閑話4-1.「とあるパーティの最後 上」
冒険者協会、シピオ支部。
現在、街の復興の為の拠点となっている冒険者ギルドには様々な人間が慌ただしく行き交っていたが、この冒険者協会の2階に存在するギルドマスターの執務室には防音の魔法が施されており、その喧騒すら通すことはなく重苦しい沈黙が漂っていた。
今この執務室に居るのは5人。
ギルドマスター、そして4人の冒険者。
そのうちの3人はギルドマスターの座る革張りのソファの対面に居るおり、一様に顔を青くしながら、手渡された資料に目を通していた。
「こ、こんなの、嘘よ・・・」
その資料に打たれたタイトルは『レイド=ブラッド 調査報告書』。
これまでレイドが行ってきた悪事の数々が載った決定的な不正の証拠・・・となるはずのそれには、アンの期待していたような事は何一つ書かれていなかった。
『調査報告書』には、これまで彼がどれだけ誠実に冒険者業に打ち込んできたのかと、彼の過去について少しだけ書かれていただけ。
唯一、悪事と言えるのは過去に犯した万引きとスリぐらいなものだったが、それも後に賠償金を支払うことによってきちんと精算している。
そして、1番問題になるであろうと踏んでいたあの大量の金貨も―――
「パーティーに支払わられた報酬と、収支報告、分配金から計算しましたが、横領の事実は確認されませんでした。この1245枚の金貨は紛れもなく、彼の財産であり、一応金貨5枚が報告と合いませんでしたがの誤差としか言えないような金額ですので、不正の証拠には成りえ無いと考えます」
―――そんな期待はずれの返答が返ってきた。
「・・・正直に言わせていただくと、今回の件は完全に彼らの被害妄想でしょう。私もSランクパーティーでリーダーを務めていますから、彼・・・レイドの苦労はある程度理解できます。・・・ですが、これではあまりに報われない」
今回の報告書を作成した人物である、Sランクパーティー「光輝の翼」のリーダー・・・レオンはギルドマスターの横に腰掛け、恭しく腕を組みながらアンとシオンに非難の目を向けた。
あまりの迫力に、一瞬怯む二人はその言葉に返す言葉も見つからず、ただ黙って口内を噛み締めながら下を向いて、目を逸らした。
そんな様子を見たレオンは、落胆と軽蔑を含んだため息を二人に聞こえるように吐き出した。
「さて、これでレイドくんの疑いは晴れたと思うが―――」
「―――ちょ、ちょっとまって!・・・ください」
そう仕切り直そうとしたギルドマスターの声アンは尻すぼみになりながらも、を遮ったのは、この報告書を見ても未だにその事実を受け入れるつもりはなかったからだ。
「まだ、何かあるのかね?」
それすらもお見通しと言った様子のギルドマスターは静かにアンが口を開くのを待ったが、アンがそれから口を動かしたのは少ししたあとだった。
「こ、こんなのいくらでも偽造出来るじゃない!」
ようやくアンが捻り出したのはそんな荒唐無稽な、なんの確証もない言いがかり。
それを聞いたレオンは少し顔を険しくさせ、反論しようとしたが、ギルドマスターはレオンの方へ腕を伸ばして遮った。
「だから君達は信頼できる人間・・・レオンくんに調査を依頼したのだろう?であれば、その発言がおかしい事に気が付かないのかね?」
「そもそも、こんなのおかしいじゃない!?何一つ出てこないなんてそんな訳ないわ!だって、アイツはいつもシオンのことバカにして―――!」
「それも、それに書いてあっただろう」
ギルドマスターのそんな指摘など耳に入っていないアンはまだあるとばかりに捲し立てるが、予め言われると踏んで、一枚の資料に丸をつけてアンの元へ放り投げた。
「そんなの―――!」
「―――もう、やめて!」
未だに食い下がろうとしたアンを止めたのは―――レイドのパーティーである「微睡みの大翼」の最後のパーティーメンバーである、マーリエだった。
今まで、彼女は神妙な面持ちで資料を熟読し、ただ一人黙って自身の無力を悔いるように、静かに涙を流していただけだったが、アンの様子に耐えきれなくなって思わず声を張り上げた。
「な、何よ―――!?」
「アンさんがレイドさんのこと嫌いなのは知ってます!だからって、どうしてそんなにレイさんのこと悪くいうんですか!?」
いつもは大人しく、ただ静かにニコニコ穏やかなマーリエの勢いに押されて、アンは思わずたじろいた。
「し、シオンだってあんな奴の事嫌いでしょ!?だから―――」
「もう、やめようよ」
このままでは分が悪いと踏んだアンは、助けを求めてシオンの方へと振り向いたが、シオンは両手に持った資料を見つめながら小さくそう呟いた。
「な、なんで!?アイツはシオンのこと―――!」
「―――うん。誰よりも僕のこと見てくれてた」
そういうシオンの手元の資料は、いくつもシミが出来ており、ところどころインクが滲み、力が込められすぎてクシャクシャになっていた。
「・・・え?」
「やっと、分かった。いつも僕にばっかり厳しかったのは、誰よりも僕のことを思ってくれてたからだった。それを僕は、勝手にレイドは僕のことが嫌いなんだって思い込んで・・・ホントに酷いヤツだ。僕は」
「な、何言って・・・?」
「今更、もうどうしようもないことなんて分かってる。だから今僕たちにできるのは、償うことだけだよ」
「・・・っ!?」
信じられないとばかりに、シオンを見るアンだったが、シオンは真っ赤に腫らした目を擦って、後悔と決意の滲む双眸でアンを睨み返した。
最後の拠り所を失ったアンは何も言い返せずに、そのまま固まった様に動かなくなった。
「・・・ふむ。どうやら、決着がついたようだね」
そんなシオン達のやり取りが終わったのを見計らって、ギルドマスターは再度口を開いた。
「はい。今ままで、すいませんでした。・・・どんな罰でも、受けます」
「―――宜しい。では、今回の件についての沙汰を言い渡そうか」
揺るがない覚悟を秘めたシオンは、静かにそう言って頷いた。
そしてギルドマスターは一泊の間を置いて、遂に彼らにそれを言い渡した。
「では、本日を持って、Aランクパーティー「微睡みの大翼」は解散とし、その所属メンバーも今日付でAランクライセンスを剥奪。代わりにFランクの降格を命ずる」
「―――な、何よそれ!?」
その場に居た全ての人間が当然のように受け入れたそれは、アンにとっては受け入れがたいもので、ようやく動いたアンから異議が唱えられるも、その決定が覆ることはないとばかりにギルドマスターは続けた。
「規則規則と君は頻りにシオンを追放したと言っていたが、彼の了承もなしに追放など出来るはずがないだろう?」
―――規則規則と言っていた君ならば知っていると思うがね?
