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42.「決死」


 なんとか立ち上がった俺だが、今の状況は頗る悪い。

 未だにヤツのスピードに翻弄されるがままで、対応すら出来ておらずこの様。

 そもそも、ヤツは手数で押してすきを突いて一撃で仕留めるスタイルであり、今の俺のような、大きな武器一つでゴリ押しするスタイルとは相性が悪すぎる。



(・・・どうする)



 この状況でカウンターに賭ける、というのも不可能。

 絶望的な状況に膝をついてしまいそうになるが、そんな弱音諸共斬り裂く様に剣を振るうが・・・やはり当たる気配はない。

 先程のように、空間を斬り裂いて足止めする方法はもう完全に警戒されてしまって、通用はしない。

 事実、先程追い詰めかけた時も、奴は俺の斬撃の軌道から逃げるような立ち回りをしていたし、今も俺の射程から大げさなぐらいに離れながら動いている。

 それでもあの超スピードであれば、一瞬で俺の所まで接近し攻撃することが出来てしまう。

 多少の猶予は生まれたものの、こうして維持されている現状を見れば状況は一目瞭然だろう。



(圧倒的に手数が足りない・・・ッ!)



 結局、今押されている原因はこれだ。

 獣が俺に10回攻撃している時、俺はようやく一度剣を振ることが出来る。

 当然、現実でそんなターン制バトルの様な状況に陥るわけではない、が・・・ヤツのスピードを知覚し、攻撃の軌道を見極めるのにどうしても時間がかってしまうため、殆どその様な状態になってしまっている。



「―――ッ!リン、剣もう一本出せるか!?」



 一本ですら扱えきれていないというのに、二刀流なんて無茶だとは思うが、この状況を変える事ができれば。

 そんな一心で出した付け焼刃の提案だったが―――。



『―――この剣は元々二刀を一本の剣へと打ち直したものだ。今は一本に収まっているが、二刀一対こそ本来の姿だ』


「う、おっ!?」



 リンがそう言うと、ガション、何かが外れたように俺の握っていた黒いロングソードは、微妙に反った細身で片刃のロングソード・・・刀?・・・と、欠けた様に短いショートソードの2つに分離した。

 以前から感じていたやけに分厚い様に感じた刀身は、どちらもスッキリとした違和感のないフォルムになっている。

 それに二刀に分離した影響でかなり軽量化が為されており、両手で扱うのは容易そうだが、その分以前よりもリーチと重量が無くなった為に、威力などは確実に落ちているだろう。

 その上、片手で・・・しかも、二刀を振るうということは重心が安定させるのは難しいかもしれない。

 だが、今の状態であれば多少剣を振り回した所で自重の重さで多少無理は効く―――と想っておく。



「―――前だって、どうにかなったんだ。今回だって、上手く行く。だろ?」


『・・・そう、だな。貴方と一緒なら、私はどこにだって行けると信じている。なら、私はその信頼に答えるだけだ』



 こういう時こそ前向きな思考をしなければ、勝てるものも勝てない。

 以前もギリギリの状況から勝利を収めることが出来たのだ。

 今回だってどうにかなる―――いや、どうにかしてみせる。



「―――っ!!!」



 そうして俺は、二刀を構えながら獣を迎え撃つ。

 先程までは後出しになるため手が出せなかった攻撃に対し、ギリギリではあるが合わせられ、左手のショートソードで獣の攻撃を受け止める事が出来た。

 今まで対応できていなかった攻撃をいきなり受け止められたせいか、真っ黒な双眸を目まぐるしく収縮を繰り返して若干驚いた様な反応を見せた。

 その様を見ても油断すること無く、もう片方―――右手に握っていた細身の剣で獣を斬り裂いた。

 当然、俺の攻撃を予測していたであろう獣はその体をべコリと凹ませるように変形し、剣の軌道から反れた・・・つもりだったのだろう。



「―――やると思った、よッ!!!」



 俺も先程これで痛い目にあったのだ。

 そうされることを踏まえてこちらも行動するのが当然の道理。

 振り下ろした剣の軌道は、そのままであれば先程のように躱されてしまうだろうが、獣がこうして変形することを見越して、『次元転移(シフト)』によって獣の背後へと瞬間移動していた。

次元転移(シフト)』した瞬間、獣は一瞬でも俺を見失い、そして移動に伴って無理矢理変えられた剣の軌道上に、獣の身体を滑り込せ―――その胴体を斬り裂いた。



「―――」



 悲鳴一つ上げること無く、獣は先程の一撃で大きく斬り裂かれた腹部から漆黒の体液を撒き散らしながら、力なく宙に舞っていた。



(浅い・・・ッ!)



