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閑話4-2.「とあるパーティの最後 下」



「あ、あの」



その様子を静かに眺めていたシオンだったが、ギルド職員が部屋から出た途端、痺れを切らしたようにシオンは口を開いた。



「騒がしくして済まないね。だがこれで少しは静かになっただろう?」


「・・・それよりも、さっきの手配書、本物、ですか?」


「もちろん本物だ。・・・パーティーメンバーの中に犯罪者が居たという事実は少々心苦しいだろうが、これも君達(ギルド)のためだ。許してくれ、とは言わないよ」


「―――いえ・・・知って、ましたから」



いつだったか、レイドがシオンへアンのことで忠告をしていた事があった。

その時は、自分たちの仲を妬んでそんな事を言っていたのかと思っていたが、レイドの忠告が本当に事実だった事に、今更気付かされていた。



「ふむ・・・。では、気を取り直して次にいこうか」



顎に手をやりながら、そんなシオンの様子を伺うギルドマスターは少し思案し―――



「その前に、ライセンスの返却を行ってもらいたい」



二人へそう言った。

シオンとマーリエは別段躊躇することもなく、ギルドマスターへ自分のライセンスを差し出して、そのうちの一つ・・・マーリエのライセンスだけを懐に仕舞い込み、シオンのライセンスをテーブルの上で回転させて、シオンの正面に見える様に移動させた。



「・・・え?」



困惑するシオンを他所に、ギルドマスターはポケットに入れていたらしい、新しいライセンスを取り出して、それもシオンの目の前へと差し出した。



「本当ならば、君もライセンスの剥奪ぐらいの処置を考えていたのだが・・・気が変わった。故に、君には2つの選択を与える」


「え、えっと・・・」



そう言って、ギルドマスターは元々シオンの使っていたライセンスをコツコツと指で突きながら、続けた。 



「君は未だに旧ライセンスを使っているが、これが使用禁止になったのは知っているだろう?」


「―――っは、はい」


「この旧ライセンスの回収はコツコツ進めてはいるが、未だに現役の冒険者の半数以上がこのライセンスを使っているし、完全に禁止になったわけでもない。だが、この旧ライセンスは子どもすら持つことの出来た代物だ」



今でこそ明確な基準を設けられて、ライセンスの習得が難しくなっているが、以前はそんな明確な基準どころか、ギルドに申請すれば誰であろうと習得出来てしまっていた頃があった。

そのせいで数多の未来ある若者が死ぬこととなり、とうとう国が動くほどの事態となったのだが・・・。



「調べた所・・・君はこのライセンスを5歳の誕生日の時に作成しているね?」


「は、はい・・・」


「一応、改革時に一定の基準を満たしていない冒険者のライセンスは剥奪されたが―――君は運良くこれを持っていた。そして、成人を迎えた日このライセンスを使って冒険者として活動し始めた」


「わ、悪いことだって言うのは分かってたんです。でも―――」


「―――夢を諦められなかった、かな?」


「・・・はい」



シオンは、レイドと同じく偉大な冒険者になりたいという夢があった。

そして、自分がライセンスを取れるほどに強くないことも理解していた。

だから、それが悪いことだと知りながらも・・・使ってしまった。



「・・・酷なことを言うが、君はAランク冒険者の基準は満たせてない」


「わかって、ます。何より、自分のことだから」


「それはそうだ。だが敢えて言うなら―――Fランク、と言ったところだろうな」


「・・・え?」



シオンはギルドマスターのその言葉を聞いて、驚いてしまった。

厳しいギルドマスターの口調からすると、「君に冒険者である資格はない」ぐらいは言われてもおかしくないと思っていたから。

そんなシオンを見て、ギルドマスターは満足したようにニヤリと笑って。



「だから、君には選んでもらう。今のままAランクというランクに縋るのか。それともFランク冒険者として、新たな門出を迎えるのか。そして、そうしたいと思った方のライセンスを持って・・・この部屋を出たまえ」



そう言われたシオンは一瞬の迷いなく―――Fランクのライセンスを持って、部屋を出ていった。



「・・・彼、強くなりますよ。あれはそういう眼だ」


「そうなって貰わねば困るというものだよ」



そうして、執務室には静かに笑い合う二人と・・・マーリエが取り残された。



「さて・・・最後はマーリエ君、君だったね」


「あの、私は・・・」


「あぁ、いいんだ。言わなくたって分かっているよ・・・。でも、少しだけ話を聞い

て欲しいんだ」



 困ったように眉を顰めるマーリエだったが、ギルドマスターは少し申し訳無さそうにしながらも、シオンの時と同じ様にマーリエの前へ、先程返却されていたライセンスと、氏名以外の記入欄の埋まった「冒険者ライセンス失効手続書」を差し出した。



