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31.「探索」



「にしても、本当に広いな・・・」



 この森の世界に『変異』してから、感じていたのはその圧倒的なスケールの違い。

 最初居た街の世界の世界はループ構造になっていたためか、広さ自体はそこまででもなかったように感じた・・・いや、同じような景色の連続で感覚がおかしくなっていただけかもしれないが、この森の世界は単純に広いのが特徴だ。

 この世界に来てから体感時間で3日ほどが過ぎようとしており、その間ずっと移動していても果てが見えない程に広い。

 始めはループ構造かと疑ったほどだったが、どうやらそうでは無いらしい。



「言葉通り、ここは一つの『世界』なんだ。街や村、国らしきものもあるが・・・ここは、あの化け物と私達以外存在していない。だから、この世界の果てはないのと等しいことだな」



 リンは空虚な笑みを浮かべながら、まるでこの世界を探索し尽くしたかのような口ぶりでそう言っていた。

 始め、リンが「大して分かっていることはない」と言ったのはこの為なのだろう。

 自分の出来得る限りのことを尽くして分かったのは「何も分からなかった」ことだけだったなら・・・俺なら、挫折している。

 それでもリンはこの世界で戦い続け、蓄積した経験などのお陰でいくつかのアドバンテージを得るに至っている。

『変異』の察知はその内の一つであり、他にも、魔獣の出現位置・現在位置の察知なども出来る。

 これらは膨大な時間の中で身につけた一種の技術のようなものらしいが、それらの技術は自身の能力の応用でもあるらしく、俺がそれらの技術を身につけるのは不可能だろうとも言っていた。



「あの瞬間移動みたいなのがリンの能力なんだよな?」


「ん、そうだな。厳密には私は『次元』と『時空』を操る事が出来る。あの『次元転移(シフト)』も一次元間・・・点と点の相互間転移を可能にする技だな」


「・・・思った以上にメチャクチャなことしてたんだな」



 ・・・そうか?と小首を傾げて居るリンを尻目に俺は、改めて精霊の規格外差に驚かされていた。

 前にお嬢が聖都の上に転移した時、後にあの転移のタネを聞いたのだが―――



『距離の概念を燃やして(・・・・)その分縮まった距離の分移動してただけよ?』



 なんていう規模感のイカれた返答が返ってきた事もあった。

 基本的に精霊はとんでもない力を持っているせいか、こういう感性がかなりぶっ壊れて居るらしく、さも当然のように概念とか因果とかを超越してくる。



 だが―――



「今の私は、本調子ではなくてな。本調子の私なら四次元までの『次元転移(シフト)』も出来たんだが、今では二次元・・・私が認知出来ている場所への転移までしか出来ない」



 正直それでもとんでもない能力だと思うが、ここまで来ると本調子ならどこまで出来るか気になって、聞いてみると―――。



「そうだな・・・。三次元で空間の作成、四次元なら時間の変行(へんこう)、といった具合だが、戦闘面なら次元の両断ぐらいならわけ無いと思うぞ?」



 ―――私も正確には分からないんだが


 リンが自分でも分からないと言っているのは、やはりリン自身もこの世界に長く滞在している事で、力の大部分を奪われているから、らしい。

 この世界自体も、その吸収したリンの力を使って創られていて、その力を辿って幾らかの察知ができるんだと言っていた。

 そりゃあ、到底俺には出来ない芸当だと納得してしまった。


 ・・・と、まぁ。


 そんなこんなで、リンの案内のお陰でほぼ最短ルートで化け物の元まで進んでいるわけだが、それでも、もう三日が経過している。

 この世界がどれほど広大なのか、それだけでなんとなく察せられる。

 始めあの街といい、誰からの記憶をそのまま再現・・・いや、パクリか?・・・したような印象を受けるのは恐らく間違いじゃない。

 ただ、あの街とこの森を比べた時に感じる違和感。

 それは恐らく、コピペの有無と構造の違い。

 この森は俺の記憶にはない場所なのは間違いないし、あの街のように切って張ってを繰り返したような一辺倒な光景が続くわけでもない。

 あみだくじのように張り巡らされた閉鎖された空間でもなく、あくまでどこかの風景を実寸大で再現したかのような・・・そんな構造の違いは、この世界にやって来て始めに感じていた得体のしれない恐怖感のようなものを感じさせなくなっていた。

 確かに、色の失われたモノクロの風景は気味が悪いのは悪いが、初めのコピペに比べれば随分とマシに思える。

 とはいえ、あの街とこの森で魔獣との遭遇時間までにかなりの差異が存在しているのは少し不可解だ。

 あの街の時は、彷徨いながらでも一日ほどで、しかもリンの案内もない状態で、魔獣と遭遇していたが『変異』してからというもの、最短で進んできても未だに魔獣と遭遇していない現状。

 始めは運が良く・・・いや、悪くか?・・・魔獣と出会ってしまったのかとも思ったがこの広さといい、まるで―――『時間を稼いでいる』かのような、そんな漠然とした感覚が俺の中で燻り始めていた。



