21.「平和だなぁ・・・」
「あぁ・・・平和だなぁ・・・」
窓から差し込む暖かい陽気をかんじながら、俺は一人でカウンターで頬杖をついて緩みきった表情で店内をぼぅと眺めながら、眠気を含んだため息をゆっくりと吐き出した。
『緩んでるわねぇ』
このまま眠ってしまえたらどれだけ幸せだろうと微睡み掛けている俺に、お嬢は呆れがちにそう言うが、ここ最近・・・1ヶ月ほどは本当に忙しかったのだ。
壊れた店舗の修繕と、バカみたいに舞い込んできたネジやら釘やらの金物の生産依頼に駆り出され、荒らされてしまったご近所の畑の手伝いをしたりと、この1ヶ月はそれはもうこき使われまくった。
そしてやっと、街の復興も終わりを見せ、以前のような活気が戻り始めたお陰で、ようやく俺は元通りの平和な日常を取り戻したのだ。
お嬢もそれを知っているからこそ、それほど強くは言わないが、たしかに最近は少し緩んでいたかもしれない。
「とはいえ・・・」
街に活気が戻りはしたが、いつも通りウチに閑古鳥が鳴いているのは変わらずで。
客が来ないことには仕事も無いわけで。
以前はもう少しは客が来ていたし、普通に金物の生産依頼が来ていたりしたが、それも捌けてしまったので、今は丁度暇な合間の時期なのだ。
まぁ、やることが皆無かと言われればそうではないのだが、今は束の間の休息を堪能していたいというのが本音ではある。
「あぁ~・・・」
こうして以前と変わらない・・・いや、以前にも増してか?・・・日常を噛み締めている俺だが、実は2つほど変化があった。
1つ目は、先程もちらっと触れていたが、少しずつではあるが親父さんに鍛冶を任されるようになったこと。
少し前のマレットちゃんの剣を打った事を機に、正式に親父さんの弟子のような立場になった俺は、ちょくちょく親父さんから鍛冶について色々と教え込まれている・・・のだが。
「―――そうじゃなくもっと・・・バーン!って感じだ」
「いや、それじゃあカーン!だろう。もっとこう―――」
親父さんの教え方は少々独特で、難解であり理解するまでにちょっと・・・いやかなり時間が掛かるのだが、それでも理解できればかなり的確に教えてくれているのが分かる。
でも、教えるのに擬音を使うのはどうかと思う。
まだまだ半人前もいいところの俺では店に出せるほどのものは・・・マレットちゃんにあげたあの剣以来打てていないものの、鍛冶師見習いとして着々と実力を付けていっている。
そしてもう一つは―――異常なまでに力が強くなったこと。
これは1週間に渡る壮絶な筋肉痛を終えて、すぐに感じたことだったが、以前まではひーこら言いながら持ち上げていた鉱石の入った箱を、今では片腕一本で軽々と持てるようになり、鍛冶場の茹だるような熱気も涼風程度にしか感じなくなった。
熱に耐性でも出来たのかとも思ったが、どうやらこの耐性はは熱に対してではなく、火や炎に対してのモノらしく、今ではコンロの火に手を翳しても全然熱さを感じないぐらい、とんでもない火に対しての耐性を身に付けていた。
これは聖剣を使用した副作用であるらしく。
お嬢曰く―――
『私達と一体化するってのは、人間を辞めるってことと同義よ。だって、私達がアンタ達人間に合わせてるわけじゃなくて、アンタ達がこっち側に合おうとしてるんだから』
―――ということらしく、俺は聖剣を使うことによってほんのちょっぴり人間ではなくなってしまったのが原因とのことで、炎に対しての異常な耐性はお嬢の性質・・・炎やら再生やらを司っているんだとか・・・を引き継いでそうなったんじゃないかと言っていた。
そういえば、ちょっと前もお嬢に突き飛ばされて天井をブチ抜いたことがあったが、驚くぐらい体が頑丈になっていてびっくりしたものだが、どうやらあれもこの副作用が原因だったらしい。
『分かってるとは思うけど、私達と一体化する度にアンタはどんどん人間じゃなくなる。アンタも人間辞めたくないんだったら聖剣を使うことは控えなさい』
俺としても人間卒業したいわけでもないし、あんな事がない限り聖剣を使うつもりもないし、結構他人事というか、寧ろちょっと便利になってよかったと思っていたりするが、やはりお嬢に頼るのは控えようと心に決めた。
・・・と、まぁ。
そんな些細?な変化はあったものの、俺は以前と変わらず平和な日常を過ごしていた俺は、いつも通りぐでっとだらけながら落ちそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、船を漕いでいると―――突然、店の入口のベルが澄んだ音色を立てた。
「―――ぅっ!?い、いらっしゃいませ~!」
完全に油断していた俺は、少々狼狽えながらも自分が眠りかけていた事実を誤魔化すために普段よりも少し大きめに声を張り上げ、渾身の笑顔を浮かべた。
そんな俺の挨拶にその客は、なにか反応を示すわけでもなく。
店内を静かに支配した静寂に、ただバクバクと鳴り響く心臓の音と、貼り付けられたような笑みを浮かべながら冷や汗を流す俺だけがそこにあった。
「き、今日は何をお求めでしょうか~?」
静寂に耐えきれなくなった俺は、いつもは言わないようなセールスをしてみたが、その客はそれでも一切反応を見せることはなく、きょろきょろと挙動不審に店内を眺めていた。
そもそもよく見てみれば、この客はボロボロで薄汚れた布切れのようになってしまっているマントに身を包み、その素顔を隠しているが、マントの隙間から見える病的なほどに痩けた顔とみすぼらしい外見を見る限り客・・・という感じには見えない。
そんなみすぼらしい外見にも関わらず、その手にはやけに豪華な装飾の施された真っ白な布に包まれた・・・剣?を抱えており、矛盾というか違和感が凄い、と言う感想しか出なかった。
―――もしかして、強盗か何かか!?
