閑話3.「とあるパーティーリーダーの再起」
―――俺には夢がある。
「―――僕がハズレスキルだからってそんな言い方はないだろ!?」
「アンタがそんなんだから―――」
Aランクパーティーである「微睡みの大翼」のパーティーリーダーを努める俺は、いつも通り言い訳と、グチグチとねちっこい文句に辟易しながらパーティーメンバーの言葉に頭を抱えながら、部屋へと戻って安酒を一気に煽った。
コイツのせいでもう1年も毎晩ひどい頭痛に悩まされているが、俺がコイツを辞められる日が想像できない。
「まるで俺のパーティーみたいじゃねぇか・・・」
そんな皮肉は誰が聞き入れてくれるわけでもなく、そこかしこに酒瓶の転がるだけの殺風景な部屋の中に溶けて消えていった。
その静寂に耐えきれなくなって、また酒を煽る。
こんな悪循環の繰り返しだ。
それでも、これが辞められないのは間違いなく日に日に増えていく途方も無いストレスのせいだろう。
始めは熱意を持って取り組んでいた冒険者業。
その熱意に呼応するように俺達のパーティーはトントン拍子でAランクパーティーとなったが・・・それから一気に躓くこととなった。
その原因は―――主に3つ。
パーティー内のコミュニケーション不足と、小金が出来たことによる驕り、そして実力を過信した事による慢心だ。
まず、初めの問題だが・・・これはコミュニケーション不足なんて言葉では収まらない程、うちのパーティーに根付いてしまった問題の一つだ。
最早アイツらは俺の言葉を戯言や嫌味としてしか捉えておらず、全く聞き入れようともしない。
このパーティーを仲良しこよしする為の集いだと勘違いしている奴らにとって、俺のような正論で武装した人間は敵のように映ってしまうのは仕方ないのかもしれないが、奴らにとって俺はただの邪魔者になってしまっている現状、奴らが俺に対して取る行動は「拒絶」か「反抗」のどちらかしかない。
この時点でもう殆ど終わっているようなものだが、問題はまだあった。
パーティーメンバーの一人であるアンは、とにかく金遣いが荒い。
その使用用途は・・・服に美容、エステ。
そして無駄な高級志向によって大して使っても居ない武器・防具の買い替えによって、一時はパーティー資金にすら手を伸ばしかけたほどの浪費家だ。
宵越しの金は持たない、なんてのは毎日あくせく働いているやつだからこそ許されることで、気分次第でその日のクエストをドタキャンするようなやつには許されない行為だということを、アンは理解していない。
そして、最後。
コイツは、ここまであまり順調過ぎた反動・・・といえば良いように聞こえるかもしれないが、実際はそんななまっちょろいものではない。
アンとシオンは本気を出せば~なんて考えて仕事に対しての情熱を完全に失い、大した努力も実績もないくせに身の丈に合わないような傲慢な立ち振舞いが目立つようになった。
このせいで同業者からは良い目で見られず、特にシオンなんて特に何をしたわけでもないのに人一倍頑張りましたという面をする。
それに対して小言を言えば、決まって―――
「―――僕がハズレスキルだから!」
―――そういう問題じゃねぇんだよ、という言葉は必死に飲み込んで、大人な対応をしようとしても、決まってアンが横から入ってきて。
「スキルで差別するなんて最低!」
などとグチグチと言われる。
こんな環境では俺の気持ちは休まることなどあるはずもなく、俺はどんどんと酒に溺れていった。
(・・・クソッ)
こうはなるまいと思っていたはずなのに、いつの間にか俺は―――親父と同じ道を辿ってしまっていた。
日がな一日、リビングで酒を煽って母に・・・俺に暴力を振るうロクでなしの親父も、元々は今の俺と同じAランク冒険者だったらしい。
