5.「俺の名前は―――」
―――聖剣。
伝説の名を関することもあれば、勇者を選び、魔王を打倒したり、王を選定・・・いやそれは違うか?・・・したりするファンタジーにおける人類の決戦兵器であり、最終兵器。
「聖剣って言ったら―――選ばれし勇者が使える武器とか、聖なる力が宿ってたり、神様の加護がどうたらってやつですか?」
「それも聖剣には間違いないだろうな・・・だが、それじゃあない」
それに対する俺の認識は、一般的なモノとさして変わりはない。
ビームを打ち出す王様が使ってたり、抜いたら大人になる剣だったり。
その程度のアニメや漫画、ゲームから得たうっすい知識でもあながち間違いではなかったらしいが、それ以外に聖剣なんてあるんだろうか?頭の片隅にはあの剣が思い浮かんでいたが、まさかという意味を込めてその疑問を親父さんへと投げかけた。
「それじゃないって・・・他にも聖剣ってあるんです?」
「―――お前さんも見ただろう?あの、剣を」
「やっぱりあの剣、聖剣なんすか!?」
流れ的に薄々気が付いてはいたが、たしかにあの剣が聖剣と言われれば納得するしか無い。
が、俺が即座に連想できなかったのは、なんというか、俺のイメージしていた聖剣とは大分想像と異なっていたからだ。
聖剣と言えば、教会の台座とかに封印されてたり、洞窟の奥深くに隠されていたりなど、少なくともこんな町外れの武器屋に置かれているような代物ではない。
俺の中のイメージがペラペラなのもあるが、ビジュアル?デザイン?も燃え盛るような焔を連想させるあの剣とはまた違う。
外見だけで言うなら・・・魔剣っぽい感じ?だし。
そんな俺の疑問を先読みしたように親父さんは説明を続けた。
「鍛冶師が文字通り魂を込めて打った剣は時に、霊が宿る。悪魔が宿れば魔剣となり、精霊が宿れば精霊剣。神の加護なんてのも、神様の霊の一部が剣に宿ってるもんを一般的には聖剣と呼ぶ」
恐らく、俺が見た彼女は剣に宿った何らかの霊、ということなのだろう。
そして、あの剣が聖剣だと言うなら、彼女は神様とやらの一部ということになるなるのだろうが―――。
「じゃああの剣にもその神様の一部とやらが宿ってるってことですか?」
「違う」
俺の質問に対する答え合わせは、俺の思った通りのモノだった。
数分にも満たないそれだけの時間だったが、彼女だけを見ていた俺には分かったのは、「神」なんて言葉じゃ彼女は足りないという事実だけだったから。
だが、まぁそんな本当に何の根拠もないようなクソみたいな勘はちゃんと正しかったらしい。
では、神様の一部とやらが宿っていないのに何故聖剣と呼ばれているのか?
そんな疑問を口にする前に、親父さんは続けた。
「―――聖霊。事象どころか、概念すらも司る世界の頂が、あの剣には宿っている」
「精霊?でも、さっき精霊が宿った剣は精霊剣とかって・・・」
「正確には『聖霊剣』で聖剣だが・・・それは大したことじゃない」
つまり、「精剣」でせいけんと。
・・・ダジャレじゃねぇか!?
異口同音でちょっと勘違いしちゃったよ俺。
つか、精霊すげえな。
事象とか、概念とか司るってどんな規模感なんだ。
でもよくよく考えたら当然のように魔法とかで炎とか出してるし、不思議じゃない・・・のか?
「お前さんの言う聖剣も勇者を選ぶように、あの剣も人を選ぶ。素質、波長、心。通い合う何かがなければ、聖剣はうんともすんともしない」
それは、そうだろう。
彼女は誰にでも靡くような存在ではない。
俺も出てけって言われたし。
・・・あれ、じゃあ俺選ばれてなくない?
