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38.「到達」



「・・・ふぅ」



 戦いの余韻に浸かるように、一つ息を吐き出す。

 一瞬で片がついたとはいえ―――やはり色々と思うことはあるのだ。

 リンにいきなりキスされたこととか、歯が当たって痛かったな、とか。



『―――そ、その事は、あまり思い出さないでもらえると、た、助かる・・・』



 突然聞こえたリンの声に驚かなかったのは、お嬢と一体化した経験があったから。

 あの時も俺の思考とお嬢の思考もリンクしていて、テレパシーのように会話ができたし、今回も当然そうなるだろうと思っていたからこそ、比較的冷静に思考出来ている、のだと思う。

 ただまぁ、今の俺の状態・・・この全方位の情報をモニター越しに理解出来るような不思議な感覚などは初体験であった。

 想像以上の凄まじい性能のおかげで難なくケルベロスもどきを倒すことが出来たが、今の状態はやはり落ち着かない。



『ん・・・そう、だな。私も同じ気分だよ』



 こうして一体化している時、自分が自分でないような感覚に陥るのだ。

 意識すらも共有し、一つになっている一体化ならではの弊害なのかもしれない。

 それに精霊としての力を存分に振るえる状況というのは人間(おれ)としてはあまりよろしくない。

 前・・・お嬢の時も、状況(うん)が良かっただけで、通常ならば魔族と同じ様に人類の脅威とみなされてもおかしくはなかった。

 この恐ろしいまでの全能感に酔いしれて、使い方を誤れば・・・破滅的な結果を齎してしまうのは明白。

 今もまだ、自分がどれほどの力を扱えるのか、操れるのか、完全に理解できた訳ではないのだ。



『私もこの姿になったのは随分と久しぶりだからな。力の扱いには十分に注意しなければこの世界ごと消滅させかねない。そうなれば、この剣に封じられている魔物は枷を外され、外界に飛び出してしまう』



 元々、リンがこの世界に永い間幽閉されていたのも、その魔物の監視のためでもあったのだ。

 それがいつの時からか、力を奪われ、逆にこの世界に囚われる事となったわけだ。



「そう言えば、リンは前に契約してたんだっけ?」



 リンは元々剣に宿る精霊であり、魔物を封じる前は別の契約者と共にあった、とは聞いていた。

 だが、その契約者も魔物を封じる際に命を落としてしまったらしい。

 当時はまだ自我もはっきりしていない精霊未満の幼精であったリンは、殆ど前任者のことは覚えておらず、この世界でずっと一人で暮らしている内に、自我が形成され、今に至っている。

 因みに、リンが男勝りな口調をしているのは、朧気に覚えているその前任者の口調を真似しているかららしい。



『あぁ。あの時の記憶は殆ど色褪せ、失せてしまったが・・・。とは言え、以前はこれほどまでの力は持っていなかったし、姿も違った。契約者毎に姿が異なりはするんだが・・・これは随分と異質な姿だ』


「あぁ~・・・。まぁ、そう、だろうなぁ・・・」



 この姿は俺と精霊・・・お嬢やリンの理想とする姿が反映される。

 俺の一体化時の姿が、異質と言える姿になるのは十中八九、俺の理想の「戦う姿(ヒーロー)」が原因だと思われる。

 最終的にそれをチョイスするのは、精霊たちの匙加減だそうだが、お嬢はド直球な変身ヒーローで、リンがごっついロボットなところを見ると、やはり精霊毎に好みの違いはあるのだろう。

 ・・・とはいえこうなった時点で、俺の素性や過去などはリンには筒抜けであり、今更隠すことでもないだろうが、やはりどこか後ろめたい気持ちがなんとも返答の歯切れを悪くさせる。



