6.「ただいまぁ!!!」
俺という人間がこの世界にやって来て、早数ヶ月。
月給金貨3枚で、3食飯付き住み込みという好条件?でバイトをさせてもらいながら、親父さんの家でに厄介になってた。
自分の身元もはっきりせず、仕事?も辞めてしまった俺からしてみればありがたい話であったのは確かだなのだ・・・が。
「そ、それで?明日も来るんでしょ?」
お嬢との邂逅の後、当然のようにそういうお嬢に俺が返せたのは「お~?ん~?」と娘にちょっとお高いおもちゃを強請られた給料日前のお父さんみたいな反応。
小さな娘であればなあなあで流せるお父さんの常套手段は、聡いお嬢は誤魔化せなかったらしく。
「え・・・駄目?なんで!?家がない?此処に泊まればいいでしょ!?仕事?此処で働けばいいじゃない!そうすれば毎日でも私と―――」
という駄々をこねる娘のような言い分が親父さんに聞き受けられるはずがない。
「別にいいぞ。最近は歳のせいか一人では何かと辛いことも多いしな」
なぁ?と賛同を得ようとした親父さんに俺は見事に裏切られ、俺はなし崩し的に此処で働くこととなったわけだ。
結果オーライというか、俺的には悩み事が一気に解消され、そんな都合の良いことなんてある?と疑いたくなるようなスピード展開に驚き、困惑したのは最初のその日だけだった。
親父さんの店は武器屋として営業してはいるが、本業はあくまで鍛冶であり、最高の一振りを追い求め、日夜鎚を振るう一流の鍛冶師の仕事振りは凄まじい。
材料の買い付けから、鍛冶、研ぎ、販売まで熟している時点で、とんでもない仕事量なのだが、その中身もまぁ辛い。
圧倒的な熱に肌を焦がしながら、途方も無いような鍛錬作業を繰り返し、赤熱した鋼を叩き伸ばして剣の形へと成形してゆく。
側に立って見ているだけでも熱にやられて熱中症になりかけたと言うのに、間近でその熱を感じながら、一振り毎に全神経を集中させて鎚を振るい続ける親父さんは凄いだとかそんなチープな表現で収まるような人ではないんだと心底思い知らされた。
まぁ、俺が鍛冶仕事を任せられることはなかったのだが、それでも研ぎやら石炭、各種鉱石の運び出し、材料の選定・買い出し、武器の手入れなんかはこの数ヶ月で仕込まれた。
お陰で、剣の鑑定みたいな事もできるようになったし、市場の人間とも随分顔見知りになった。随分と激動な数カ月間だったが、俺としてはかなり充実した日々だったと言える。
・・・まぁホントにバイトかと疑うような仕事量だったが、前やっていた仕事に比べればハードさは段違いだし、身の回りの人たちは親切。
理想的とも言える環境に感涙したぐらいだ。
そして、俺は今日もいつも通り閑古鳥の鳴き声が鳴り止まない店内を親父さんに変わってにらめ付けながら、剣の手入れをしていた。
磨かれてツヤツヤになった刀身が夕陽に照らされてキラリと煌めくのを眺めて、剣を棚に収めた。
「今日は店仕舞だ。戸締まり、頼む」
「うーっす」
すると、作業を終えた親父さんが店の奥から出てきて、それだけ伝えると親父さんは風呂場へ一直線に向かっていった。
鍛冶仕事の後は汗だくになるし、ひとっ風呂浴びてさっぱりしたいのだろう。
俺は言われたとおり、ささっと戸締まりを済ませて夕飯の支度を始める。
基本的にこちらでの主食はパンで、パンに合わせた食事となるとスープなどの汁物が多くなる。
毎日凝った料理ができるわけでもないし、2~3日分を作り置きして置いたスープを温め直すぐらいなので楽なものだ。
適温に温め直したスープとパンをテーブルに並べ終わる頃、ちょうど風呂から上がった親父さんが食卓について、食事を始める。
「・・・今日はどうだった」
「相変わらず、ですかねぇ」
「そうか」
俺も親父さんも、そんなに喋るほうじゃない。
だから、食事中は仕事の簡単な報告をするぐらい・・・なのだが、俺のセリフは殆ど同じ。
「相変わらず」そう伝えるだけだ。
まぁ、この店にはめったに客は来ないしそういう、適当な報告になってしまうのは仕方のないことだ。
買い出しに行ったときなどはもう少し会話があるけど、基本同じ。
因みに、客が訪れた日は俺も親父さんも結構はしゃいで夕飯が豪華になったりする。
そんなのでこの店やっていけるのか?という疑問はもっともだが、武器一本あたりの単価が凄まじいので、これでもやっていけている。
そう言えば、バイトとはいえ住み込みな上に、事情もあって結構深く店に関わって居たりするのだが、そのせいなのか最近買い出しに出かけると―――
「あぁスミスさん!今日はどうしたんだい?」
と、俺は「スミス」と呼ばれることが多い。この「スミス」というのは、親父さんの姓だ。
つまり俺はいつの間にやら「スミス」さん家の人間になっていた。
確かに結構長い間この家に住まわせてもらっているし、鍛冶以外の大体の仕事は俺が引き受けてるし、俺が「レイ」としか名乗っていないというのもあるだろうが、それでも勝手に人の家の姓を名乗っていいのだろうか?と、少し悩みもした。