「・・・そろそろだ」



 俺がそんな思考に耽って居る内に、ようやく目的の場所へ到達したらしく、一緒に歩いていたリンは歩みを止めて、俺の手を離した。



「さっきも言ったが・・・無理は、しないように。最悪、私を見捨ててでも―――」


「―――逃げろ、って言いたいんだろうけど、出来る限り一緒に戦うよ」



 心配そうに俺を見つめるリンの気持ちもわからなくはない。

 俺とリンとでは天と地ほどに戦闘力の差があるだろうし、これまでお嬢におんぶにだっこだった俺が、戦えるのかという疑問も無くはない。

 だけど、そんな疑問よりもリン一人に任せっぱなしというのはしたくない。

 俺の真剣さが伝わったのか、リンは諦めたように小さなため息を一つ溢した。



「・・・分かった。これ以上は貴方の覚悟に泥を塗るような行為だということは、私も承知しているつもりだ。だから―――」



 リンは俺と同じく覚悟を決めたような表情で、自身の背中に掛けていたロングソードを俺の前へ突き出した。



「―――私と一緒に戦って欲しい」



 その言葉に対する俺の返答は始めから決まっている。



「―――当然」



 そう言って、俺はリンからロングソードを受け取った。



 ・・・



 この化け物との戦いは、俺にとって聖剣の補助のない状態での初陣だが、状況的にはそれほど悪くない状況だと言える。

 敵の出現位置が判明しているため奇襲などを受ける心配がなく、こちらは準備を整えた状態で戦いに挑むことが出来るのは、大きなアドバンテージと言えるだろう。

 だが、そんな状態でも決して余裕とは言い難い状態であることには変わりがない。


 なぜなら―――



「「「「「ヴェアアァアアァア!!!」」」」」



 ―――物量、という圧倒的な差があるからだ。


 以前、俺の前に現れたのは最初は1体だったが、その後新たに2体追加され、そして俺の逃げ道を塞ぐように新たに3体・・・計6体にまで増えていた。

 魔獣たちは始めに数体現れ、その後に俺達を囲うように数体新たに出現するという出現パターンを取っていたが、それは今回も同じ事で始めの1体目が現れたことを皮切りに、周囲から数体の魔獣が出現した。


 その総数は・・・およそ10体。


 一番初めに出現した魔獣はリンによって瞬殺されていたが、それでも残りは9体おり、2対9と考えるなら絶望的と言わざるを得ない戦況だが――――



「―――フッ!!!」



 俺に自らの武器であるロングソードを渡したにもかかわらず、複数体の魔獣相手に大立ち回りを演じるリンは、手刀(・・)なのにも関わらず、全く魔獣に引けを足らず、刻一刻と魔獣の数を減らしていた。



「「ヴェアアァアアァア!!!」」



 それでも、やはり全ての魔獣を相手にできるわけではなく・・・2体の魔獣が俺の元へと襲いかかってきた。

 だが、きちんと周囲を警戒していた俺に、その襲撃は想定内。

 先頭を切って俺に飛びかかってきていた魔物の攻撃をやや大げさに距離を取って躱し、攻撃の後の隙だらけの魔獣へ距離を詰めて、袈裟斬りにロングソードを振り抜いた。



「・・・くっ!」



 イメージ的には綺麗に斬り裂いた様なつもりで居ても、実際はなかなか上手くいかないもので、リンのように一撃で両断するとはいかず、体の半ばでロングソードがめり込み、止まってしまっていた。

 粘度の高い流体の体はまるで、本物の肉を斬り裂いているかのように不気味な生々しい感触が伝わってきて、思わずたたらを踏見そうになるが、ここで躊躇してしまえば、自分の命が危険にされらされてしまうことも十分に理解していた。



「―――ぐっ、おぉおおおぉおッ!!!」



 その躊躇をかき消すように、雄叫びを上げながら俺は力任せに無理矢理、剣を振り抜いた。

 重い抵抗感に体を持っていかれそうになったが、なんとか化け物の体を斬り裂いた。



「ヴェアアアァッ!!?」



 それでも致命傷にはなっていないらしく、斬り裂いた部位(はら)からべドロのような黒い塊を垂れ流し、感情の籠もらないポッカリと空いた黒い眼で俺を睨みつけながらドボドボと体液を滴らせながら、右足を爪のように形状を変化させ、切り裂こうとしたのだろうが―――



「―――ずぁああああぁああああッ!!!」



 野球のスウィングのように、乱暴に振りかぶられた返す刀で、化け物の首に当たる部位を殴りつけた。



「ヴェ、ァ・・・」



 普通の剣なら刀身が歪むどころか、へし折れてしまってもおかしくないような程、力を込めて振りかぶられた剣の殴打を食らった魔獣は、横っ飛びにされながら周囲の木々にぶつかり、そのまま溶けるように消滅していった。


 ―――これでようやく一体・・・!



「ヴェアアァァアアアアァ!!!」


「―――くっ、そッ!!?」



 そんな風に考える余裕などなく、続けて襲い来る魔獣の攻撃をなんとかバックステップ・・・体制を崩して後転のようになってしまったが・・・で躱して、乱れた息を整えながら、魔獣との距離を測っていると、魔獣はその体を弓のように撓らせ、弾けるように飛びかかってきた。



「ヴァアアアアァアァアアッ!!!」


「―――知ってるよッ!!!」



 だが、数度の観察でコイツらの行動は既に想定出来ていた。

 魔獣は図体はデカイのに、流体の体故に、かなりのスピードを誇っているがその思考や行動原理は至極単純だ。

 この距離・・・爪の射程外に居る時、コイツらが取る行動はおよそ2つ。



 追跡か―――この飛び掛かりか。



 変幻自在の体を持っているというのに、コイツらのすることは一辺倒で芸がない。

 始めは見た目の恐ろしさに気圧されてしまったが、そのネタさえ割れてしまえば、もう恐れるに足らない。

 そして想定通りに、俺に向かってくる魔獣に今度は大げさに躱すこと無く。



「―――オッ、ラァアアアアァァアッ!!!」



 相手の攻撃を最低限の動きで交わし、真っ向からロングソードを振り下ろした。

 完璧にタイミングを捉え、合わせられたカウンターの攻撃は魔獣の飛びかかりの勢いも相まって、凄まじい威力を発揮し―――



「ァ・・・」



 ―――見事に両断された魔獣は、断末魔の声すら上げる事無く、地面に溶けて消えていった。



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