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40.「準備」


 周囲を覆い尽くしていた光が徐々に晴れていく中、俺は初めに感じたようなふわりとした浮遊感を感じたが、それも一瞬で収まり、そして俺はようやく目を開いた。

 そこには色の失われたようなモノクロの世界はなく、薄暗くも眩しい陽の光に思わず目を細めると、俺の眼前に見覚えのある剣が目に映った。

 妖しくも美しい漆黒の刀身にをした、二刀を一つにしたのかと思わせるほどに分厚く、大きい。

 今回の事件の元凶であり、約一年という期間を共に戦った・・・最早、相棒のような存在でもあるこのロングソードの柄をしっかりと握り込んだ状態で、俺はレクスさんに体を支えられていた。



「おいッ!!?大丈夫か!?なんて無茶苦茶なことしやがる!!?」


『ちょっと!?今少しの間リンクが切れてたわよ!?それに、どうして増えてんのよ(・・・・・・)!?』



 こちらの世界では一体どれほどの時間が過ぎたのか?

 そんな疑問は、レクスさんとお嬢の狼狽えよう(リアクション)である程度は察せられた。



(俺からしたら、久しぶり、なんだけどな)



 恐らくこちらでの経過時間は数分から、十数分。

 どれだけ経過していたとしても、30分にも満たない極短い短時間ほどなのだろうが、俺は約1年ぶりに聞いた皆の声に少し泣きそうになった。


 ―――が、そんな感傷に浸っている時間など俺達にはなく。



「―――説明は、後だ!まだ、俺達はやらなきゃならないことがある!」



 俺達の背後・・・丁度、3人の遺体があった位置で、まるで何かが爆ぜるように吹き出した強烈な嫌な気配に、その場に居た者全てが即座に注目した。



「なん、だ・・・!?あれ・・・!?」


「これは、不味いぞ・・・っ!」


『―――っ!?』



 光の一片すらも通さないベタ塗りの漆黒は、まるで世界を侵食していくように、不気味で得体のしれない闇がぞわりと這いずり出てくる。

 この場で俺が冷静さを欠いていないのは、今居る面子で唯一・・・いや、たった二人(・・・・・)の現状を知る人間だからだ。


 ―――故に、俺は叫ぶ。



「―――リンッ!!!」


『分かっている!』



 その名を叫んだ瞬間、即座に返ってきた頼もしい返答と共に掲げた左手から発せられた煌めくような黒色が周囲の闇を覆い尽くすと同時に、再度俺は叫んだ。



「『次元創世(シフト)』ッ!」



 今までのように、世界を創り変えるなんてちゃちなもんじゃあない。

 本来の力を取り戻したリンの力は正しく世界を―――新たな次元を創り出す力。

 俺の掛け声を発端に、周囲の世界が纏めて斬り裂かれたように消し飛び、新たな世界が構築されていく。

 その世界は以前の様に色の失われたモノクロの欠陥品ではなく、鮮やかに色付く彩色豊かな緑の世界。

 それを汚すように大きく広がっていく闇を前にして、俺達は身構えた・・・が緊急時の不測の事態とは、常に付き物だ。



「―――どう、なってんだ!?」



 いきなり病室から緑豊かな森林のど真ん中に出てきた事に驚愕するレクスさんだったが、俺が何より驚いたのは彼の存在自体だった。



(なんで、レクスさんが!?)


『位置が近すぎたか・・・!巻き込んでしまった・・・!』



 この時、俺はレクスさんを巻き込まないようにしていたつもりだったが、この力の詳細なコントロールを出来るほどの経験がなかったこと、そして俺達の位置関係のせいでレクスさんを『次元創世(シフト)』に巻き込んでしまった。

 幸い、多少距離のあった親父さんは巻き込まずに済んだらしいが、それでもこのミスに苦い罪悪感を感じつつも、即座に思考を切り替えていく。

 この場では少しの迷いが死に繋がりかねないことなど、とうに理解している。



「・・・何がなんだかわからねぇが、呑気に呆けてられるほど余裕もなさそうだ」



 そんな事などレクスさんも承知しており、現状を飲み込むまでの数秒間は狼狽えていたが、すぐに事態の異常さに身を引き締めていた。



(流石、Sランク冒険者だ)



 少し前の俺ならあたふたと取り乱してしまっていただろうが、やはり本職は違う。

 その危機察知能力の高さと、すぐに臨戦態勢に移った判断の速さは流石としか言いようがない。



『ちょっと!あの気持ち悪いの、なんでアンタのちょっと気配がすんのよ!?それに、アンタだけじゃなくて、色んな気配が入り混じってる上に、精霊(わたしたち)の気配まで色濃く感じるわよ!?』



