26.「アンタを、救ってやる」
「あー・・・くそ。いい歳して情けねぇ」
鼻を啜りながら、頻りに目元を擦るレクスはそう言いつつも、始めに見たときのような余裕が無く、どこか焦ったような思い詰めた表情は消えていて。
どこかすっきりしたような表情を浮かべているレクスさんは、随分とマシな顔つきになっていた。
「俺はいい歳しても泣きたい時は泣いたほうが良いと思いますよ」
「バカ。冒険者がびーびー泣いてちゃ締まらねぇだろ」
「”元”じゃないんですか?」
俺がそう返すと、レクスさんは困ったように頬を掻いてやられたとばかりに両手を上げたのを見て、俺はいたずらが成功した時のような笑みを溢した。
「はぁ・・・人生、わからないもんだな。ギリギリになって、お前みたいな奴と出会うなんてよ」
それに関しては本当に同意せざるを得ない。
始めはどうしたものかと途方に暮れていたものだが、、今では親父さんに拾われて、鍛冶師見習いとして働いて、お嬢やマレットちゃんと出会って。
俺も半年ほど前は普通の一般人だったのに。
本当に、わからないものだ。
それを伝えると、レクスは全く口を付けていなかった冷めたコーヒーを一気に飲み干して、立ち上がって。
「―――少し、付き合ってくれないか?」
なにか覚悟を決めたような眼をしながら、レクスさんはそう言った。
・・・
レスクさんに案内された場所は、病院だった。
入り組んだ路地の先にぽつんと佇む診療所のようなその病院にレクスさんは迷うこと無く入っていき、カウンターに常駐する一人の看護婦に二、三何かを告げて、奥にある病室へと入っていった。
レクスさんの後を追うようにその病室に入ると・・・そこは、殆ど陽の光の殆ど入らない薄暗い病室で。
規則正しく3つ並んだベッドの上には、まるで祈りでも捧げるかの如く胸の前で手を組んで、眠った様に静かに横たわる3人の遺体があった。
とても死んでいるとは思えないほどに、キレイなその3人がもう亡くなっていると理解できたのは、生気をまるで感じられず、まるで人形のように空っぽなのが感覚で分かってしまったからだ。
「・・・これって」
「俺の、仲間達だ。・・・いや、だった、か」
やはり、そうか。
「こいつらは、俺が無理言って此処に置いてもらってる。もしかしたら、あの魔剣から助け出せて、元に戻るかもしれない。・・・なんて馬鹿げた希望に縋って、未だにコイツらを引き止めちまってるわけだ」
そう呟くレクスさんは、自嘲気味な笑みを浮かべながら、一人の前髪を撫で付けた。
「・・・お嬢」
『―――無理よ。ここにあるのはもう抜け殻。霊はもう取り込まれて、助かる見込みは・・・ほぼ無いでしょうね』
俺は一縷の望みを掛けて、お嬢に聞こうとしたが俺の考えなんてお見通しとばかりに、先回りするようにそう告げた。
それはレクスさんにとって、絶望としか言いようのないことだろうが、きっとそんな事は俺が伝えなくたって、レクスさんはとうの昔に理解していることだろうし、なによりも、俺にはレクスさんにそれを伝えられるほどの勇気はなかった。
「・・・レクスさん」
俺は、悲しげに仲間達を見るレクスさんになんて声を掛けて良いのか分からずに、ただ彼の名前を呼ぶと、今にも泣き出しそうな顔をしながらこちらに振り向いた。
「―――悪いな。こんな所に連れてきちまって」
「・・・いえ。でも、どうしてここに―――?」
レクスさんはそんな俺に問いに、どこかここではない遠くを眺めるように、ゆっくりと口を開いた。
「俺がアンタ達をここに連れて来たのは・・・最後の挨拶を済ませたかったからだ」
「え?」
一瞬、レクスさんが何を言ったのか理解できずに、俺は間抜けな声を上げてしまったが、レクスさんはそんな事は気に留める事無く、親父さんへ歩み寄っていった。
「―――その剣、少し貸してくれるか?」
「・・・一体、何をする気だ?」
そう言いつつも、抱えていた魔剣をレクスさんに手渡すと、レクスさんは剣を覆っていた聖骸布を、柄の部分だけ開けさせた瞬間、俺たちはレクスさんが何をしようとしているのかを理解した。
「―――レクスさん、まさか!?」
