32.「調査」
「はぁ・・・!つ、疲れた・・・!」
二体の魔獣を何とか撃退することが出来た俺は、戦闘の緊張感から開放された事に安心して、体の力が抜けてしまい、未だに戦闘中だということも忘れてその場にへたり込むように座り込んだ。
その時、丁度7体の魔獣を片付けたらしいリンが俺の胸の中に飛び込んで来た。
「―――大丈夫だったか!?」
よほど心配していたのか若干涙目なリンは、俺の体をぺたぺたと触ってどこにも傷がないことを悟ると、ようやく安心したようにいつものようにぎゅっと、その小さな体を俺に押し付けた。
「・・・大丈夫だよ。リンが殆ど惹きつけてくれたから俺も楽に戦えた。ありがとうな」
「ん・・・。なら、良かった・・・」
すっかりハグが癖になっているなと、リンの体を抱えながら苦笑を溢しながら、リンの頭を撫でてやると、少しこそばゆそうにしながらもどこか気持ちよさそうに目を細めてゆるりと体の力を抜いて、俺の膝の中にすっぽりと収まった。
そんなリンの様子に癒やされながら、俺は戦いの余韻に浸かっていた。
(・・・なんとか、勝てたか)
時間にすれば、数分、十数分程度の短時間であったのにも関わらず、体感では数時間全力で運動したような倦怠感が俺を包み込んでいて、未だに脳内で燻る熱のせいか、興奮で高鳴る鼓動が鳴り止まない。
そして何よりも勝利した事の達成感より、手に残る魔獣を斬り裂いた時の痺れるような感覚に、今更ながらに恐怖感が募ってきて体が震えてくる。
前戦った時は、どこか現実離れした感覚にいまいち現実味が湧かなかったが、今回は明確な命の危険に晒されて、ようやく理解した。
(冒険者って、凄いんだな・・・)
リンもそうだが・・・冒険者であったレクスさん、マレットちゃん達ははあんな化け物に平然と立ち向かい、戦っている。
肉体的な強さはもちろんだが、なにより強い精神力がなければこんな事は到底続けられる気がしない。
たった一度の戦闘で、ここまで疲弊しきってしまう俺は戦う才能というのはないのだろうが、それでも守りたいものを守るぐらいの力はやはり欲しい。
俺は一応聖剣という切り札があるが、ここにやって来た時のように、聖剣に頼れない時だってあるのだ。
(戦うのは、怖い。でも―――)
そんな時に誰かの影に隠れてビクビクしてるだけなんて、俺はしたくない。
とは言え、今の俺ではまだまだリンにおんぶにだっこで。
しかもこの程度で音を上げてしまうのでは、守るなんてのは夢のまた夢だ。
・・・強くなりたい。ならなきゃいけない。
誰かに助けられてばかりじゃ、きっと後悔する時が来る。
それに、今のままじゃ俺は誰も守れない。
「―――強く、ならないとな」
・・・
決意を新たにした俺は、早速周囲の探索を始めた。
結局、魔獣の出現パターンの解析は何度か検証をしなければ特定は不可能なので、人まずは後回しでいい。
現状少ない情報で分かっているのは、最初の一匹の出現位置がリンによって特定できるということと、特定箇所へ俺達が辿り着いた途端に魔獣達は出現するということだが、結局たった二度の遭遇では特定しきれないことが多い。
であるなら『変異』の法則の特定から始めてみよう、というわけだ。
「・・・取り敢えずは、この辺の探索からか」
とはいえ『変異』の法則については、現時点でそれなりに見当は付けられている。
「多分、この辺りになにかある・・・と思うんだよな」
始めの街の世界の探索時、俺達が『変異』したタイミングは俺が初めに魔獣と遭遇したと思わしき場所に辿り着いた時だった。
その事を考えれば、この「魔獣達が出現した場所の周辺」に何かがあると考えるのが妥当だろう。
もちろん、偶々時間制限のようなものに引っかかって『変異』した可能性も捨てきれないが、俺は前者だと考えている。
その理由は、あの魔獣たちが起因している。
そもそも、あの魔獣たちもそうだがリンや俺を排除する目的であれば「特定ポイント」で出現、なんて回りくどいことはしないだろう。