で、でもまぁ、ポジティブに考えよう。
「ってことは、見えただけでも凄いってことですよね・・・?」
「凄いどころの問題じゃない。なにせ、なにかが見えたなんて言う奴はお前さんが初めてだからな」
「・・・はい?」
俺の当然の疑問に対して、親父さんも当然と言わんばかりにそう返した。
「ウチの武器屋は閑古鳥が鳴いちゃあ居るが、どこからか評判を聞きつけて腕利きが度々訪れる。だがどいつもこいつも、あの剣の外見だけ褒めちゃあ、いくらかどうか聞いてきやがる。そういうヤツは見込みはないんだろう。逆に―――お前さんみたいになれば、選ばれたってことなんだろうがな」
とはいえ、毎回扉をぶち破られてもたまらんがな、と笑う親父さんを見やって俺は唖然とするしかなかった。
「じゃあ、あの剣なんであんなところに出してるんです・・・?」
確かに選定基準がアレだったとしたらたまったものではないが、それ以上に俺が気になったのは売りもしない剣をなんで置いているのだろうということだった。
「そりゃあお前、決まってるだろう」
親父さんはニヤリとドヤ顔を浮かべて。
「―――自分の最高傑作は見てもらいたいもんだろう?」
誇らしげにそう言い放った。
・・・・・・
親父さんの説明終わった後、俺はまたあの真っ白な空間に訪れていた。
俺が此処に来たのは自分の意志もあるが、親父さんに頼まれたからだ。
『お前さんにこの事を話したのは、あのもう一度あの剣に触って貰うためだ』
『や、でも俺、出てけって言われましたよ?』
『先程も言ったが、こんなことはお前さんが初めてでな・・・。それに、お前さんが声を聞いたというのなら、間違いはないだろうよ』
大分派手な拒絶をされている手前、ちょっと怖いというのが本音だ。
だが、そんな不安を抱きながらもまたこうして此処へやって来てしまったのは、聞きたいことがあったからだ。
でも正直、またぶっ飛ばされるんじゃないかとヒヤヒヤっていうか、めっちゃ怖いっていうのはあります、はい。
因みに、この真っ白不思議空間にはショーケースに触れただけで簡単に来れた。
本当に拍子抜けしてしまうほどで、一瞬にして切り替わった白色に眼をちかちかさせて戸惑っていると、落ち着かない様子でうろうろと靡く深紅のサイドテールがすぐに目に入った。
「あっ!」
前とは違って、俺が声を上げる前に彼女は俺に気が付いて彼女はこちらへ駆け寄って、悩んでいるようにもじもじと手を前に後ろに忙しなく組み直していた。そして、意を決したように浅く深呼吸をして、俺を睨みつけた。
「さ、さっきはごめ―――ってなんでそんな身構えてんの・・・?」
きっといろいろ考えた末に、どんな言葉を送ればいいのかわからなくなってしまったのだろう。
彼女はちょっと泣き出してしまいそうなぐらい不安な表情で、戸惑いがちに謝罪・・・しようとしたんだろうけど。
「いや、またぶっ飛ばされても大丈夫なように・・・?」
遠近感の狂いそうな真っ白な空間で真っ赤な彼女が近づいてくるもんだから、体当たりでもされるんじゃないかと無意識に身構えてしまっていたらしい。
「そ、そんな訳無いでしょ!?」
もう知らない!とそっぽを向いてしまった彼女は、少し楽しげで。
「あーもう・・・。結構心配してたのに、私が馬鹿みたいじゃない」
「ごめんなさい・・・?」
「さっきからなんでちょっと疑問形なのよ!?それに、さっきはアンタが急にあんな事言うからー――」
思い出して恥ずかしくなってしまったのか、娘を赤くして「なし!今のなし!」と必至に否定する姿は、気絶する前に浮かべていた哀愁はどこにも感じられなかった。
「ははは」
いつの間にやら感じていた緊張はどこかへ消えて、自然に笑みが溢れた。