「さっき、言っただろ?コイツを持ち出したのは、元々、こうする為だったって」
静かにそう告げるレクスさんは、俺ではなく真っ直ぐに魔剣の柄を見つめながら、覚悟を決めたような表情をしていた。
そうして、レクスさんはその柄に触れ―――ようとした。
「・・・どうして止める?」
「どうしてって、そんなの―――決まってるでしょう!?」
俺は彼がどうしようとしているのか容易に想像できたからこそ、咄嗟にその手を掴むことが出来たのは、1ヶ月前の経験があったからこそ、だったのかもしれない。
「貴方のその顔は―――死んでも何かを成し遂げるってヤツの顔だ!」
「・・・」
シピオの街での防衛線。
そこで冒険者達は決死の覚悟を抱いて戦っていた。
その時、みんなこんな表情をしていたのが酷く印象に残っていた。
だからこそ、俺はいち早くレクスさんの行動を察することが出来た。
「今貴方は死のうとしている!―――そうでしょう!?」
だが、今回のレクスさんの行動はその時の冒険者たちとは異なり、絶望を跳ね除ける明日への希望を感じたが、今の彼からはただ無鉄砲で無計画にただ死んだって構わないという思いだけが先行している。
それは、勇気なんて良いもんじゃない。
ただの自殺願望だ。
「そう、かもな。こんな事したって、多分・・・いや。絶対何も変わらない。変えられないのは、分かってる。でも、俺はそうしなきゃいけないんだよ」
「そんな事―――!」
「アンタも、分かってるんだろ?このままじゃ、終われないんだよ」
その時、俺はヴァンさんの言葉を思い出していた。
『レクスとしちゃ、こいつは仲間達の敵みてぇなもんだ』
例えどんなに無謀でも、敵を討ちたい。
それが、リーダーとして残された最後の仕事だから。
そう思うのは当然そうだろうが、どうして、どうして今なんだ。
「・・・それに、俺も少し疲れた。アンタと話して、励まされて。ようやく、全部終わらせる決心が出来たんだ」
・・・あぁ、クソ。
そういう事か。
本当にこの人は、ギリギリだったんだ。
パーティーリーダーとしての責任感と、使命感。
仲間を失った、絶望と悲しみ、怒り。
そんな壊れそうになるギリギリで耐えていたのを、俺が壊してしまったのだ。
だと、したら。
「だとしたら!なおの事、ここでレクスさんを無駄死にさせるわけにはいかない!」
俺にだって、責任はある。
たった数時間。
それだけで何から何まで分かるわけじゃなくても、この人が良い人だってのは十分すぎるほどに伝わって来た。
凄い人だって、尊敬できる人だって思った。
だから、今このままこの人を死なせてしまっては、きっと俺は後悔する。
そんな想いが、俺の言葉に熱を含ませた。
「無駄死に、か」
だが、そんな俺とは対象的に酷く冷静なレクスさんは、ふっと軽く鼻で笑って。
「そう、だろうな。こうなって嫌ってほどに理解したのは、Sランク冒険者だなんだと言われてのぼせ上がっていても、結局そんなモノはただの大層な称号でしか無いってことだ」
どこまでも自分は現実を見ているんだと、俺を諭すように。
「運命を変えられるような、物語に出てくるような。そんな勇者や英雄なんぞには到底成れない。俺に出来ることは精々、足掻いてみっともなく死んでいく。その程度のことぐらいなんだよ」
何から何まで知っているんだとばかりの訳知り顔で、その顔に暗い闇を落しながらそう言うが―――
「・・・ざっけんな」
そんな詭弁で、今の俺は止められるわけがない。
「―――ふざけんなよッ!ここまで来て、諦めてんじゃねぇ!」
そうやって喚き散らす俺をレクスさんは眺めて居るだけで。
「ここまで頑張ってきたんだろ!?だったら、諦めちゃ駄目だ!」
俺の言葉にレクスさんはただゆっくりと首を横に振るだけで。
「元々、ずっと諦めてたよ。俺は」
―――買いかぶりすぎだ。
また自嘲的な笑みを浮かべるレクスを見た瞬間、俺の中で何かが弾けたように。
「―――だったら!俺が、アンタの代わりに!」
そう叫んで、俺は。
「―――アンタを、救ってやるよ!」
―――レクスさんの代わりに魔剣へと触れた。