その客の異様な雰囲気にすっかりビビってしまった俺は、ビクビクしながらも腰に挿していた聖剣の鍔に手を添えてながらカウンターを出ようとした―――そんな時だった。
きょろきょろと挙動不審に店内を観察していたその客の目が、俺の腰に挿していた聖剣に釘付けになったかと思うと、その客は予想を大きく上回る素早い動きで俺の前へと現れ。
「・・・この剣、差し上げます」
掠れ、震えた男の声が聞こえた瞬間、その客は抱えていた布を俺へと押し付けて目にも止まらにスピードで店を去っていった。
「―――ちょ、ちょっと!?」
俺がその事実に気づいて、静止の声を張り上げ、その客を追いかけて外に出た頃にはその客はもう、見えなくなってしまっていて。
後には、その客から押し付けられた布と状況が飲み込めずに唖然としている俺だけが残された。
・・・
「うーん・・・」
こんな異常事態始めてな俺は、どうしたものかとあの客から渡された布をカウンターの上に置いて思案していた。
あからさまに怪しげなモノではあるが、この中身・・・あの客が持っていたシルエットとさっき持っていた感覚からして剣だろうが・・・に興味がないわけではなない。
だが押し付けられたとはいえ、人の持ち物を勝手に確認してもいいのだろうかという葛藤と戦っていると―――。
『取り敢えず、見れば?中身確認しなきゃ、判断もできないでしょ?』
「・・・それもそうか」
お嬢の助言によって、取り敢えず見てみることにしたのだが、結構厳重に布でぐるぐる巻きにされていて、なかなか中身が出てこない。
力ずくでどうにかする事も出来なくはないが、見た目的に凄い高そうなこの布を乱雑に扱うのはなんだか憚られた。
「お―――ッ!?」
ゆっくりと時間を掛けつつ、ようやく見えたその刀身を見て・・・俺は凄まじい既視感と共に、強く感じたのはその圧倒的な存在感。
まるで二刀が一つになっているかの如く分厚く重厚なロングソードは、闇夜に溶けてしまいそうな純然たる漆黒の刀身は、周りの光を飲み込んでしまいそうな威圧感を放っている。
綺羅びやかな装飾はないものの、無骨な美しさを持つその剣には不思議な魅力があり、思わず我を忘れてその剣に手を伸ばした。
『ッ!?こんのバカ!?』
一点に釘付けにされた意識の中で、お嬢の慌てたような声も、まるで意識の外側で聞こえる雑音ほどに感じながら、誘われるようにその剣へ触れようとした―――その時。
「―――目ぇ覚ましなさいっ!」
「ぶっへぁ!!!?」
いつの間にか実体化していたお嬢の首がもげそうになるほどの強烈なビンタを受け、俺は錐揉み回転しながら、ビターン!と豪快な音を立てながら床へ転がった。
「た、助かったけど・・・もう少し、優しく、してくれぇ・・・!」
「し、仕方ないでしょ!?咄嗟だとこういう力技しか出来なかったんだから!?」
あまりの痛みに正気を取り戻すどころか危うく意識を失いかけたが、結果的にはお嬢に救われたらしい。
「それで、今はどうなのよ?」
「あー・・・多分大丈夫、だと思う。―――だからその振りかぶった手をしまってください。マジで」
お嬢のビンタに軽いトラウマを覚えながらも俺は、なんとか立ち上がってカウンターの上に鎮座しているその剣へと視線を向けるが、先程の異常な使命感じみた剣への興味は今のところ失せているところを見ると、やはりこの剣にはなにか曰くのようなものがある・・・のかもしれない。
「・・・おい!どうした!?」
「っ!戻るわよ!」
痛む頬を擦りながら、どうしたものかと再度考えていると、先程の騒ぎを聞きつけた親父さんが血相を変えて店の方へとやって来たのを察知したお嬢は、慌てて実体化を解除して剣経と姿を変えた。
丁度、お嬢と親父さんが入れ違いになる形で駆けつけてきた親父さんは、頬を赤く腫らしている俺を見て、何があったのかと聞こうとしたのだろう。
「おい―――っ!?なんでこんなモンが・・・!?」
その前にカウンターに置かれていたその剣を見て、みるみる血相を変えた親父さんは、急いで広げていた布でその剣を包んだ。
やがて、剣は始めのぐるぐる巻きにされていた状態へ戻っており、その剣を傍らに抱えた親父さんは、珍しく少し焦った様な様子で出かける準備を始めた。
「え、えっと、親父さん。どうしたんです?」
「・・・今日は店じまいだ。今から行かなきゃならん所が出来た」
「え?」
「悪いが、お前さんにも付き合ってもらうぞ」
そう言って、親父さんは俺のカバンを俺に投げ渡した。
・・・
こうして。
俺の束の間の休息は終わることとなり、またしてもとんでもない事態に巻き込まれてしまうことになるのだが、そんな事はこの時の俺には知る由もなく。
運命と言う名の荒波に飲み込まれることになる。