 こちらも流石、というべきなのだろう。

 即座にアイツの正体・・・いや、アイツの力の根源を見抜くとは。



「・・・アイツの正体は、魔剣に取り込んだ霊の集合体。しかも、リン―――精霊の力を長い間を掛けて吸収したせいで、規格外の化け物になってます」



 アイツは何から何まで全てを奪い尽くし、喰い尽くす、悪辣な獣。


 ―――敢えて名を付けるとするなら「簒奪の獣」。


 長い時間と、数名の尊い命を喰らって蘇った正真正銘の化け物。



「じゃあアイツが、あの剣に封印されてたっていう・・・!」



 俺の端的な説明で、朧気でもヤツの正体に気が付いたらしいレクスさんは、まるで宿敵を見るような憎しみと怒りの籠もった眼差しで、闇がうぞりと這い出て来ているヤツを睨みつけていた。

 こうして冷静になって話せる時間があったのは不幸中の幸いだったが、何も状況は好転したわけではない。

 ヤツの力は未知数。

 だからこそ、出来ることは全てやっておかなければならない。


 その為には―――



「―――お嬢、レクスさんを助けてやってくれないか?」



 彼女の助けが必要不可欠だ。

 以前戦った、ケルベロスもどき。

 やつのような・・・いや、アイツ異常の規格外の存在が現れるのは明白な状況で、レクスさんをこのまま戦わせては、恐らく死んでしまう。

 間違いなく生身の状態であれば俺以上の実力はあるだろうが・・・それはあくまでも一般的な尺度の中での話だ。

 ケルベロスやケルベロスもどき、そして今から相手にするであろう敵は、文字通り次元が違う強さを持つ化け物。

 今のレクスさんの装備はボロ布のようなマントと、使い古した小さなダガー。

 それらを相手にするには、今のままではあまりに無謀だ。

 だからこそ、少しでも保険は掛けておきたい。



『・・・言っとくけど、大したことは出来ないわよ。そいつとは契約してるわけじゃないし、する気もない。だから手助けするにしてもちょっと性能の良い剣、ぐらいにしかなれないわ』


「―――それでいい。出来るだけでいい。助けてやってくれ」



 それは剣の世界で俺も経験したことだ。

 契約していない精霊剣はただ丈夫で斬れ味のいい剣に過ぎない。

 だが、現状の装備のまま戦うよりはずっとマシだろうし、何よりも少しでも勝つ可能性と、生存確率は高めておきたい。



『アンタが私とのリンクが途切れかけてた時、何があったのかはわからないけど・・・アンタ、変わったわね。本当、心配になるぐらい』



 そんな様子の俺を見て、お嬢にしみじみとそう言われてようやく気が付いた。

 現実的、効率的、客観的に見て今この場を乗り切る最善を選択する。

 以前は被害を気にして日和ることや、躊躇することがあったが、今は躊躇する暇があるなら少しでも考え動こうとする。

 それが癖のように身についているためなのか、以前とは大きく行動原理が変化してしまった。

 それが良い変化なのか、悪い変化なのか、今の俺にはわからないが・・・一つだけ言えるのは俺は「強くなった」ということなのだろう。

 変化を迫られ、そうならざるを得なかったとは言え、俺は心配をかけてしまう程に変わっても、俺は俺なのだ。

 根本的には何一つ変わらない。

 そう信じてきたからこそ、今俺はこの場に存在している。



(・・・これが終わったら、ゆっくり話そう)



 しばらくは話のタネに困りそうにないなと、内心で苦笑しながら俺はレクスさんにお嬢・・・聖剣を差し出した。



「レクスさん。これ、使ってください」


「こんな上等なモン貸してもらえるならありがたいが・・・アンタは良いのか?」



 俺の手元の聖剣を見て少々遠慮がちにしているレクスさんだが、俺の提案を蹴らないところを見ると、やはり彼も今の装備では厳しいと思っているのだろう。



「はい。俺にはまだこれ(リン)(あり)ますから」


「・・・わかった。有り難く、使わせてもらう」



 俺がそう言って左手に抱えているロングソード・・・彼にとっては曰く付きのものだろうが・・・を掲げてみせると、納得したように聖剣を受け取った。



(―――さて)



 これで一応の準備は整った。



「・・・後はヤツを叩くだけだ」



 そして、俺達は両者剣を構え、ついにヤツ―――「簒奪の獣」との決戦に挑む。

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