「君の冒険者になった理由は知っている。それが失われてしまった今、君が冒険者を続けるつもりがないことも、当然知っている」



マーリエ=テネスは、修道院を主席で卒業したと言う華々しい経歴を持ちながら冒険者になったという変わった人物だ。

その理由は―――「レイド=ブラッド」に憧れていたから、だった。

幼少の頃に魔物に襲われていた所を助けられ。

修道女見習い時代には、チンピラに絡まれていた所を助けられ。

レイドに恋慕に近い感情を抱いていた彼女は、全てを投げ出して冒険者となった。

彼女が冒険者となって彼のパーティーに参加した頃、もう彼のパーティーは崩壊寸前で、レイドも随分と荒れた生活をしていたが、そんな心身ともにボロボロだった彼を支えていたマーリエは、レイドが唯一心を許して居た人物だった。



「この2つは、私()提案できる選択だが・・・もう一つ。君のために用意されていた選択肢がある」



そう含みを持たせて、ギルドマスターはジャケットの内ポケットからもう1枚、紙を取り出して、マーリエの前へ差し出した。



「パーティー、編入手続き・・・?」



その書類にも、もう既にマーリエの氏名の記入以外、全てが終わっており、その書類に書かれた責任者の名前は―――



「レオン=ナイトハルト・・・」



目の前に座るSランクパーティー「光輝の翼」のリーダーの名前が、そこにあった。



「あの、これは一体・・・?」


「半年前・・・丁度彼が失踪する前日に、レイドに頼まれたんだ。「マーリエをお前のパーティーに入れて欲しい」ってね」



マーリエのそんな疑問に対して、レオンは懐かしむように続けて口を開いた。



「あの時はまた飲みすぎたんだと思って部屋に連れて行こうと思ったんだけど、どうやらそうじゃなかった。完全に素面で、その場で土下座までし始めて。アイツは悪いヤツじゃねぇんだ~ってボロボロ泣きながら、床に頭こすりつけて、必死に頼むもんだから―――」


「や、やめてください・・・!」



レオンの言葉を遮ったマーリエはレイドのことを悪く言っているのだと感じ、非難の目を向けられレオンはそんなつもりはないと両手を上げておどけてみせた。



「ごめんごめん。レイドを悪く言うつもりはないよ。ただ・・・レイドは君のことをそれだけ想っていたんだって知って欲しかったんだ。だからこそ、ボクもこの話に乗ろうと思ったからね」


「そう・・・だったんですか」



その時のマーリエの心境は、複雑だった。

嬉しくもあり、悲しくもあり・・・。

半年越しに感じる想い人の優しさに、思わず涙した。



「ボクとしても君みたいな優秀なヒーラーが加入してくれるなら願ったりだしね。・・・それで、どうかな?」


「私は・・・」



涙を拭いながら、マーリエは考えた。

もうレイドは冒険者を辞めてしまって、今回の件で冒険者と言う職業が如何に過酷かを思い知らされ・・・正直、折れかけていたのだ。

幸いにも、修道院を卒業した自分はシスターとして働き口には困らない。

だから、冒険者を辞めてどこか遠くの地でシスターをしてもいいかもしれないと思っていたのだが、レイドの事を想うとやはり諦めたくないと言うのが本音だったが、この話を聞いてやはり気が変わった。



「・・・受けます。この話、受けさせてください」



きっと、私の好きな人(レイド)は私が迷うだろうということを知っていて、背中を押してくれたのだ。

だったら、私ももう少し頑張らなきゃ。

いつかきっとまた会えたら。

こんなに頑張ったんだって胸を張れるぐらい、凄い冒険者になって驚かせてやろう。

そんな想いを胸に秘めて、マーリエはレオンの誘いを受けることにした。



「―――分かった。もちろん、歓迎するよ!」



マーリエのそんな決断を、見越していたようにレオンは小さく笑って、再度満面の笑みでマーリエをむかい入れたのだった。

















・・・そうして。


「微睡みの大翼」は解散し、各々が別々の道を歩み始めた。


一人は、罪を償うため奴隷に身を窶し。


一人は、改めて冒険者となるためにひたむきに努力し。


一人は、いつかの再会の為に前を向いて。


そして―――


















ただ一人の執務室で、ギルドマスターは神妙な面持ちで資料をめくっていた。



「・・・全く、嫌な仕事だった」



友人の送別会とは言え少々はしゃぎすぎたと反省し、胸ポケットから取り出したシガーケースからタバコを取り出そうとして、いつも彼にはタバコはやめろと言われていたことを思い出して、つい笑みが溢れてしまった。

タバコを取り出すこと無くシガーケースを胸ポケットにしまい込んで、資料の続きに集中し始めた。

そうして、一頻り資料の内容を確認すると、フッと淋しげに笑ってその資料をを火魔法で焼き払い、燃えカスを灰皿の上に置いてギルドマスターは執務室を後にした。

もう、何が書いてあったのかわからないほどに焼き切れたその資料には「レイ・スミス」と書かれていたことだけが辛うじて分かったが、やがて燃え広がる炎に飲み込まれて後には灰だけが残った。



「―――君の未来に幸あらんことを、祈っているよ」



そしてギルドマスターは祝福の言葉とともに、シガーケースをゴミ箱へ放り込んだのだった。

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