だが―――
「問題があるのか?」
でかい息子できたもんだと、親父さんに笑って言われた時はちょっと泣きそうになった。
てか泣いた。
そうやって家族の一員のように扱ってくれたことは、素直に嬉しかったし、これからも頑張ろうと今はメラメラとやる気が燃えているのだ。
そんな感じで親父さんとの関係も良好で、何事もなく数カ月間過ごしてきた。
因みに、俺のことを息子だという親父さんには一人娘がいるそうだ。
今は帝都の学園に通っているらしい。
帝都がどこにあるのかはわからないが、かなり遠いらしくもう2年ほどあっていないとか。
俺が今使っている部屋・・・俺が介抱されていた部屋・・・は元々その娘さんの部屋だったらしい。
と、そんな俺にとっては結構謎に包まれている娘さんだが―――
「実はな、娘が帰ってくる」
夕食を終えた親父さんにそう告げられた。いつも仏頂面な親父さんだが、今日は目に見えて機嫌が良かったのはそういうわけだったのか。
最近結構頻繁に手紙が届いたが、あれは娘さんとやり取りしていたのか。
「よかったじゃないっすか!」
「あぁ。夏休みでな」
学園は4年生まであるらしいが、娘さんは現在3年生。
今の時期が一番緩いらしく、せっかくだから帰ってくるということみたいだ。
「それで、いつ帰ってきて、どのくらい居られるんすか?」
「一週間後だ。滞在は一ヶ月ほど・・・と言っていたか。ギリギリまで家でゆっくりするつもりらしい」
夏休みの期間は2ヶ月ほどで、こちらまでの移動に片道1週間掛かるらしい。
そりゃ気軽に帰省できんわ。
「いいじゃないっすか!あ、俺部屋移った方がいいですかね?」
「一部屋あるから、あの部屋を掃除して使えばいいだろう」
それから俺と親父さんで色々話し合った。歓迎会の準備なんかの気が早いと思うようなことまで計画して。
まだ見ぬ家族へ少し不安と好奇心で、落ち着かない心持ちのまま、その日は眠りに着いた。
それから順調に娘さんを迎える準備は進んでいき、後は当日を迎えるのみとなった―――が、俺はふと思った。
「そう言えば、娘さんってどんな人なんだろ?」
親父さんの娘と言われて、ぱっと思いつかないというのが、本音だ。
親父さんの娘さんだから・・・こう、ムスッと仏頂面してるんだろうか?とはいえ、それを親父さんに聞くのはなんだか憚られた。
ので―――
「―――アイツの娘ぇ?」
こういう時、頼れるのはお嬢だ。
お嬢はこの真っ白な空間に居ながら、外のことも把握しているらしく、親父さんのことも、俺が仕事中に欠伸していたことも全部知っている。
どうやって見ているのかは謎だが、そんなお嬢なら娘さんのこともしているはずだ。
「そうそう。どんな娘かなって」
「・・・なんでそんな事気になるのよ」
ムスッと頬をふくらませ、分かりやすく拗ねているお嬢。
かわいい。
「や、俺結構人見知りするほうだし、知ってたほうが話しやすいかなって」
きょどきょどしてしまうわけではないが、こう、萎縮してしまうのだ。
それが異性とも成ればなおさらで、学生という属性まで付けば俺にはもう太刀打ちできない。
「人見知りぃ~?わ、私に初対面で口説けるようなやつがよく言うわねっ!」
「あ、あれはお嬢だけだから」
そういうとこよ、とまた顔を赤くしてふいっと顔を背けた。
実際、口説いたとかではなく単純に思ったことが口をついて出てしまっただけなのだ。
「・・ま、そういうことにといたげるわ。で、娘だっけ?」
俺の言葉に機嫌を戻してくれたのか、お嬢はぽつりぽつりと話し始めてくれた。
「むしろ逆よ。正反対っていってもいいわ」
「マジで!?」
「えぇ。活発で元気のいい娘でね。よく私を振り回してたわ・・・」
多分文字通り振り回してたってことなんだろうけど、親父さんの娘、すげぇ。
パワフルと言うか、恐れ知らずと言うか。
いや、お嬢が見えるのは俺だけなんだけね?
他にも、分かったのは親父さんの手伝いを良くしてた孝行娘だったとか、ひたすら良い子だったってことぐらい。
ひとまず会話に気を使わなくても良さそうなのは良かった。
そんな懸念も無くなって、無事迎えた当日。
この日は店も臨時休業・・・そんな事しなくても客は来ないが・・・にし、馬車の到着する駅で親父さんと二人、娘さんの到着を待った。
到着は昼頃になるとのことだったが、道中の状況で結構前後することもあるそうで、無事に馬車が着いてくれることを祈っていると、一台の馬車がこちらへやってくるのが見えた。
「来たんじゃないですか?」
予定から少し遅れて、今か今かと首を長くして待っていた俺達は、思わず立ち上がって、馬車に釘付けになる。
ガタゴトと揺れる馬車は俺達の前で止まって、疎らに乗っていた人間が降りてくる。
そんな中でひときわ元気に飛び降りた小さな人影が、こちらへと手を振りながら、満面の笑みを携えて駆けて。
「ただいまぁ!!!」
親父さんに飛びついた。