表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/49

23.「ご武運を」



「―――そろそろティークが見えてくる頃ですな」



 あれから1週間。


 待ち時間の2日間と、5日間の馬車の旅を経て、俺たちは遂に聖王国の首都であるティークへとやって来ていた。



「おぉ~流石に首都。でっかいなぁ~・・・って、ん?」



 この世界にやってきて約半年。

 シピオの街から出たことがなかった俺からすると、この旅で経験したことは馬車に揺られながら、眺める外の景色一つでさえ、何から何まで新鮮味のある事が多かったが、ここに来て俺は強烈な既視感を感じていた。



 ・・・なんかこの辺、見たことあるぞ?と。



「1月前の襲撃は相当なものであったらしいですからなぁ。未だに外壁の修繕などは出来ていない様子ですが、此処に住む人達はかの『緋翼の騎士』に救われ無事だったそうです。いやはや、なんとも凄い話ですな」


「へ、へぇ~・・・。そうなんですね・・・?」



 確かに聖都周辺では未だに至る所で襲撃の破壊痕が見て取れた。

 その既視感の正体は、始めはシピオの街と混同していたのかとも思ったが、あのやたらとでっかい外壁にぽっかりと空いた大穴を見た瞬間に完全に過去の記憶とリンクした。



(あの時、来たのって此処だったかぁ・・・)



 ここ1ヶ月程はずっと、鍛冶場に引き篭もって作業したり、ご近所で手伝いをしていたせいで、俺は最近話題になっていたらしい「緋翼の騎士」とやらの事を全く知らなかった。

 いや、厳密に言えば「シピオの街を救った騎士」の話ならば知っていたのだが、まさかこんなタイミングでその話を聞くことになるとは思ってもいなかった俺は、照れるような焦るような微妙な心境で相槌をうった。

 そうしてニビルさんと他愛もない話をしているうちに、馬車は正門へ差し掛かった。

正門に近づくと、木材などで雑に補強された門の前で数名の兵士に引き止められたが、目的と通行証、それと貿易許可証を見せると、兵士たちはその控えを手に抱えていた用紙にサラリと何かを記入して、快く道を開けた。



「・・・こういうやり取りって毎回あるもんなんです?」


「今ティークはこんな状態ですからな。いつもであれば2、3質問される程度ですが、偶にこういう事があるのでしっかりと準備はしていますよ」



 俺たちが引き止められている横では、冒険者らしき集団が普通に中に入っていていたので、何事かと心配していたのだが、どうやらそれは俺たちが馬車でやって来たからだったらしい。

 今、このティークでは復興の支援や、物資などの融通をする真っ当な商人だけでなく、中にはこういう時を狙ってあくどいことをする輩もいるそうで、商人なんかは問答無用で引き止められるのだとか。

 そこで少しでも怪しい素振りを見せれば、馬車の中身を(あらた)められたりするそうだが、流石にニビルさんは慣れているらしく、抜かり無く準備をしていた。

 それに、この馬車の中身は俺達と騎士団などに卸す予定の武具のサンプル品が少しあるだけで、見られて困るようなものもない。



「まぁ滅多なことがない限りは、門前払いを食らうこともありませんよ」



 ―――たっぷり拘束はされるでしょうが。


 と遠い昔を思い出すように乾いた笑みを浮かべるニビルさんは、手綱をを上手いこと操りながら、大通りのすぐ入り口にある馬車の停留所に馬車を止めた。



「さて、到着です。ここからは別行動になりますが、なにかあればすぐに私を頼ってください。力になれることならば、すぐに駆けつけますから」


「あぁ、ありがとう。なにかあればすぐに連絡する」



 御者台から体を捻って、馬車の中にいる俺達にそういうニビルさんに親父さんは小さく笑いながら、馬車から飛び降りた。



「本当、助かりました。ニビルさんも、なにか困ったことがあれば何でも言ってください」


「ははは。ありごとうございます。・・・レイさんも、どうか気をつけて」



 俺も親父さんの真似をするように、ニビルさんへと声を掛けて馬車から降りようとした時、ニビルさんのそんな言葉に少し引っかかって思わず足を止めた。



「・・・気をつけて、ですか?」


「えぇ。私のスキル―――《観察眼》というのですが、長年人を多く見てきた私には、なんとなくその人のこれからの行く末が分かるのです」



 それはまた、商人(ニビルさん)らしいスキルだとは思うが、短期的な未来予知まで出来るスキルって、とんでもないな・・・?