そんな親父も今ではすっかり落ちぶれて、家族に暴力を振るっては我に返ったように酒臭い体を押し付けて「すまん」と謝る、そんな昔の栄光に縋ることしか出来ないクズだったが、母はそんな親父とは対象的にとても優しい人で。
いつも親父に怯えている俺に優しい笑顔を向けて、一緒に遊んでくれた。
俺が親父に暴力を振るわれそうになれば、その身を呈して守ってくれた。
今の俺が歪むこと無く、堂々とこの場に存在できたのは、間違いなく母・・・母さんのおかげだ。
―――そんな恵まれているとは言えない環境で育った俺には夢があった。
「スゴイ冒険者になりたい!」
俺の夢の原点は―――機嫌がいい時、偶に親父が話してくれた武勇伝。
明らかに誇張され、突拍子もない様な話が多かったがそれでも俺は子どもながらにワクワクしたものだ。
いつかそうなりたい。
そんな思いを糧にして、俺は日々を過ごしていたが・・・。
―――俺が10歳になった頃、母さんが死んだ。
いつも通り、酒に酔った親父はいつもの調子で母を殴ったが、殴られたことによって、よろけた母さんはクローゼットの角に頭をぶつけ・・・動かなくなった。
いつもと様子が違う母さんに、親父は顔を蒼白にしながら、その体を揺すったが・・・結局、母さんはそのまま亡くなってしまった。
母さんの死因は事故として処理され、後日葬式が行われたが、ウチの家庭事情を知っていた人間から罵詈雑言を浴びせられた父は、ただ俯いて無言でそれらを受け止めていた。
それはこれまでやって来たことに対する自業自得ではあったが・・・同時に、この中で誰よりも母さんの死にショックを受けていたのは親父でもあった。
葬式が終わり、母さんの埋葬が終わって家に帰ると、親父は家にあった酒を道にぶち撒け、いつもの位置である椅子に座って、静かに泣いていた。
それから親父は自分を戒める様に、飯も食わずただ偶に水を啜って遠くを眺めている父は、俺に「ごめんな」とか細い声で謝った翌日―――
―――自ら命を絶った。
今思えば、親父にとって母さんの存在は落ちぶれ、何もかも失ってしまった親父に残された最後のモノだったのだろう。
それを失い、生きる気力を無くした親父は・・・追い詰められ、自ら命を絶ってしまった。
そうして、両親を失った俺は誰を頼ることも出来ず。
なし崩し的にスラム街の住人となった。
始めは金もなく、一人でどう生きていいのか分からず、路地の片隅で飢えと寒さに苦しんで、それらをごまかすためにひたすら目を瞑って眠っていたが、いつしか耐えきれなくなった俺は、始めて犯罪に手を染めた。
露店に売られていたパンと串焼きを盗み、一時の飢えを凌ぎ、道行く人の懐から財布を抜き取った。
始めは、何度か捕まって殺されかけたが、何度も繰り返すうちに街の地理に詳しくなり、盗みの技術も上がって捕まるようなヘマをすることはなくなった。
そんな生活も5年目を迎えようとしていた時、俺は冒険者協会からスカウトされることとなる。
始めは、盗んで貯めた金で剣と防具を手に入れ、細々とモンスターを狩って闇市に売り捌いていただけだったが、その頃にはCランクのモンスターぐらいならば狩れるほどになっていて、この界隈ではそれなりに有名になりつつあった。
この時の冒険者協会は大幅な改革を行った後で、慢性的な人手不足にあり、あの手この手で有望な人間を集めていたのだが、そのスカウトの波に俺も乗ったような形で正式な冒険者としてスカウトされたのだ。
その時は、本当に嬉しかった。
きちんと自分を実力を認められ、夢に見ていた冒険者になることが出来た。
ただの小悪党でしかなかった俺が、これからは真っ当に冒険者として生きていくことが出来ると、俺は一層張り切って冒険者として精力的に活動した。
そして、俺はパーティーを結成し、、冒険者としてパーティーメンバーを集め、依頼を熟し、実績を積み・・・。
―――今に、至ってしまったわけだ。
(―――畜生ッ!!!)
