7.「可愛い妹が出来たもんだ」
お嬢からの前情報である程度の人となりを教えてもらってはいたが、本当に寡黙で職人気質な親父さんとは正反対な、活発で快活、どんなことにも臆さず突っ込んでいく太陽のような娘・・・という印象だ。
見た目も親父さんに似ているとは言い難い。
親父さんはざっくばらんに適当に伸ばしたくすんだ白髪をこれまた適当に纏めていて、常にシワの寄った眉間がその気難しさを体現していて、ずんぐりとした体型は、無駄のない筋肉で纏められている。
ざっくり言ってしまえば、ドワーフみたいな外見の親父さんに対して、娘さんの外見は単純に小さい。
150cm無いぐらいの親父さんに対して、娘さんは140cmほど。
遠目から見れば小学生かな?と思ってしまうぐらいの身長に、クリクリとしたライトブラウンの瞳は、明るい栗色のミディアムボブに合っていてよく映えている。
身長の低さもあって、どうしても大人っぽい色気よりも、無邪気な可愛らしさしか感じない。
まぁ要するに、ロリなのだ。
合法だと言われても見た目だけなら完全に違法なロリである。
因みに俺の身長は180cm後半ぐらい。
だから、余計に小さく見えるのもあるかもしれない。
なんてくだらない事を考えている間に、二人は久々の再会を噛み締めていた。
「・・・元気に、していたか」
「うんっ!元気いっぱいだよ!」
「そうか」
親父さんらしいぶっきらぼうな返答。
だがそこには確かな父性を感じ、娘のことをすごく大事に思っているのが見ているだけで伝わってくる。
なんか感慨深くなってしまった俺は、思わず涙ぐみながらその様子を傍から眺めていた。
「そうだ。一人紹介しなければならんやつがいる」
俺の方へと向き直った親父さんに、釣られるようにして視線を傾ける娘さんと視線がかち合った。
曇りのない瞳は、子供のような好奇心に満ちていた。
俺はなんだか気恥ずかしくなってしまって思わず目を逸してしまったが、変わらず娘さんの視線は俺を貫いていた。
「まぁ、なんだ。新しい・・・家族だ」
「家族!?」
びっくり!と分かりやすく驚く娘さん。
本当にコロコロと表情が分かりやすく変わる娘だな、と思いながらようやく口を動かす。
「いや、それじゃあわかんないでしょうよ・・・。あーえっと、親父さんの所で世話になってるレイです」
「マレットです!よろしくね!」
よろしく。と、差し出した手をニコニコと笑顔を浮かべながら、両手で握ってブンブンと振り回すマレットちゃん。
お嬢の言っていたとおり、本当にパワフルな娘だ。
そして恐ろしいほどのコミュ強だ。
「さて、マレットも長旅で疲れているだろう?少し早いが家に帰るとしよう」
せっかく久しぶりに再会したのだ。
こうして立ち話ではなく、ご飯でも食べながらゆっくり話もしたいだろう。
ランチにするには少し遅めであるし、今日は夕飯は少し豪勢にするつもりで色々と用意もしている。
俺としても異論はない。
「うんっ!久々のおうち、楽しみ~」
当の本人は軽快な足取りでスキップしていて全く疲れを感じさせないが、それも早く帰宅して落ち着きたい気持ちが早っている故なのかもしれない。
だが、やはり一週間も馬車に揺られてきたのだ。
一見元気そうに見えても、肉体的にも精神的にも疲労もかなり溜まっているだろう。
「荷物持つよ」
「ありがと~!」
(・・・重っ!?)
