3.「出てけ――――!?」
一時的な怒りに任せて勢い任せに行動した後というのは、空虚な燃えカスになってしまうもので。
未だにチリチリと残る熱はあるのものの、それも風に吹かれれば知らずのうちに消えているもの。
後に残った妙な悟りの感情と、心に穴が空いたような虚無感に後味を感じながら、舗装の途切れた畦道を歩く。
あの後、俺が辞めます宣言をした瞬間、マシンガンのように吐き出されていた罵声は止まり、呆けたようにポカーンとこちらを眺めるだけになった。
あまりに突拍子もない俺の言葉に驚いたのか、はたまた俺の大声にビビったのかはわからないが、あの場を離れるには丁度良かった。
外に飛び出した俺は少しでもあの場から・・・アイツから離れたい一心で見知らぬ街の喧騒を振り切るようにして走った。
連なる何らかの商店と住宅が見えなくなり、人が見えなくなった頃。
代わりに緑が多く茂る畑とぽつりぽつりと建つ小さな家さらりと流れる小川のせせらぎが都会と隔絶された空間を作り出していた。
そんな広々としたどこにでもあるような田舎の風景は、窮屈で息苦しく纏わりついていたしがらみを取り払ってくれるようだった。
「ふぅ・・・」
穏やかに吹き抜ける涼しい風のおかげか、幾分か平静を取り戻した俺は、張り詰めた精神がするりと解けていく感覚に身を委ね、その場に座り込んだ。
この辺は誰も居ないし、仮に誰かいたとしても俺は気にすること無くこうしていただろうが・・・。
まぁ、今の俺はそれぐらい、疲れて果てていた。
二日酔いから始まり、罵倒で口火を切られた俺の異世界ライフ。
意味不明の状況の連続に、身体的にも精神的にもかなりキていた。
ストレスマッハというのは正にこの事だろう。
こうして田舎にやってきたのも、体が無意識に癒やしを求めてのことだったのかもしれない。
ストレス溜まりすきて半ば自暴自棄になっていたし、ストレスというのは本当に怖い。
幸いにして切り替えは早い方なので、今は前向きに・・・行ければいいな。うん。
「いくかぁ・・・」
それよりも今はこの穏やかな空気を堪能しておこう。
そう心に決めて、俺はまた歩みを進めた。
ゆったりとした田舎の風景を眺めながら、しばらく道なりに歩いていると、作業着姿のおじさんが畑を耕し、野菜を収穫し箱に詰めているのが目に入った。
皆一様に爽やかな陽の光の下働いて、気持ちよさそうに汗をかいている。
あんなふうに何の憂いもなく、仕事ができるならきっとどんなに辛くても楽しいだろうな・・・。
それに比べて俺はパーティーメンバーらしき女に罵られ、死ねとまで言われる。
辛いなんてもんじゃない。
一体俺が何したってんだよクソぉ・・・。
蘇りかけた嫌な記憶を振り払うように、周りを見渡すと小さな立て看板が建てられた建物が目に入った。
これまで見かけてきた家が木造建築ばかりだったのにも関わらず、その建物は灰色のレンガに覆われ、突き出た煙突からはもくもくと煙が上がっていた。
なんとなく、興味を惹かれて看板の文字はを確認してみると、殆ど掠れてしまっていて分かり辛いが『~~~~~店』とある。
何の店かはわからないが、店であることがわかれば十分でだと言わんばかりに俺は迷うこと無く店のドアを開いた。
「いらっしゃい」
店に入ると、逞しい髭を蓄えたお爺さんが俺をちらりと一瞥して、ぶっきらぼうな挨拶を投げかけただけで、すぐに俺から視線を外して手に持った剣を黒ずんだ布で磨き始めた。
俺からも特に喋ることはなかったし、これぐらいが気が楽で丁度いい。
店主に構わず、店の中を見て回る。
(おぉ~・・・)
店主が剣を磨いていたように此処は武器屋だったらしく、様々な武器が並べられていた。
剣、槍、斧、メイス・・・ありとあらゆる武器が立ち並び、壁に掛けられたり、ショーケースに収められたりしている。
(この剣の値段は・・・金貨10枚?わからんが高そうだ)
並べられている武器の値段はアベレージで金貨10枚ほど。
俺の手持ちの倍は必要ということは、結構高いのではないだろうか。
キラキラと輝く刀身を見ただけでも、これが良いものなんだろうというのは察せられるが、剣一本に金貨10枚となると、装備一式を揃えるには大分資金が必要そうだ。
まぁ、此処は防具は売っていないようだが・・・剣一本で金貨10枚という事は、防具一式で金貨50枚ぐらいするのだろうか?