「そして、レイさんは・・・これから戦いへとその身を投じることになる、そんな予感がするのです」


「・・・」


「ただ、これはただの勘でしかありません。当たらないということもザラにある。ですので、せめて忠告を、と思いましてな」


「・・・ははは。大丈夫ですよ。今回はちょっとした調査のために来ただけですし。それに、俺みたいな一般人が戦うなんてとてもじゃないけど出来やしませんよ」


「そう、ですな。いや、驚かせてしまったようで申し訳ない」



 少し思い当たる節を感じながらも、俺は出来るだけ穏やかな笑みを浮かべてそう返したが、ニビルさんはやはり煮え切らない様子で後頭部を撫で付けて苦い笑みを浮かべていた。



「―――おい。早く行くぞ」


「今行きます!・・・じゃあ、ニビルさん。ありがとうございました」


「いえいえ」



 親父さんに急かされた俺は、今度こそ馬車を飛び降りて親父さんの後を急いで追いかけていった。













「―――ご武運を」



・・・



「らっしゃいらっしゃ~い!ホーンラビットの串焼き、銅貨5枚だよ~!」


「兄ちゃん兄ちゃん!このブレスレット買ってかないかい?このブレスレッドには守護の加護(エンチャント)が付いてて~」


「この聖都を救った「緋翼の騎士」の『騎士まんじゅう』!いかがですか~!」



 ―――活気が凄い!


 それが、聖都にやってきて一番初めに思ったことだった。

 聖徒の街中はやはりと言うべきか、シピオの街よりも大分発展した印象を受けるが、襲撃の痕跡がそこかしこで見受けられ、未だに倒壊したままの住宅や店舗などがあるにも関わらず、大通りには屋台やら出店やらが通りの両端をびっちりと埋め尽くしている上に、行き交う人の波も凄い。

 ただその場に立ち止まろうとしても、人に押されてマトモに止まれないほどの流れの中で、元気のいいセールスがそこかしこから聞こえてくる。



「迷ったら一発でアウトだな。こりゃ・・・」


「ここはメインストリートだからな。この時間帯だとこんなもんだろう」



 時刻は丁度昼前。

 幸い人の波の中に同時に紛れ込んだ俺達ははぐれては居なかったが、これでは目的の場所にたどり着くのは至難の技だろう。



「いい時間だ。飯にするか」


「そりゃあそうしたいところではありますけど、こんな中でどうするんです?下手したら迷子になりかねませんよ?」



 時刻的に言えば確かに飯にするにはいい時間だろうが、こんな中でマトモに飯なんて食えるのだろうか。



「いいか、こういうのは慣れだ。まず、この流れには逆らわない。まぁこれは基本だが、もう一つは―――」



 そんな疑問に答えるように、親父さんは目ぼしい屋台に目を付けそこへ一目散に飛びついていった。



「こうして屋台に着いちまえば人の波も収まるってわけだな」



 確かに、屋台周辺は多少人が捌けているし、この屋台のように簡易的なテーブルと椅子が設置されている所などはあからさまに人が避けている。

 当然俺も遅れないように一緒にやってきたが、ただご飯食べるためにこんな苦労をするのも凄いなと感じつつも、俺は屋台から漂ってくる香ばしい香りに惹きつけられて、親父さんと同じ様に屋台へと張り付いた。



「いらっしゃいませ~!聖都名物、ティークサンドはいかがですかぁ~」


「聖都名物かぁ。せっかくだしそれにしようかな」


「いいんじゃないか?ティークサンドはなかなかに上手いしな」



 にこにことビジネススマイルを浮かべていた店員が差し出していた、メニュー表を眺めてみると―――



(いやたっけぇな!?)



 前、マレットちゃんと行ったあのオシャレカフェですら銀貨一枚程でバカ高いと思ったが、このティークサンドのセットはその3倍。

 つまり、銀貨3枚である。

 銀貨3枚なんて、普通に食材買って自炊すれば3食結構な量食べれてしまう。

 まるで日本のファーストフード店のようなボッタクリ価格に目を丸くしている俺を尻目に、親父さんは当然のように「ティークサンドセット」を注文していた。

 いや、別にここで躊躇してしまうほど金欠なわけではないのだが、主婦のように節約を心がけて食材の買い出しをしている俺にとっては、なかなかハードルが高い・・・が、こういう時はスパッと決めたほうがいいのだ。

