんなことはマレットちゃんには伝わるはずもなく。
口に放り込んだサンドイッチを飲み込んで、なんか微妙な顔をしていた。
「・・・意外と普通だ!」
「ま、まぁこういうのは雰囲気重視みたいな感じなんだろうな」
サンドイッチの具はハムにチーズレタスに塩と胡椒、マスタードなどでシンプルに纏められていて、特徴もなく普通に美味しい・・・のだが。
サイズもおしゃれサイズで、絶妙に物足りない。
これで銀貨2枚はマジでぼってる。
ぶっちゃけ自作したほうがこれよりは美味しいものが作れると思う。
なんて感想が出るぐらいには、サンドイッチは微妙な出来だ。
が、その分ドリンクは非常に美味しい。
俺が選んだのはアイスコーヒーなのだが、風味豊かで苦すぎず飲みやすい。
一緒に渡された小さな小瓶の砂糖とミルクを入れてカフェラテとしても楽しめる。
なんとも矛盾したセットメニューに苦笑いを浮かべながら、一つだけ減ったサンドイッチが乗った皿をマレットちゃんの前へ差し出す。
「マレットちゃん、俺の分も食べていいよ」
「いいの!?」
育ち盛り・・・見た目はロリだが・・・の彼女ではこの量は少し足りないだろう。こういう時、サンドイッチはシェアしやすくていい。
美味しそうに頬をいっぱいに膨らませてもぐもぐしている姿はまるでリスのようだ。
「んぅ!?」
急いで食べたせいで喉につかえたのか、あたふたしながらドリンクの入ったグラスを掴み、一気に中身のりんごジュースを吸い出した。
「ぷはぁ~」
あっという間にグラスは氷だけになり、それでも物足りなさそうにストローでグラスの底をちぅちぅと啜っている。
「・・・えへへ」
ようやく俺の視線に気がついたのか、少し恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。
それを見て、俺は思う。
やはりこの娘には笑顔が一番似合う。
だから、親父さんも、俺も、あの3人も。
みんなみんな、マレットちゃんに笑顔で居てほしいと願っているから。
―――だから俺も、勇気を出して。
「―――マレットちゃん」
改めて、彼女の名前を呼んで、意識を引き締める。
親父さんが言うように、俺がこの娘の苦悩を取り払ってやれるとは到底思えない。
だけれど、あの親父さんの思いを無下にすることは俺には出来ないし、何より俺自身もマレットちゃんには笑っていて欲しいから。
「・・・どうしたの?」
いきなり真剣な表情を浮かべる俺には、きょとんと小首をかしげるマレットちゃんへ、俺は意を決して次の言葉を紡いだ。
「―――俺の話、聞いて貰えないかな」
※予約投稿を忘れてしまい、投稿が遅れてしまいました。申し訳ございません。