そうなると、冒険者というのはかなり敷居が高そうに思えるが、部屋で見かけた剣と此処の剣だと、此方の方が数段は上等そうに見えるし、相当な高級品なのかもしれない。
・・・ん?という事は、俺の部屋にあったあの大量の金貨は何だったのだろう。
リーダーと言う立場であるということは、アレはパーティーの運用資金とか、貯蓄だったのではないか?
俺の手持ちの金貨はそこからネコババ・・・よし。
これは考えない方向で行こう。
(それにしても、武器ってこんなに沢山種類あるんだなぁ)
剣と言っても、両刃のものから、片刃のもの。
反っていたり、デカかったり。
それぞれに特徴があり、見ているだけでも結構楽しい。
まるで美術館でも来たみたいだ。
テンション上がるなぁ。
とは言え、美術館とか展覧会とかいまいち何が良いのかわからないし、感想なんてすげぇとか、ふーんほーんへーぐらいなものだが、こういう男心を擽られるのは素直に見ていて楽しい。
完全に冷やかしなのがちょっと心苦しいぐらいだ。
此処に並んでいる武器達は美術品的な観賞用ではなく、どう見ても実用様だし俺が持っていても仕方ないちゃないのはわかっているのだが。
やっぱり男の子だし、こういうのには憧れはあるのだ。
傘を剣の代わりにして「なんとかすら~しゅ!」とアニメの主人公の必殺技を真似した過去は当然あるし、修学旅行で訪れた京都のお土産屋さんで見かけた木刀に目を輝かせたり。
カッコイイ事に憧れるのは、子どもも大人も変わりない。
まぁ、遊びで真剣を持ち歩くなんて正気ではないし、そこら辺はちゃんとわきまえているつもりだ。
だからこうして見るぐらいで丁度いい。
あれこれと眺めて、ロマンを感じる造形に心躍らせたり、これどうやって使うんだ?みたいな武器に内心でツッコミを入れてみたりしていた時―――
―――ある一点で目が止まった。
「これ―――」
一目見て、感じたのは圧倒的な存在感。それは、ショーケースに収められた一本の剣。燃え盛る焔のよな鮮やかな深紅の刀身の片刃剣だった。微妙な曲線を描く刀身は刀のようで、とろりとした白と鈍く溶けた黒が混ざったような、薄く透き通る濡羽色の刃は、芸術的と表する他ない。
この時の俺の感情を表すなら、「一目惚れ」が一番近いのかもしれない。それ以外は最早視界に入らず、ただ一点のみに釘付けにされる。だから、自分が無意識のうちにそのショーケースに手を伸ばしていたことも、気が付いていなかった。
無意識に伸ばした手がショーケースに触れた―――その瞬間。
「・・・え?」
突如として瞬くように、視界が真っ白に染まった。
それだけではない。感じていたオイルと鉄の匂いも、立派な髭の店主も、全部無くなっていて。代わりにあったのは、奥行きが狂ってしまいそうな白と。この空間に溶けるような真っ白なガーデンチェアに座わった深紅のドレスに身を包んだ美しい令嬢だけだった。
彼女はドレスと同じ燃え盛る様な深紅のの毛先を所在なさげに見れ遊びながら、真っ白なガーデンテーブルに退屈そうに肘をついて虚空を眺めていた。その憂いを帯びた彼女の姿は、とても―――現実のものとは思えないような美しさで。
「―――綺麗だ」
だから、思わず声が出た。その場にそぐわないその言葉は、紛れもなく彼女に向けられた偽りのない感情。これまで一度たりとも口説いたことなど無い俺の口からそんな言葉が出てきたことに、自分でも驚いてしまう。だけど、心の底から湧いてでてきたその言葉をどうしても。どうしても、伝えなければいけない気がして。
だけど、俺のそんな呟きは予想以上にこの真っ白な空間に響いたらしく。
ゆっくりと俺の方へ振り向いた彼女は、ルビーのように煌めく瞳を大きく見開いて。ぱちくちと何度も打ち合わせたかと思うと、数瞬のラグを経てガーデンチェアを蹴り上げるような勢いで立ち上がった。
「で」
(で?)
まるでおばけでも見たようなリアクションを見せる彼女は顔をピンクに染めて、その言葉を吐き出した。
「出てけ――――!?」
焔のように透き通った快活なソプラノの音色が慌てたように、拒絶の言葉を発した瞬間。
「・・・あっ」
やっちまった、みたいな顔をした彼女の顔がやけに印象に残っていて。凄まじい衝撃を感じたと思えば、俺はもう地面に仰向けで大の字に倒れ伏しながら、雲ひとつ無い青い空を眺めていて。
平和だった昨日までの日常に思いを馳せながら、静かに気を失った。
これが、俺と「お嬢」との出会い。
ぶっ飛ばされて気を失ったなんていう、とてもいいとは言えない出会いが、これからの俺の運命を大きく変えることになるとは思いもしなかった。