一ヶ月滞在するための生活必需品が詰め込まれているのだろう、大きなカバンは見た目通りかなーり重く、小柄なマレットちゃんがよく持っていたなと思うぐらいの重量感があった。
「色々詰め込んできちゃったから結構重いけど、大丈夫?」
「これぐらいなら大丈夫、だよ」
そうやって強がって見せるが実際は結構ギリギリ。
が、ここでカッコつけられないやつは男ではない。
持ち手を変えたりしながら、なんとか家まで運びきった。
「家だぁー!」
「ご苦労様」
「ははは・・・」
元気に駆けていくマレットちゃんの後ろ姿を眺めながら、冷や汗を拭う俺を労う親父さんに苦笑いを浮かべ、謎の達成感に浸る。
いやぁ、本当にギリギリの戦いだった・・・。
リビングにカバンを下ろし、もう碌に感覚の残っていない手をにぎにぎしながら、そそくさと元々用意していた材料で夕飯の準備を始める。
前日に仕込みも済ませているので、今から始めれば丁度いい時間に、料理も出揃うだろう。
その間に、親父さんはマレットちゃんを部屋に案内したり、暇になったマレットちゃんがつまみ食いに来たり、紆余曲折を経てようやく夕飯の支度が整った。
「わぁ~凄いねっ!」
いつも通りのシチューとパン。
そしてローストチキンや、豚の生姜焼き風などなど・・・和洋入り混じった様々な料理を用意した。
この和食めいた料理を用意したのは当然俺だ。
この世界で暮らし始めてから一月ほど経った頃、一種のホームシックのような感じになってしまった事があり、その時にどうにかならないものかといろいろ模索した結果、和食ぐらいなら作れるんじゃないかと思い立って作ったのがこの生姜焼き風に使っているタレだ。
このタレ一つで照り焼きから唐揚げまで作れるすぐれもので、これのお陰でかなり食卓は豊かになったし、親父さんからの評判も良く、和食は割と頻繁に作るウチの定番料理となっている。
「これ、すっごく美味しいね!」
「そりゃ良かった」
そんな俺のなんちゃって和食はマレットちゃんにも好評らしく、口いっぱいに頬張っている。
簡単にこのタレを作ったと言ったが、これを作るまでに大分苦労した。
だから、こうして褒められると嬉しい限りだ。
俺も釣られて生姜焼きを一口食べる。
甘辛いタレが絡んだ豚肉・・・っぽいモンスターの肉だが・・・は、少し感じるスパイシーな風味と相まって絶妙にチープな味わいになっている。
当然、美味い。
が、俺としては一味足りないし、米が恋しくなるというのが本音ではある。
だが、美味しそうに食べてくれる親父さんやマレットちゃんを見ていると、まぁいいかと思わされる。
やっぱり、ご飯は皆で美味しくいただくのが一番だ。
「そう言えば、レイさんはうちで働いてるってことはやっぱり、鍛冶師になりたいの?」
マレットちゃんのお陰か、いつもより会話の多い食卓で、不意に俺の話題になったのだが、俺はどう答えたものかと決めあぐねていた。
「え?っとぉ・・・」
俺が親父さんに世話になっているのは、なんと言うかなし崩し的な感じで、別に鍛冶師になりたいとかではない。
実際、鍛冶場にはよく行くが剣を打ったことはおろか、鎚を握ったことすら無い。
その分、他の雑務は俺が殆ど熟しているが、此処に滞在する理由は間違いなくお嬢だ。
それを正直に言っていいものかと逡巡している俺を見かねて、親父さんが口を開いた。
「俺も歳だ。一人で全部というのはそろそろ厳しいからな。コイツはかなり優秀だしな。いずれはそうなるかもしれん」
助け舟を出してくれた親父さんの言葉に少しこそばゆい思いになりながら、心の中で親父さんに感謝しておく。
俺がお嬢に選ばれた?事を隠す必要はないのかもしれないが、俺の身元は限りなく不鮮明で、此処へやってくるまでのことは親父さんにも話せていない。
それをなんとなく察してくれている親父さんは俺に何も聞くことはなく、此処へ置いてくれている。
剰え、俺を家族同然に扱ってくれている親父さんには本当に頭が上がらない。
