25.「―――お人好しめ」
レクス=ノートンと言う男は、Sランクパーティー「黒竜の吐息」でパーティーリーダーを務めていた。
丁度2ヶ月前に、これまで未踏であったBランクダンジョンである「愚者の霊園」を攻略し、その最奥で『霊喰いの魔剣』を発見した。
その時3人のパーティーメンバーは魔剣に触れて死亡しているが、彼だけは魔剣に触れること無く、唯一生き残ったらしい。
その後、何とか『霊喰いの魔剣』と仲間の遺体を抱えて脱出した彼は、その一件以来精神を病んでしまい、長い間療養していたが一ヶ月にライセンスの失効を行っていたらしい。
「1ヶ月は戦後処理で色々ゴタゴタしてたからな。それに乗じて知らずのうちにライセンスの失効をしていたんだろうが、まさかライセンスの返却をせずにいたとはな」
こういう事は極偶にあることらしく、未返却のライセンスを悪用される事例というのはそれなりにあるらしい。
そう言われて、俺もまだ自分のライセンス持ったままだなと他人事に聞こえなくて少し焦ったが、使わないように気をつけていれば問題はないし、またの機会にでも返せばいいかと楽観的に考えることにした。
「何の目的があって、クロウんとこに押し付けたのかはわかんねぇが、レクスとしちゃ、こいつは仲間達の敵みてぇなもんだ。だから、こいつの破壊方法でも探してたのかもしれねぇが、それにしても強引な手段を取ったもんだ・・・」
「・・・敵、ですか」
確かに、そうかも知れない。
俺の場合、あんな形で冒険者を辞めてしまったが、普通であれば共に連れ添った仲間というのは固い絆で結ばれているものなのだろう。
そんな状態でも、未だに足掻き続けているレクスに比べて、俺は目の前に突きつけられた現実から目を逸らして逃げ出した。
もしかしたら、前の俺もどうにかしようと足掻いていたのかもしれないが、俺は結局あんな形で終わらせてしまった。
今更ながらに、少し罪悪感を感じながらも俺はそんな雑念を振り切って、現状の解決に向けて再思考し始めた。
「それでこの剣はどうする?俺もこいつの破壊方法なんて知らんぞ?」
親父さんはこれまで触れてこなかった問題に触れたが、おっさん・・・ヴァンさんは、難しそうに腕を組みながら唸り声をあげた。
「・・・できれば、今回のことは内々に収めたい」
「・・・どうしてだ?」
「・・・冒険者協会の威信が~とか、名前に泥を~ってことじゃなくてな。このままじゃ、レクスの奴があまりに報われねぇ。そう思っちまうんだよ」
ヴァンさんがその言葉を吐き出すまでに、様々な葛藤があったことは想像に難くないが、俺たちが思っていた当然の疑問を親父さんが代弁すると、ヴァンさんは厳しい表情を浮かべながら、続けた。
「俺はレクスの奴のことをそれなりに知っちゃいるが、悪い奴じゃねぇんだ!だからこの剣は今回の件が収まるまで・・・いや、ここに滞在してる間だけでも、その剣を持っていて欲しい!」
そう言って、その巨体を丸めるように頭を深く下げるヴァンさん。
その姿を見て、俺は―――
「―――俺は、そうしても良いと思います」
―――少し考えたが、そう答えることにした。
ヴァンさんは俺のその言葉に驚いたように真ん丸に目を見開いて、俺を見ていた。
「・・・自分で言っといてなんだけどよ、結構無茶苦茶なこと言ってると思うんだが・・・ホントに良いのか?」
「ははは・・・まぁ、そうかも知れませんけど。でも今の話聞いて駄目です、なんて答えるわけにはいきませんよ」
ヴァンさんの言葉は、ギルドマスターの言葉としてはふさわしくないのかもしれないが、どこまでも個人の感情を尊重したものだった。
それをどう捉えるのかは賛否あるんだろうが、俺としてはその意志を尊重したいと思ったし、それでも今回のことはどこか他人事には思えなくて、そんな事を口走ってしまったが、後悔はあまりない。
「―――ハハハッ!なるほどなぁ!クロウが弟子に取るわけだ!」
「本当に、お前は・・・」
すると、ヴァンさんはそんな俺の態度が面白かったのか、ただ豪快に笑って、テーブル越しにポンポンと俺の肩を叩いた。
同時に親父さんも呆れたように小さくため息を吐き出していたが、別に咎めるつもりもないらしく、何ならちょっと笑っていた。
なんだかんだ、親父さんも俺と同じでちょろいと言うか、甘いと言うか・・・。
「取り敢えず、レクスの件については俺も調べてみる。そっちもなんかわかったら連絡してくれや!」
「わかった」
そうして俺達は執務室を後にして、冒険者ギルドから出た頃にはもう夕暮れ時で、大分人も疎らになった大通りで宿を探していた俺たちの前に、探していたその人は突然現れた。
見覚えのあるボロボロのマントを身に纏ったその男は、今度は素顔は隠しておらず、ざっくばらんに切りそろえられた茶髪はボサボサで、げっそりと痩けた頬と目の下に刻まれた大きな隈が印象の悪さを助長させていた。
俺がその存在に気がついた時、男―――レクスはもう俺の眼前にまで迫っており。
「―――その剣を、返して欲しい」
次の瞬間、俺の視界から消えた・・・と思ったら、レクスはその場に膝をついて、消え入りそうな声でそう呟いた。
・・・
突然の事態に困惑するばかりだった俺たちだったが、ひとまず周囲からの奇異の視線を避けるために、レクスと共に近場にあった喫茶店へとやって来た。
