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28.「あたたかい、な」



「あ、あぁ・・・。ホント、助かったよ」



 黒髪の少女に助けられた俺は、少女のギャップに驚きながらもあの化け物の脅威が去ったことに安堵し、その場にへたり込んだ。

 実のところ、ここまで全力疾走して来ていたので体力的にもかなりギリギリだった。

 何度も息と唾を飲み込みながら、跳ね上がった心拍数を整えていると、少女はどうしたものかとおろおろしながら、取り敢えず俺と同じ様にその場に座り込んだ。



「それで、君は・・・」


「わ、私は、その、あれ、だ」



 俺の隣りに座り込んだ少女は、自分の前に山のように立てたその細くしなやかで滑らかな真っ白な足に顔を埋めながら、小さな小さな声で―――



「―――せ、精霊、だ。この、剣の・・・」



 ―――そう、呟いた。



(あぁ~・・・なるほどなぁ)



 あまりに自信なさげにそう呟いた少女だったが、俺はその言葉を聞いて一人納得していた。

 目の前の少女はどことなくお嬢と雰囲気が似ているし、先程の超人的な身のこなしや、あの力のことなども、精霊だと言われれば確かにそうだと納得してしまう。

 それに、この少女の容姿なんかも判断材料の一つになっていた。

 お嬢もやたらと整った・・・というか、人間離れした美貌の持ち主であるが、この少女もお嬢と同じぐらいに整った容姿をしている。

 ほんの少し動いただけでさらりと流れる、艶やかな黒のロングヘアーは光など無いこの世界でもキラキラと輝いており、長い前髪はキリリと尖った鋭い黒曜石のような双眸が覗いている。

 少女、といったように肉体年齢は15~8歳ほどで、小柄な上に無駄なものが全て削ぎ落とされたかのようなスラリとしたモデル体型に、黒色のワンピースとショートパンツというファッションは、凛々しさの中に少女のあどけなさも感じる。


 ・・・とは言え、それは先程の戦闘時の俺の印象であり。


 今は・・・何というか、不安に怯えている小動物のような愛くるしさと、少女特有の壊れやすい繊細さがあり、その姿には思わず保護欲を書き立たせられる。



(精霊って、ギャップ萌えさせないと気がすまないのか・・・?)



 と、そんなバカな事を考えている俺の方を伺うように、少女はちらりと俺の方へと目を向けたが―――



「・・・あっ」



 ―――少女の方を見ていた俺と目が合って、急いで目を逸らした。



(なんだろう。このちょっと残念な感じ)



 この少女からもお嬢と同じポンコツの雰囲気を感じつつ、俺は少し困ったような笑みを受けべて、笑った。



「なるほど、精霊かぁ。通りであんなに強いわけだ。本当に助かったよ、ありがとう」



 そう俺の感じていた素直な感謝の気持を伝えると、少女は恐る恐る顔を上げて俺の顔を覗き込んだ。

 今度は咄嗟に目を逸らすことはなく、不安そうに上目遣いで俺の目を覗き込む様にしながら、少女は口を開いた。



「し、信じるのか・・・?こんな、こと・・・?」



 確かに、普通ならばそんな事信じる人間は少ないのかもしれないが、俺はお嬢と契約していたりちょっと普通とは異なる一般人なのだ。


 それに―――。



「当たり前だろ?俺の助けに応じて駆けつけてくれた君の言葉を信じないわけ無いさ。ただまあ、俺に言った事は嘘だったとかなら、ちょっとショックだけどね」



 この子は躊躇すること無く俺のことを助けてくれた。

 なら、俺がこの子にしてやれる最大の恩返しは「信頼」してやることぐらいだ。

 だからこそ、俺は迷いなくこの少女にそう言えたのだ。

 そんな屈託のない俺の信頼の込められた笑顔に、少女は少したじろぎながらも必死に、答えてくれた。



「そ、そんなことはない!た、ただ、その、こんな本当にこんな胡散臭い話を信じるのか?もしかしたら私がさっきの化け物の仲間、とか、考えないのか・・・?」


「仲間なの?」


「だ、断じて違う!」



 自分でも意地悪な質問だとは思うが、今の一言でこの子が嘘をつけない素直な子だというのはよく分かった。

 それに・・・この子の言っていた事はあまりに突拍子というか、ありえないことだろうけど、確かに俺にとってこの子はたった今知り合っただけの人間、じゃなくて精霊だが。

 それでも、この子を信じられる要素はこの短い時間の間に沢山あった。


 人と接する事に慣れていないのか、少し話しただけで怖くてソワソワしてしまうような、この子は俺を気遣うように「大丈夫か?」と声を掛けてくれたし、こんな場所にへたり込んだ俺の隣に座って、律儀に俺の質問に答えてくれた。