「へぇ~!お父さんがこんなに褒めるなんて、レイさん凄いんだねっ」
「い、いやそんな事無いよ」
無邪気な尊敬の眼差しを向けるマレットちゃんになんとなくバツが悪くなって、目を逸らす。
「マレットちゃんは学園生活はどうかな?楽しい?」
ちょっと罪悪感を感じながらもその話題から逸らして、逆にマレットちゃんのことを聞いてみる。
俺からしても、マレットちゃんのことはあまり知らない。
お嬢や親父さんから聞きかじった情報はあるが、やっぱり打ち解けるには本人から話を聞くのが一番だ。
「うんっ。すっごく楽しいよ!授業はちょっと眠くなっちゃうけどね?」
学園は魔法使い、騎士、各専門職などの資格を取るための場所らしい。
卒業後は無条件で冒険者ライセンスが貰えたりするそうで、そちらが目的で入学する人間も多いとのこと。
こういうファンタジー世界の冒険者なんて規範意識ゆるゆるの来る者拒まずみたいな印象があるのだが、どうやらこの世界ではそうではないらしい。
まぁ、普通に考えてみれば、身分証明証として使えたりパスポートとして使えたりするモノをそんなにホイホイとは配れない。
招待制みたいな一見さんお断り!っていう方が正しくはあるだろう。
その学園とやらも、元々は冒険者を育成するための養成所みたいな場所から国なんかを巻き込んで、どんどん多様化が進んで今に至っているのだとか。
つまり、冒険者という職業は殆ど国家資格ということになる。
俺、クソ適当に引退宣言しただけで辞めた気になってるけど、もしかしなくてもそんなに簡単な問題じゃなかったのかもしれない。
この分だと追放云々を独断でしたってのも結構ヤバいことだったんじゃないだろうか?
・・・うん。
やっぱり過去のことは忘れるのが一番だな!
新たに生まれた過去の悔恨にガン無視を決めていると、結構な長時間会話に没頭していたらしく、気がつけばかなり夜も更けていて。
いつの間にやらテーブルの上には空になった皿だけが並んでいた。
「それでねぇ~・・・」
張り詰めていた気持ちが解れて、睡眠へ誘うようないい感じの倦怠感に思考が溶けていく感覚に抗いながら必至に何かを伝えようとするマレットちゃんはもううにょうにょと支離滅裂な単語は発しながら、こくり、こくりと頭を振っていた。
「あ~・・・。疲れてるだろうに、付き合わせちゃったな」
もう意識を手放してテーブルに突っ伏してしまっているマレットちゃんをみて、悪いことしたなと、反省しつつ会話を切り上げる。
「マレットも随分と楽しそうだったからな。悪いようには思わんだろう」
「ですかねぇ・・・?」
そういう親父さんは俺達が会話していた合間に、食器や調理に使った器具などを洗ってくれていた。
「俺も手伝いますよ」
「いや、お前さんはマレットを部屋に運んでやってくれるか」
「あー・・・。じゃあ、はい」
このまま眺めているのも悪いので、手伝おうと思ったのだがそう言われてしまっては、そうせざるを得ない。
此処まで付き合わせてしまったこともあるし、俺は素直に親父さんの言うとおりにマレットちゃんを部屋へと連れて行くことにした。
起こしてしまわないようにゆっくりと横抱きにして抱えて感じたのはその軽さ。
「かるっ」
人体を持ち上げているとは思えないほど、マレットちゃんの小さな体は軽い。
その軽さは昼間抱えていた大きなカバンよりも軽く思える。
こんなに小さな体で長旅をしてきたんだ。
そりゃあ疲れて寝落ちもしてしまうだろう。
両腕で抱えたマレットちゃんを起こさないようにゆっくりとだけれど急いで、ベッドへと寝かせてやる。
「んにゅ・・・。ねてませんよぉ~・・・」
「夢の中で授業でも受けてるのか?」
可愛らしい寝言に微笑ましい気持ちになりながら、俺はその場を後に―――しようとした。
「おにいちゃん、ありがとぉ・・・」
「・・・ははは。随分と可愛い妹が出来たもんだ」
俺は一つ嘆息を吐き出して今度こそ、部屋を後にするのだった。