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41.「決戦」

 うぞうぞと不気味に蠢き、周囲を喰らっていた漆黒の流体が不意に動きを止め、以前のように徐々に、不自然なほどに均等の取れた球体へと変化していった。

 さながら宙にポッカリと穴を開けているように、全く光沢のないベタ塗りの黒い球体は静かにその場に浮かんでいた。

 宙に出来上がったその黒い穴からズルリと溢れ出てくる何か(・・)は、べちゃり、と地面にぶつかる気味の悪い水音を立てながら―――ついに、誕生してしまった。

 瞬く間に消え去った宙に浮いた黒い穴から生まれた人間ほどの大きさの比較的ちいさなそれ(・・)は、ぶるりと体を震わせてその場へ悠々と横たわった。

 漆黒の体毛を身に纒う眼前のそれ(・・)は、生物の構造を逸脱したような不自然かつ、不均等に生えた8本足と、以前は見受けられなかった禍々しい造形の4本の角を生やしている。

 熊や狼、鹿など様々な動物をかけ合わせて創り出された合成獣(キメラ)のような見た目をしており、そして双眸に輝く赤黒い瞳は爛々とした純然たる狂気を孕んでおり、ひと目見た瞬間に彼らとは何があろうと相容れない存在なのだと理解した。



「―――ッ行くぞ!!!」



 一瞬、目前の化け物の存在感に気圧され、怯みかけたがレクスの怒号のような号令に意識を呼び戻され、レイも瞬時にリンと一体化し、その身を漆黒の機兵へと変化させると、レイ達に反応するように眼前のそれ―――獣はぎょろりと周囲を見渡し、その双眸に浮かぶ瞳孔を猫のように大きく広げると、赤黒かった双眸はまるで闇に染まった様に真っ黒になった。

 同時にレクスもレイの変化に驚愕していたが、眼前の驚異に対して警戒を崩すこと無く、注意深く観察していた。

 本当ならば激情に任せて突貫したい想いを理性でねじ伏せ、戦力の分析を行っているようだが、その顔色は優れない。



(底が、見えねぇ・・・!?)



 長年の冒険者としての経験を持ってしても、目の前の化け物の底は全く見えないどころか、ヤツを観れば観る程に自身の抱いた激情すらもかき消してしまうほどの圧倒的なまでの恐怖が湧き上がり、心が屈服してしてしまいそうになる。

 それでも、レクスがこの場に立ち続けられるのはこれまで経験してきた屈辱と、仲間の敵を打倒し、全てを晴らすため。

 たとえ眼前の敵がどれだけ強大で恐ろしい相手でも、今この時動けなければ死んだも同然であり、目的の達成のためであれば、自身の命すらも投げ打つつもりであった・・・が。



(今更死ねるかよ・・・ッ!!!)



 一度は行き詰まった現状に絶望したレクスだが、何の因果か仲間達によって救われ、何処かの大馬鹿野郎(レイ)によって生かされ、彼は今この場に立っている。

 此処で死ねば、仲間達の無念は晴らしてやることは出来ず、大馬鹿野郎(レイ)の覚悟に泥を塗る事になる。


 それが彼の抱いた、死ぬことよりも譲れない―――覚悟であった。



(俺の出来ることは少ないだろうが、やれることはあるはずだ・・・!)



 レイに全て託すことになってしまうことに少しの迷いはあったが、レクスはじっくりと自身の出来る事を探っていた。

 一方で完全に獣から補足されたレイは、獣からの猛攻を何とか防いでいた。



「―――くっ!?」



 まるでリンの戦い方を模倣(コピー)しているかのごとく、目にも留まらぬ速さで縦横無尽、かつ四方八方から自在に撓る爪撃を繰り返す獣は、今までの相手とは一線を画する実力を保有していた。

 今まではこうして一体化した状態であれば、性能差でのゴリ押しが出来ていた。

 だが今回は強化された感覚と現在の性能を持ってしても、完全にヤツを捕えることが出来ずにいた。

 幸い一撃の威力は大したことはなく、問題なく受けることが出来はするが、小さな積み重ねが敗北に繋がりかねない、危険な状態であることに変わりはなかった。



(どうにかして、ヤツのスピードを削がないと・・・!)