適当にドリンクを注文して、テーブルに付いた俺は早速レクスさんへ質問を投げかけた。
「えっと・・・どうしてこんな所に、って聞きたいところなんですけど、まず。レクス=ノートンさん、で合ってますよね?」
「・・・あぁ」
テーブルへ俯いたまま、低く暗い声色でボソリとそう呟いたレクスさんは、ゆっくりと俺の方へと視線を戻して、深い隈の刻まれた双眸で俺を貫くように見据えて、口を開いた。
「・・・俺のこと知ってるってことは、色々調べたんだろ?この剣のことも、俺の、過去のことも」
流石に、ここまで俺たちを追いかけてきただけはある。
こんな状態になったとしても、元Sランク冒険者としての風格と実力は消え失せてはいないようだ。
「はい。・・・だけどごめんなさい、とは言いません。俺たちもこの剣に困らされてますから」
「それは、そうだ。元々俺が、勝手に押し付けちまったもんだしな・・・」
―――悪かった。
自分の軽率な行動を反省し、きちんと謝ることが出来る良識のある人間が、明確な悪意を持って俺たちに魔剣を押し付けるなんてするはずがない。
このレクスという人物は、やはりヴァンさんの話していたとおり、根っから悪い人間ではなく「良い奴」なのだろう。
きちんと話ができる人間だと判断した俺は、早速本題を切り出した。
「それで、さっき言ってた返してくれっていうのは・・・」
「そのままのことだ。元々俺が勝手に押し付けたもんだしな。今更かもしれないが、俺がきちんと責任を持って引き取るってことだ。・・・ホントはすぐに店に戻ってそうしたかったんだが、どうやら行き違っちまったみたいでな」
・・・なるほど。
確かに、俺たちはあれからすぐにニビルさんの店に向かったし、その後は万一の事態に備えて一日外泊してから家に戻ったのだ。
そして一度家に戻りはしたがその時は少し準備に戻ったぐらいで、すぐに出発してしまった。
その間にもレクスさんは店に訪れていたのだろうが、全て入れ違うような形で出会うことが出来なかったのだろう。
「その後、少し情報収集したら俺のことを調べ回ってるって分かったし、聖都に向かったことも掴めた。それで、急いで追いかけてきて・・・ようやく追いついたってわけだ」
「流石、Sランク冒険者だな」
「元、ですがね。SSランク冒険者のクロウ=スミスさん?」
意趣返しのように、親父さんにそう返すレクスさんは疲れたように口角をへにゃりと緩めて笑ってみせた。
「・・・なるほど。相当に優秀らしいな」
「聖都にいる冒険者でアンタのこと知らない人間なんていませんよ。まぁ、アンタがあの街に居ることを知ったのは全くの偶然だったんだが・・・」
「・・・これ、聞いて良いのかわからないですけど・・・。レクスさんはやっぱりこの剣の破壊をしようとしていたんですか?」
レクスさんのその口調から、やはりこの剣をどうにかするために、この一ヶ月間有力な「鍛冶師」について調べていたのかもしれないと思ったのだが、レクスさんは少し悩んだような様子を見せて、ゆっくりと話し始めた。
「・・・そう、だな。本当のこと言っちまえば、ただの悪足掻きで始めたことだ。元は自分の手でどうにかしてやろうって意気込んで、聖域に忍び込んだんだが・・・この剣を目前にして俺は怖気付いちまった」
悔しさを滲ませてながら、握った拳は弱々しく震わせながらレクスさんは続けて口を開いた。
「仕方なく一緒に用意してた聖骸布でこの剣を持ち出したは良かったが、結局どれだけ経ってもコイツに触る勇気は出なかった。だから、せめて。他力本願だとしても、どうにか出来るなら、って思ってたんだが・・・どうやら意味はなかったらしい」
この1ヶ月、恐らく寝る間も惜しんで方々を駆け回って・・・出した結論は恐らくそれだった。
「でも、そんな時。聖剣を持ったアンタを見て、感じたんだ。この剣を見た時と同じ様な・・・本能的な恐怖、みたいなものを」
「それで俺にこの剣を押し付けてしまった、と」
「・・・本当に、悪かった。危うくアンタをアイツらみたいにさせちまうところだった。謝っても許されることじゃねぇとは思うが―――」
「―――そんな事ないですよ。こうしてきちんと謝ってくれた。それだけで十分です」
深刻な表情で懺悔するレクスさんの言葉を遮って、俺はそう言って優しく笑ってみせると、レクスは一瞬泣きそうな顔をしたが、その顔を隠そうとそっぽを向いた。
「・・・俺は、危うくアンタを殺しかけたんだぞ!?それで、なんで、そんな―――」
自分でも矛盾した事を言っているのに気付きつつも、レクスさんはようやく感情を吐露させた。
きっと、この人は今まで一人で戦い続けたんだ。
大事なものを全部失って、誰かに頼ることすら出来ずに必死に足掻いて、藻掻いて。
俺がこの人を許せたのは、きっとそんな努力に心打たれたからだ。
それに―――
「俺は、レクスさんみたいに足掻くことすら出来ずに、逃げてしまいましたから。だから、本当に凄いって思います。自分のために、仲間のために。そこまで頑張れるあなたを、許せないはずないじゃないですか」
「・・・っぅ」
吐き出された本音にたじろぐように動揺するレクスさんは小さな喘鳴を溢して、静かに涙を溢しながら、レクスさんは―――
「―――お人好しめ」
照れ隠しにそんな呟きを吐き出したが、その声は涙に濡れて俺には殆ど聞こえなかった。