 俺も、親父さんと同じ様に「ティークサンドセット」を注文すると―――



「ドリンクは~」



 とか。



「サイドセットはポテトかナゲットから選べますが~」



 とか。


 あからさまにどこかで聞いたことのあるようなそのワードに、少し違和感を感じつつも、俺は木製のトレイに載せられた「ティークサンドセット」を受け取って―――



「―――やっぱりハンバーガーじゃん!?」



 久々のハンバーガーを目の当たりにして思わずそうツッコんでいた。

 四角の2辺が開けられた包み紙にデフォルメされた「T」の文字。

 あからさまに零れそうな・・・というかもう溢れてる・・・ソースの掛かったそのハンバーガーは、某日本産ハンバーガーチェーン店を彷彿とさせる。

 セットで頼んだポテトは、細長いタイプではなくちょっとごろっとしているところまで再現してある。



「どうした、食わないのか?上手いぞ」



 まさかこんな所でこんなモノに出会うとは思っても居なかった為、ちょっと焦ってしまったが気を取り直して、トレイをテーブルに置いて、四角い包み紙に包まれていたそいつに齧り付いた。



(うぉ・・・!?)



 齧り付いた途端、感じたのは強烈な塩コショウのよく効いた牛肉のパンチのある味が口いっぱいに広がった。

 そして、次に一緒に挟まれていたトマトとレタス、ちょっとぶ厚めにスライスされたチーズがほかほかのバンズとソースに絡んでなんとも言えないチープな味わいを醸し出していた。



(こういうのって久しぶりに食うと異様に美味く感じるよなぁ・・・)



 個人的に、このトマトソース・・・っていうか殆どケチャップなのだが・・・がいい仕事をしていると思う。

 本家は、ミートソースだったが、やっぱりハンバーガーはなんだかんだでケチャップが最強だと思う。

 当然異論は認めるが、このなんとも言えないチープでジャンキーな感じが俺はたまらなく好きなのだ。

 そして、サイドメニューのポテト。

 少し大きめにカットされたポテトはこんがりきつね色に揚がっていて、外はサクサクだが中はしっとり、ほくほくと芋本来の旨味をダイレクトに伝えてくる。

 この、これでもか!と塩を掛けられちょっと辛いぐらいのフライドポテトって、なんでこんなに美味いんだろうか。

 ただ芋を油で揚げただけなのに、中毒性が半端じゃない。

 あっという間にポテトを食べきり、ハンバーガーも食べきった俺は満足げに、やたら量の少なく感じるドリンクをストローでちうちうと吸い出しながら、椅子にもたれかかった。



「ふぅ・・・」



 これで銀貨3枚は・・・少し高いような気もするが、個人的には大満足だった。

 久しぶりにこのファーストフードを食べられたという満足感に浸っていると、親父さんも丁度食べ終わったらしい。



「昼ご飯も食べましたし、行きますか?」


「あぁ、そうか。お前さんは此処のルールを知らないんだったな」



 他の客の事も考えて、そそくさとトレイを持ってその場を立ち去ろうとした俺だったが、そんな俺とは裏腹にゆったりとしている親父さんは、俺に座るように促しながら続けて説明を始めた。



「この屋台、やけに料金が高かっただろう?」


「確かにめちゃくちゃ高いとは思いましたけど・・・」


「あれはな、ここの居座り料金も含めてのことだ」


「えぇ・・・?」



 さっき、俺はメニュー表をよく確認していなかったが、実はテイクアウトとイートインでは大分値段が違うらしい。

 さっきの「ティークサンドセット」はテイクアウトでは銀貨1枚、イートインでは銀貨3枚というとんでもない差がある。



「まぁ、あれだな。俺達みたいな観光客向けのシステムだ。恐ろしいほどに割高だが、こうしてゆっくり出来るってわけだ」


「な、なるほど・・・」



 異世界の文化に驚かされつつも、その割高料金の元を回収するため俺たちはここでゆっくりと時間を潰し―――



「さて、そろそろ行くとするか」



 大通りの人の流れが大分落ち着いてきた頃を見計らって、俺達はイートインスペースから退出することにした。

 どうやらこれがあのイートインスペースを使用するための許可証代わりになっているらしく、トレイを受け取ったさっきの屋台まで返しに行くと、店員から銀貨1枚を返金してもらった。

 恐らく、本来の価格は銀貨2枚で、料金の内の銀貨一枚はトレイなどを紛失した時用のデポジットなのだろう。

 どこまでも逞しい商魂に感心しつつ、俺達はようやく本来の目的地であるティークの冒険者協会へとやって来たのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