 今のままであれば、攻撃を防ぐことは愚か、こちらの攻撃も全て空を斬るだけになってしまう―――が。



『―――それで良い!取り敢えず、斬れ!』



 俺の思考(まよい)を振り払うように発せられたリンの声に即座に合わせて、苦し紛れに剣を振るうが、やはりと言うべきか俺の振るった剣は圧倒的なスピードを持つ獣には掠ることすら無かったが、俺の振るった剣は確かに―――()を、斬った。

 その瞬間、俺の振るった剣の軌道上にぱっくりと斬り裂かれた空間は、まるで穴埋めでもするかのように周りにあった木々などを地面ごと飲み込んでいく。

 そうなれば当然、周囲を駆け回っている獣もそれに巻き込まれる。

 ただ完全に飲まれることはなく、少し動きが止まった程度であったが、それでも、その一瞬は俺の待ちわびたものであった。



「―――そ、こッ!」



次元転移(シフト)』により、消えるように一瞬で獣との距離を縮めた俺は構えた巨大なロングソードを獣へと叩きつける。

 これまでとは異なり、全力で振るった剣は間違いなく獣を両断するほどの威力を持っていた・・・はずだった。



「・・・なっ!?」



 俺の振るった剣が獣に直撃する前に、ヤツはその体をぐにゃりと変形させて剣の軌道から完全に逸れた。

 その上、振り下ろされた剣を足数本で蹴り上げて大きく弾き、再度斬り裂かれた空間の引力から一瞬で逃れ、ついでと言わんばかりに俺の顔面へ数発叩き込んで行った。



「くっ、ぉ・・・!?」


『ッ!?来るぞッ!!!』



 それでもやはり大したダメージはないが、頭部を揺らされたせいか、その場でふらふらとたたらを踏み、ぐらぐらと傾く視界に吐き気を覚えながらも何とか、リンの掛け声に応じて体勢を立て直そうと図るも、意識に体が追いつかず立て直しに時間を取られてしまう。

 ぼやけた視界と思考が鮮明に戻る数瞬に、獣は既に次の攻撃の準備を済ませており―――



「―――がッ、アァァァァァァアァッッッ!!!?」



 次の瞬間、腹部の装甲をブチ抜き、襲い来る激痛に悲鳴を上げるながら、痛みでくらくらする視界の中で俺は視た。

 あの禍々しい造形の4本の角が一つに集い、高速で螺旋状に回転し、あたかもドリルのように俺の腹部を穿っていたのを。



(なんでも、ありかよ―――!?)



 やけに冷静に戻った思考の中で俺は再度獣へとロングソードを振るう。

 だが、そんな状態で放たれた斬撃は全く力の入っておらず、またも簡単に避けられてしまうが、獣を自身から引き離すことは出来た。

 獣の角が腹部から離れた瞬間、ブチ抜かれた装甲は高速で修復していくが、俺の傷が癒えることはない。



「―――ッごっほ!?」



 先程の攻撃で内臓系を痛めたのか、口から大量の血の塊を吐き出し、思わずその場に片膝を突く。

 こういう時、お嬢が居てくれればよかったのかもしれないが・・・結局あれは傷をなかった事にして、大量出血やらは防げるがダメージは消せない。

 それでも無いよりかはマシなのだろうが・・・どっちにしろ今の状況ではどうしようもないことだ。



『―――おい!?おいっ!?大丈夫なのか!?』


「・・・だい、じょうぶだ。ただの掠り傷―――ッ!?」



 リンの悲痛な叫びに、俺は強がって返そうとしてみたが、途中で思わず咽て再度血を吐き出す。

 なんとも締まらないなと、額にいくつも脂汗を滲ませながら笑みを浮かべてみるが・・・当然リンがそれで納得するはずもない。



『そんな訳無いだろう!?脇腹に風穴が開いてるんだ!今動いている―――生きているのが不思議なぐらいだぞ!?』


「・・・此処で終わるわけには、行かないんだ」


『―――私の力で出血と傷の進行を「停滞」させていても、殆ど死にかけなんだ!しかも、これは直したわけでもなければ、応急処置でもない・・・ただの死期の先送りだ!それでも、貴方は戦うのか!?』



 冷静に今の自分の状況を説明されると恐ろしいものがあるが、此処まで来て諦めるわけには行かないのだ。



「・・・リン」


『―――貴方は本当に馬鹿だ。大馬鹿だっ』



 そんな俺の覚悟が伝わったのか、リンは今にも泣きそうな声色でそう言ったが・・・その想いは確かに、俺に伝わった。



「―――ありがとう」



 俺はリンへと深い感謝をしながら、ロングソードを地面へと突き立てて、杖代わりにしながらようやく立ち上がった。

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