 そんな些細なことでも、確かに分かったのはこの子が良い子だと言うことだ。



「ぅう・・・!い、意地悪だっ!貴方は・・・!」



 そう言って、少女は埋めていた顔を上げて、少しいじけながらも、ようやく真正面から俺と向き合ってくれた。



「ごめんごめん。でも、これで緊張は解れたんじゃない?」


「・・・やっぱり、意地悪だ」



 そう言って、黒髪の少女は―――赤くなった顔を隠すように、また膝に顔を埋めた。


 ・・・



「・・・そう言えば、また自己紹介してなかったな」



 そうして少しは打ち解けた俺達だったが、俺はふと、この少女の名前も知らないことに気が付いて、思わずそう溢した。

 これまで、なんだか分けのわからない内にあのキモイ化け物に追われ、あっという間に救われて今に至ったわけで。

 なんだかんだありすぎて、そうする時間がなかったというのもあるが、この黒髪の少女が思った以上にシャイというか引っ込み思案を発動させていたからというのも、理由の一つだろう。

 こういう時、意外と自己紹介をするタイミングというのは逃しがちで、聞くに聞けない、みたいな状況になることが多い。

 そういう時は、自分からきっかけを作るのが1番だ。



「俺は、レイ。レイ=スミスっていうんだ」



 そう俺が自己紹介をすると、黒髪の少女は少し驚いたような顔をして。



「わ、私も、前は『レイ』と、そう、呼ばれていた」


「マジか!?」



 まさかの同名。

 そんな奇跡的なことあるのか。

 その事実に驚愕しつつも、俺はどうしたものかと少し思案して―――



「うーん、同名じゃなかなか呼び辛いな・・・なら君のこと、『リン』って呼んでいいか?」


「それはいい、が・・・。どうして『リン』なんだ・・・?」



 結局、俺はお嬢と同じ様に愛称で呼ぶことにしたのだが、少女―――『リン』は不思議そうに首を傾げながら、俺にそう訪ねた。



「え、だって―――凛としてるから?」



 が、俺が『リン』という名前をにしたのはそんな至極単純な理由からだ。

 何か特別な理由がある訳ではなく、本当にただのフィーリングだ。



「た、単純、というか、安直、だな・・・?」



 俺のそんな返答に少し呆れがちに、リンはジト目を向けてきたが、それはお嬢のときにも経験したことだ。

 今更この程度の圧では俺は引かない。



「愛称なんてそんなもんだと思うけど?」


「・・・愛称」



 逆にそうやって返してみると、リンは先程まで俺に向けていたジト目をぱっと逸して、緊張と不安で固まっていた表情をへにゃりと緩めたのを俺は見逃さなかった。

 何ていうか、この子やっぱり可愛いな。

 マレットちゃんとは違うベクトルの可愛らしさだ。



「まぁ、そういう事で、リン。これから・・・どうなるかはわかんないけど、よろしくな」


「・・・ぁ、あぁ。よろしく・・・って、へ?」



 そう言って俺が差し出した手を戸惑いがちに握ったリンは、俺の顔を見ながらまた驚いたような顔をしていた。


 今度はどうしたのかとリンの顔を覗くと―――



「ぁ・・・え?」



 ―――その綺麗な眼からぽろぽろと小さな雫を溢していた。



「ちょ!?ど、どうした!?」


「ち、ちがう。これは、違うんだ・・・」



 流れ出る涙を必死に拭いっているが、拭った側から涙が零れ落ちていった。



「―――これまで、ずっと、ひとりだったから」



 ・・・あぁ、そうか。


 この子もきっと、ずっとこうして一人で戦ってきたんだ。

 誰の眼にも触れず、誰のためでもなくただ漫然とひたすらに剣を振るい、戦ってきたんだろう。

 たった一日、この世界にいただけの俺ですら心が折れかけていたのに。

 この子はきっと俺には想像の出来ないような途方もなく永い時間こうして戦ってきたのかもしれない。


 だとしたら、それは―――正しく地獄のような日々だったことだろう。



「―――リン」



 俺は壊れやすい宝物を触るように、優しく、優しく、リンを抱きしめた。

 今度は(・・・)壊してしまわないように慎重に、ゆっくりと、どこまでも優しく。

 今の俺では、それの全てを理解してやることは出来ないだろうけど。

 少しでもこの子の悲しみを、孤独を紛らわせてやることが出来るなら。

 少しでも長く、この子の傍に居てやろう。



「あたたかい、な」



 そんな暖かさに安心したのか、リンは涙を流しながらも、きゅっとすごく控えめに俺の背中に手を回し、とても安らかな笑みを浮かべいてた。


無念のデイリー投稿失敗・・・ッ!

腹いせに今日は恐らくあと一話投稿します

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