やはり、何かの理由があって『時間を稼いでいる』・・・もしくは『この世界に留まらせようとしている』のだと思う。
リンが言っていたように、この世界は滞在しているだけで力を吸収されるということを考えれば、それも間違いでは無さそうだ。
もしこの仮設が正しいのであれば、レクスさんのパーティーメンバー達も生存している可能性が生まれてくるが、この世界は恐ろしい程に時間の流れが緩慢らしい。
外との比較はできないが、リンは少なくとも数億年以上はここに滞在しているとのことだ。
その間に、あの剣を手にとって人がやって来ていたのだと理解したのはつい最近のことらしいが、それでももう体感時間で数百年前とのことであり、その間にもこの世界で生存できている、というのは厳しいかもしれない・・・とは考えてしまうが。
と、現状に多少の希望を見出しながら、俺は魔獣達が出現した周辺の探索をしていたが・・・。
「なにもない、か」
そもそもそんな簡単に分かることならリンも早々にこの世界を脱出する手がかりぐらいは掴めているはずなのだ。
それなのに、未だに何も掴めていないということは、そう単純なことではない、ということだろう。
焦りは禁物ではあるが・・・それでも、危機感を忘れて惰性になってしまえば、それこそ脱出は絶望的になってしまうのは明白だ。
そうならないためには動き続け、考え続けなければ。
気力が尽き、一度でも立ち止まれば恐らく・・・動けなくなってしまう。
だからこそ少しでも手がかりが欲しいが、やはりそう簡単には行かない。
一頻り一帯の調査が終わった頃―――
「―――っ!来るぞ!」
丁度『変異』が始まり、また世界が形を変え始めた。
ぐにゃりと歪む視界と、闇に染まる世界。
何度見ても慣れない光景を見届けること数分、今度は―――
「―――次は砂漠、か」
一面どこを見渡してもまっさらな砂の海が広がる広大な砂漠に、姿を変えていた。
一歩足を踏み出すとさくりという音は鳴るものの、地面の砂は一ミリたりとも動かず、足跡すらも残らない不思議な光景に少し驚きはしたが、3度目ともなると流石に慣れてくるものらしい。
冷静に周りの警戒を見るが・・・やはりというかどこまでも砂の地平線が広がるのみで、何一つとして見当たらない。
一応、丘になっていたりするところなどがあったり一辺倒というわけでもないが、それでも遠近感が狂ってしまうようなモノクロの砂漠は、吹き付ける風の音すら無い、自分の足音だけが響く世界は、不気味さよりも物悲しさが際立っているような、そんな印象を受ける。
そうやって俺が周囲の観察をしていた時、リンはいつものように俺にハグしたあと、いつもよりも少しソワソワしたような様子で俺の手を取った。
「・・・リン?」
まるで早く早くと急かす子供のようなリンの様子に、違和感を感じた俺は思わずリンの名前を呼ぶと、ぴくりと体を震わせて、再度俺へと抱きついた。
「・・・すまない。この世界は、苦手、なんだ」
・・・この世界は、自分以外に何もない。
これまでずっと一人で孤独に震えてきたリンにとって、それを思い知らされてしまうこの世界は、きっと恐怖でしか無かったはずだ。
消え入りそうなほどに弱々しい声でそういうリンの気持ちは、俺ではその全てを理解してやることはできないが・・・この子がこうして俺に抱きつくのは決まって寂しい時だ。
俺という存在が居ても・・・いや、居るからこそ、孤独の寂しさを思い出してしまったのかもしれない。
そんなのはただの推測でしか無いし、今の俺にしてやれるのはたった一つだけだ。
「・・・ゆっくりでも二人で歩いていこう。時間はまだまだたくさんあるんだから」
「―――っ!あ、あぁ!」
優しく微笑みながらそう言ってリンの手を握ると、リンはちょっと戸惑いがちに、でもしっかりと、俺の手を握り返した。
そうして、歩を進める俺達の足音だけが響くこの世界に少しずつ、俺達の話し声が交じり出した。