 慣れない二刀の扱いと、『次元転移(シフト)』の併用によって体勢が不安定だったのが原因で、今の一撃でヤツを仕留めきることは出来ていない。

 此処でコイツを仕留めなければ、俺にもう勝機は訪れない。

 出血によってぼやける視界と、燃え盛るような熱を帯びた脇腹の傷が、刻一刻と俺の限界を知らせていた。

 だからこそ、一気に決着を付けようと一気に踏み込み、追撃を移ろうとした時。



「―――後ろだッ!!!」



 レクスさんの声が聞こえた瞬間、後ろからなにかに脇腹を貫かれていた。

 その正体は―――獣から溢れ出た漆黒の体液が細い針ようになって俺の背後の装甲の関節部の隙間を通し、内側に到達した瞬間に爆ぜるように棘の塊となったのだ。



「ぐっ!?」



 一応、直前に聞こえたレクスさんの声のおかげで回避するまでには至らなかったが、若干狙いを外せた。

 そのため掠り傷程度・・・いや、普通ならば十分死に至るような重症かもしれないが、多量に分泌されたアドレナリンやエンドルフィンなどの脳内物質のせいで、今更少し傷が増えた程度では、痛み(・・)は感じない。

 ただ、一度抉られた傷に重ねて抉られた上に、体の内から溶かされてしまいそうな強烈な熱量に意識が飛びそうになる。

 奥歯を砕けそうになるほどに噛み締めて耐えながら、俺を貫いている黒い棘の存在は無視し、果敢に攻め立てる。



「―――ぐぅうがああああぁぁぁぁあぁあぁッ!!!」



 重装甲(コックピット)の中で血反吐を吐き出し、悲鳴にも似た叫び声を上げながら全身全霊を込めて二刀を乱舞させる。

 構えや型などあったものではないような、がむしゃらに振るわれる刃の嵐は周囲の景色諸共斬り裂いていく。

 朦朧とした意識では既に、ヤツとの距離や位置などを正確に測る事など不可能。

 であれば、周囲諸共斬り裂いてやればいい―――。

 そんな短絡的な思考によって繰り出された俺の攻撃だったが、今の状況では俺に出来る最善の選択であった。

 がむしゃらに振るわれた俺の剣は、ヤツの体に当たらずとも斬り裂いた空間の引力によって宙に貼り付けにされ、無差別に放たれた数多の斬撃は、掠り傷のような小さな傷から、足を切断する致命傷まで、多くの傷をその体へと刻みつけた。

 ほぼ死に体の獣だが、同時に俺も倒れるようにその場へ倒れ込んだ。



『―――レイっ!?』


(どう、だ・・・!?)



 先程の奇襲によって血を流しすぎたせいなのか、はたまた傷が思ったよりも深かったのか・・・定かではないが、俺も既に限界を迎えている。

 もう既に体を溶かすような異常な熱さはなくなり、代わりに凍えるような寒さが脳髄まで侵食してきていた。


 それこそ・・・体が意思に反して倒れてしまうほどに。


 だが、どれだけギリギリでも今この場を勝利で収めることが出来るなら、こんな傷もなんてことはない―――が。



「―――ォオォオォォオオォオ」


「・・・うそ、だろ」



 原型を留めないほどに斬り刻んだはずの獣は、最早、生物の原型すらも留めない歪な黒い塊となり、地の底から響いてくるような怨嗟の声を吐き出しながら、傷口から吹き出した体液を身に纏い、どんどんと巨大化して行く。

 その大きさは機兵(ロボット)の今の俺ですらも、見上げなければならないほどで、スライムのような不定形の体は、獣の時のような明晰な知性は感じず、無作為に周囲を飲み込んで更に巨大に膨らんでいく。



(うご、け)



 今の位置では後数秒後にはヤツに飲み込まれてしまう。

 どうにか体を動かしその場から退避しようとするが・・・体はピクリとも動かない。



『―――レイ!動いてくれ!』



 何処か遠くから聞こえるリンの声は、甲高く鳴り響く耳鳴りに掻き消される。



(や、ばい)



 白く明滅する視界と、まるで黒い津波のように全てを飲み込み肥大化してく(ヤツ)を尻目に、俺はついに意識を手放してしまったのだった。

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