「な、なによ?」
「いや、緊張して損したなって」
随分とオールドタイプなのツンデレだなと、少し感心してしまったぐらいだ。
「なによ、それ・・・」
少しいじけた様子で照れる彼女はやはり可愛らしいという表現がよく似合う。
始めの少し窮屈な空気はいつの間にか消え果てて、いつの間にやら和やかな雰囲気で、軽口を言えるぐらいには打ち解けていた。
「それで、何しに来たのよ」
「別に大したことじゃない。ただ―――」
俺がこうして此処にやってきた目的。それは、そんな言葉で表すにはかなり大げさなもの。
「―――君の名前、聞いてないなって」
「・・・名前なんて聞いてどうすんのよ」
ぴくりと反応した彼女は、怪訝そうに俺の瞳を覗き込んだ。
そんな彼女の紅玉の瞳は、俺の心の内さえ見透かしてしまいそうなほど、澄んでいて。
思わず綺麗だなんて言葉がまた飛び出しかけたが、俺はちゃんと正直に俺の思考をそのままに言葉した。
「・・・さぁ?」
ぶっちゃけ、俺にもわからない。
ただの好奇心なのか、彼女に惹かれているからなのか。
「さぁ?ってアンタね」
「いや、ホントに大した意味なんて無いんだよ。ただ、なんていうかさ」
答えなんて殆どないようなこの感情に敢えて理由をつけるなら。
「仲良く、なりたいじゃん?」
多分、そんな単純な理由なのだ。
「~~~ッ!?」
そんな俺の言葉に照れてしまったのか、彼女はまたぷいっとそっぽを向いた。
だが、俺は見ていた。
「す、好きに呼べばいいでしょ!」
とても感情を隠すのが下手で、素直になれないどこまでもツンデレな彼女の嬉しそうに笑うその横顔を。
「じゃ、『お嬢』で」
「なんでよ!?」
ちょっとからかいたくなって付けた安直なネーミングのあだ名は、なんだか思った以上にしっくり来た・・・と思ったのだが、本人からは不評らしく、即座に異議が申し立てられた。
「お嬢様っぽいから・・・?」
安直オブ安直。
いつだって、あだ名の命名基準は至極単純なモノだと決まっているのだ。
「そうじゃないわよ!?その・・・ちょ、ちょっとは粘りなさいよ!べ、別に教えたくないわけじゃないし・・・」
「え?ごめん、今なんて―――」
後半は小声すぎてもにょもにょ言ってる風にしか聞こえなかった。
なにか大事なことを言っていた気もするのだが、こんな時にラブコメの主人公みたいな難聴を発揮してしまうとは何という不覚だろうか。
「ど、どうでもいいでしょ!?それよりもア、アンタの名前!教えなさいよ!」
お嬢が照れ隠し気味に返した言葉に俺は、ふと考えさせられてしまった。
今の俺は「レイド=ブラッド」というガワに、俺という中身が入り込んでいる状態というだけで、当然俺にも日本人としての名前があり、記憶がある。
たしかに今考え、行動しているのは「■ ■■」という人間だろう。
だが、それは存在している記憶が「俺」という自我を保証しているだけ。
この世界に存在しているのは、「レイド=ブラッド」というガワ。
俺の面影はなく、俺とは違う人生を歩んできた別人に、俺という自我が存在しているだけなら、今の俺は一体何者なのだろう?
「俺の、名前は―――」
そんな自問自答が思わず、答えを躊躇させた。
だって俺はもう「■ ■■」という人間でもなければ、この世界で「レイド=ブラッド」としての人生も捨てしまって。
もうどちらも、この世界に存在していないのと同じなのだ。
それでも今の「俺」はたしかに此処に存在している。
「俺は」
だったら「俺」はきっと―――どちらでもないのだろう。
なら答えはもう、決まったようなものだ。
「―――レイ。そう、呼んでくれ」
どちらでもなくたって、「俺」は「俺」なんだ。
だから今日が俺の、誕生日だ。