『・・・私は貴方に何処までも一緒に付いて行くと決めた。だから、貴方が何者であろうと最早関係のないことだ』


「・・・リン」



 だが、俺のそんな気持ちすらもお見通しのリンは、俺の望んだ満点の答えを返してくれた。

 だったら俺もリンの期待に、想いに全身全霊を持って応えなければ。



「―――全部、終わらせよう」


『あぁ』



 地面から勢いよく引き抜かれたロングソードがモノクロの世界を斬り裂く。

 すると振り抜かれた剣の軌道に沿って、世界が大きくズレ(・・)て、あまりにも滑らかなその斬り口に沿って、するりと世界が滑り落ち、砕けた。

 まるでガラスが割れるかのような甲高い破壊音ともに、周囲のビル街諸共全てがパラパラと崩れ落ち・・・やがて、周囲は真っ暗な闇に包まれた。



『―――行くぞ!』



 そして掲げた左手に集う力が、徐々に新たに世界を形成させていく。

 さながら逆再生のように、砕けだ世界が一つに集っていき、やがてひとつの世界を創り出した。



「・・・此処に来るのも随分と久しぶりだな」



 約一年ぶりに訪れた「街の世界」。

 相も変わらず、気味の悪いコピペの街並みだが、以前のように臆することはない。

 この一年で俺はこの世界を随分と渡り歩いてきたのだ。

 今更この程度で竦み上がる程、軟ではない。



「・・・さて」



 この世界にどれだけ滞在していられるかわからない今、行動は迅速に行う必要があるが、元よりこの世界で行うことも事前に打ち合わせていたため、俺達の行動に迷いなど一切なかった。

 まず始めに行ったのは現在位置の推測。

 本来の手順・・・『変異』を引き起こした際、スポーン位置が固定されているが、今回は『次元転移(シフト)』による任意の世界の『変異』。

 いつもとは勝手が違う状況であるため、一応スポーン位置が異なっている可能性を警戒していたが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

 周囲の構造はいつも通り、見覚えのある構造をしており「ビル街の世界」でのスポーン位置と全く変わらないことが伺えた。

 つまり「街の世界」と「ビル街の世界」は構造が完全に一致している、という裏付けになるのだろうが、この世界のループ構造はビル街にはないものだ。

 下手をすれば自分の現在地を容易に見失ってしまう危険性はまだまだあるが、ループをに引っかかる予定は全く無い。

 俺達の行き先は、既に決まっているのだから。



「・・・此処だ」



 俺達が訪れたのは、一番初めに俺が魔獣と遭遇した大通り。

 思えば此処だけは他とは異なっており、何故か単純なコピーペーストではなく、周囲の屋台や店舗など忠実に再現されていた。

 始めは此処に訪れた時は、俺の知っている光景―――破壊され、復興しつつある街並みしか知らなかった俺にとって、この聖都の大通りは所詮は何処かの光景で穴埋めした複製(コピー)なのだろうと思っていたが、恐らく・・・そうではなく。

 今のこの大通りの光景こそが以前の聖都の大通りそのものなのだ。

 あのビル街のように誰か(・・)記憶から抜き出した光景をそのまま再現しているというのなら、そう考えねば筋が通らない。


 いや―――そう考えれば筋が通る、だろうか。


 この景色もきっと俺以外の誰かの記憶を再現した、写し身の世界。

 この世界だけがただの再現ではなく、コピーペーストのように同じ光景が立ち並ぶ世界なのは、いくつもの意識(きおく)が混濁した世界だと仮定したなら。



「レクスさんのパーティーメンバー達は―――生きている」



 正確には、生かされている、といったほうが良いのかもしれない。

 この世界の根幹を揺るがしかねない力を秘めていたリンですらも放置していたのに、人間はすぐさま取り込んで殺す、なんて考えられない。

 俺達がその存在を確認出来ないだけで、彼らはまだ生存していると考えたほうが、ずっとしっくり来る。

 リンが取り込まれた人間が死んでしまったと勘違いしたのは恐らく、この「街の世界」へ『変異』してから一度もその存在を確認できなかったからだ。

 では、彼らは何処に消えてしまったのか?

 それは恐らく、あのイレギュラーな魔獣の出現が関係している。

 あれは人間(おれ)を排除し、殺すために差し向けられたモノではなく、捕えるためのただの刺客だ。

 だから、他の世界ではアベレージで10~12体ほど出現していたというのに、一番初めの魔獣の出現数は6体と異様に少なかったのだ。

 これらは所詮推測でしか無いが、恐らく・・・此処にその答えがある。

 一旦凛との一体化を解除し向かったのは、目立たない位置に存在する暗く、狭く、細く、入り組んだ路地の先。



「・・・やっぱり、あったか」



 その奥にひっそりと存在している診療所のような小さな病院は、他のハリボテと異なり、きちんと中まで作り込まれており、中へ入ることが出来た。

 誰も居ないカウンターを一瞥し、俺はあの時と同じ様に迷うこと無く、奥の病室へと向かった。

 殆ど陽の光の殆ど入らない薄暗い病室には、規則正しく3つ並んだベッドと。

 まるで祈りでも捧げるかの如く胸の前で手を組んで、眠った様に静かに横たわる3人がそこに居た。


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