と皮肉めいた笑みを浮かべながらギルドマスターは嫌らしい笑みを浮かべた。
「だ、だからって解散なんておかしいでしょッ!?たかだかパーティーの内輪揉めでそんな―――!」
そんなギルドマスターが気に食わなかったのか、テーブルに勢いよく両手を叩きつけて、食い気味にギルドマスターに迫るアンだったが、ギルドマスターは騒がしそうに小指を耳に突っ込んで耳栓代わりにしながら、その事実を静かに述べた。
「・・・君は何やら勘違いしてるようだが、元々レイド君はシオン君の追放などしていない」
「・・・は!?」
「その理由は先程も述べた通りだ。だから彼が行ったのは―――」
―――パーティーの解散だ。
驚愕するアンは、思わずシオンとマーリエを見たが、二人はもう知っていたとばかりに、アンに一瞥もくれることもなくただ真っ直ぐギルドマスターを見ていた。
「さて、ここからは君達への罰だが・・・」
「ちょっと、何よそれ!?パーティー解散させられた上にまだ―――!」
「―――甘ったれてるんじゃあないッ!!!」
未だに往生際を弁えないアンの発言に、今まで業務的に感情を全く見せなかったギルドマスターが、その時初めて感情を露わにした。
その感情は・・・純然たる怒り。
如何にも文官と言った風貌の強さの欠片も感じないようなギルドマスターは、その時だけはギルドマスターの称号に恥じない強烈な迫力を持って、アンを怒鳴りつけた。
「ひっ!?」
「今回の件で、我々冒険者協会は優秀な冒険者を失ったッ!その損失は、貴様の命を持ってしても償えるようなことではないッ!だが、だが―――!!!」
『・・・今回のことは、できるだけ問題にしないでくれ』
「私は、友との最後の約束をもう破ってしまった・・・!故に、私は許すしかないのだ・・・ッ!」
本当ならば、ギルドマスターは彼らを許す気などなかった。
だが、ここまで問題になってしまった以上、「ミンス=ブリーレ」個人の問題ではなく、「ギルドマスター」として判断をしなければならない為、その約束を守る事はもう不可能だった。
「いいか、これは罰じゃあない。彼が最後に残した貴様への慈悲だった。それすらも踏み躙るなら・・・もう容赦はせん」
鋭い目線をアンへと向けるギルマスは、懐から1枚の畳まれた紙を取り出しながら、アンへの判決を下した。
「―――アン=コレール。貴様はこれまで私利私欲のためにいくつもの冒険者パーティーを壊滅へ追いやり、数多の冒険者を奴隷落ちさせた」
「―――っ!?な、なんでそれ!?」
「我々がそんなことにも気付かない間抜けだとでも思っていたのか?貴様の被害を受けたという冒険者は各地に存在した。それらの情報の精査を行い、我々貴様のこれまで行ってきた悪行の全てを加味し、貴様をB級の指名手配犯として手配した」
そうして、ギルマスは懐から取り出した紙をテーブルの上へと広げた。
「―――ッ!!!?」
そこには、アンの名前と顔写真、そしてこれまで行ってきた罪状が事細かに記載された手配書が置かれていた。
驚愕と困惑に彩られたアンは、その整った顔を真っ赤に染めながら恐る恐る、その手配書を拾い上げ、一頻りその内容を眺めるとその手配書をグシャグシャに破り捨てた。
「こ、こんなの知らない!嘘よ!」
今までの反応を見た人間ならば、それがアンの苦しい言い訳だということは理解していたが、アンは今の状況を受け入れようとせず、ぎゃあぎゃあとヒステリックに喚き散らしていたが、目の前に居たレオンが立ち上がったかと思うと、アンの首に手刀を入れ、素早く眠らせた。
「―――指名手配犯なら、問題にはなりませんよね?」
「あぁ、レオン君。手を煩わせて悪かったね」
「いえ。いい加減キレそうだったんで丁度良かったです」
二人はそんなやり取りをしながら、レオンは素早く取り出したロープでアンの体を拘束し、床へと転がした。
それから少しして、数名のギルド職員がやって来て、アンの体を抱えて、どこかへと連れて行った。
※ かなり長くなってしまったので分割で投稿します。