俺には夢がある。
プライドがある。
だからこそ、それを台無しにされるのは心底嫌だった。
特に・・・シオンのことは嫌いだった。
それなりに連れ添ったパーティーメンバーの一人ではあるが、常に自分のことを「ハズレスキル持ち」だと卑下して、何も行動を起こさない。
自分は努力していると認められたい癖に、それを示そうとしない。
そのくせ、パーティーメンバーであるアンから認められているだけで満足している。
そんなシオンが心底嫌いだった。
だからこそ、俺は再起のチャンスを伺っていた。
資金を貯め、邪魔な奴を排除し新しい門出を迎えるために、彼はシオンと話し合いをした。
―――やる気がないなら出ていってくれ、と。
だが彼の言い分は、「僕がハズレスキルだからってそんな言い方はないだろ!」と、いつも通りの的を射ないモノ。
だからこそ、彼はギルドに話を付け強行手段を取った。
そんなこととはつゆ知らず、勝手にシオンを追放したと勘違いしたパーティーメンバーの仲はますます悪化し、気がつけば―――これだ。
今日だって、どうして僕を追放したんだと、怒りを携えてシオンは俺の元へやってきたが、もう俺にとってシオンもパーティーメンバーも・・・このパーティーもどうでも良かった。
どうにもならない現状に、どうしようもない奴ら。
それらに頭を抱え、酒に溺れる毎日は確実に俺の精神を削って行っていた。
だから、シオンに俺の感じていた全てを打ち明けた。
「今回のことだって、別にいきなり決まったわけじゃねぇ。お前らの目に余る行動が招いた当然の帰結だ。それにすら気付けないお前らとはもうやっていけねぇ。もう俺はお前と顔を合わせたくない。もう、何を言ったってこの決定は覆ることはねぇ」
―――やっと言ってやれた。
胸のすくような思いに満足して居る俺とは対象的に、ようやく自分の状況を理解したらしいシオンは、俺に食って掛かる様にその口を動かした。
「―――そ、そんなの横暴だ!理不尽だ!どうして僕ばっかり!」
だが、シオンから出るのは幼稚な文句ばかりだ。
未だに自分が被害者だと思っているこのバカは、もう救いようがない。
再度俺がなにか口を開くことはなく、静かにその場を立ち去ろうとした俺だったが―――
「ま、待て―――!?」
突然シオンが俺の肩を掴んだ―――と思ったのが俺の最後の記憶だった。
・・・
「あ”ぁ”・・・あだまいでぇ」
酒盛りの後。
正確には気絶するように眠った次の日は、いつも決まってコレがある。
色褪せた世界。
押し寄せる吐き気と頭痛。
思わず世界を破壊したくなるような衝動を噛み殺しながら、覚束ない足取りで洗面所へ向かう。
倒れそうになる体の支えを求めて両手で右往左往とあちこちの空間を弄って、やっとの思いで手をついたテーブルは俺の体重を支えきれずに大きく傾いた。
(やっべ)
頭では分かっていても、手を回す余裕がない。
なんとか自分のバランスは保つも、テーブルの上に並べられていたチューハイの缶がいくつも地面に転がり、甲高い金属音を響かせた。
(あぁ、面倒くせぇ・・・)
未だに中身の入っていたらしい缶からは、中身が溢れ出て床は大変な惨状となっていたが、すぐに思考の隅に追いやった。
後が面倒だとかそんな考えは一切湧いてこず、今はただ冷たい水を求めて洗面所に体が動いていた。
「みずみずみず・・・」
その姿は水を求める亡者のようであったが、そんなことは気にする必要もないとばかりに、ようやく辿り着いた洗面器の両端を両手でガッチリと固定して、蛇口に手をかざした。
・・・いや、かざそうとしたと言ったほうがいいだろう。
「―――あ?」
そこにはあるはずの魔石はなく、代わりに変な取っ手の着いた管が一つ伸びており、上部に魔石もなく、何だこれ?と辺りをよくよく見渡してみると、いつも通りの備え付けの鉄で作られた四本脚で鎮座するデカいのバスタブと古い黄ばんだ陶器の洗面器はなく、代わりにあったのは透き通るような白で統一されたユニットバス。
そして洗面器の正面に備え付けられた水垢がこびり付き、モザイクのようにぼやけてしまっていた鏡はなくなり、ピカピカに磨かられた傷一つ無い鏡に映り込む自分の姿を見て―――ようやく俺は、気が付いた。
「―――な、なんじゃこりゃあぁああああぁああ!!!?」
―――そんなレイドの叫びに応えたのは横の部屋からの打撃音であった。
実は、これは覚醒したシオンのスキルである『置換』というスキルで別世界の自分と体を入れ替えられた事によって引き起こされたことだったが、そんな事は入れ替えられた本人も、入れ替えた本人も知ることはなく。
レイが「レイド=ブラッド」という人間に憑依してしまったように、レイドもまた―――「移 玲司」という人間に憑依してしまっていたのである。
そんなこんなで、現代にやってきてしまったレイドは・・・ひょんなことからまた戦いに身を置くことになるのだが、それはまた別のお話、ということで。