閑話2.「異世界からの勇者と【緋翼の騎士】のウワサ」
帝国立総合職業支援育成学園。
通称「学園」では、長いようで短かった夏休みを終えて、続々と生徒たちが戻り始めて来ていた。
その中には当然、シピオの街から帰って来ていたマレット達も入っていて。
「ん~っ!やっと着いたぁ!」
窮屈だった馬車を飛び出して、大きく伸びをした。
「マ、マレット君は相変わらず元気だね・・・。僕なんかはもうさっきから大変で―――ぅ!?」
少し遅れて馬車から這い出てきたハフトは満身創痍で、今にも死にそうな程に顔面は蒼白で男の尊厳をギリギリで溜まっているような状態だった。
「あー・・・そう言えばハフト先輩は馬車ニガテなんでしたっけ?」
「馬車と言うか、馬にも乗れない。正確には乗れないわけじゃあないんだけど、どうもこの”揺れ”駄目みたいでね・・・。が騎士を目指しているのに馬にも乗れないのかと姉様に誂われたものだよ・・・」
顔を青くしながら遠くのなにかに思いを馳せるハフトは、また波がやってきたのか口を抑えてエマに支えられながら必死に迫り上がる吐き気に耐えていた。
「フッ・・・そんな事を気にしてるハフトはまだ二流。こういうのは出してしまえば楽になるというもの・・・」
「・・・ま、まさかリム君!?」
何かを悟った様子で口元を拭うリムにハフトは驚愕の眼差しを向けると、リムはもう一度鼻を鳴らして、静かに親指を立てた。
―――コイツ、やりやがった!?
乙女の尊厳などかなぐり捨ててコイツは一番楽で、一番困難な道を躊躇なく選んだのだ。
その決断力たるや、正に賢者のようだ―――ッ!
まぁ、その賢者は腹の中身ブチ撒けてるゲロインなのだが。
「みんなぁ~!早く行こうよぉ~!」
そんないつも通りのバカなやり取りをしているうちに、マレットは大分先にまで行っており、その場でぴょんぴょんと元気に飛び跳ねながら、3人を手招きしていた。
「・・・マレット君、大分元気になったみたいだね」
「寧ろ元気が溢れてる、って感じですねぇ」
夏休み前のマレットの様子からはとても考えられないような、ハツラツとしたその姿を見て、彼らは心底安堵していた。
夏休み前、マレットは抜け殻のようにぼーっとしていることが多く、授業や会話をしていても生返事というか、心ここにあらず、という感じであることが多かったが、無事にトラウマを克服出来たらしいマレットは、以前にも増して元気になり、そして―――
「―――恋する乙女は強い。これ至言」
―――恋をした。
しかも、この歳でバリバリの初恋である。
これまで、その愛くるしい容姿と物怖じせず誰とでも仲良くなれる性格から数多の勘違い男子を量産した「無自覚撃墜王」の称号を持つ彼女が、遂に自分から恋をしたというのはとんでもない事だった。
エマもリムも年頃の乙女であり、恋愛に興味津々で、恋人のいるハフトのことを茶化す事はよくあるが、マレットはいつもよくわからないから~、とニコニコしているだけだったのに。
「まさか、あのマレットくんがねぇ・・・」
「マレットちゃん先輩は良くも悪くもお子ちゃまでしたからね。それが今では恋を知るなんて・・・何かちょっと大人びて見えますよ」
「やっぱり人を変えるのは恋。古代魔導書にもそう載ってる」
「それホントに魔導書なのかい・・・?」
シピオの街の停留所での出来事をこの3人にもバッチリ見ていた彼らは、1週間の旅の中でそれはもう根掘り葉掘り聞いた結果、甘酸っぱいオーラをこれでもかと振りまくマレットの反応を見て、これはガチで恋してるんだなと確信を得た3人はトラウマを克服したことよりもビビったのは言うまでもないが・・・それよりも。
「それにしても、本当にこの夏休みは凄まじかったね」
「ですねぇ・・・」
「一生分働いた気分」
元々、マレットのトラウマ克服のために計画していたインターンは、予想もしないような自体になってしまった。
あの襲撃までは、3人で雑用したり簡単な採取任務を受けたりしてのんびりぼちぼち普通に冒険者業をしていたのに、急にあんな事になって戦場に引っ張り出され、とんでもない量の魔物と戦う羽目になった。
今思えばあんなメチャクチャな戦場でよく生き残れたなと感心してしまうぐらいだが・・・やはり、最終的にはこの話題に行き着いてしまう。
「あの真っ赤な騎士、何者だったんだろうね」
「巷じゃ【緋色の騎士】とか【緋翼の騎士】とか言われてるみたいですね」
「ヒーローで騎士。胸アツ」
ピシッ!と斜めに手を伸ばしてポーズを決めるリムを華麗にスルーして、エマとハフトは話を続ける。
「どうやらあの騎士、聖都でも大活躍だったらしいですね」
「シピオで魔物の群れを蹴散らした後、すぐに本命の聖都に飛んでいったってことなんだろうけど・・・」
「シピオから聖都って馬車でも5日は掛かるんですよねぇ・・・」
「あの騎士ならそれぐらいはできそうだけどね」
あの騎士が魔物蹴散らした後、すぐに残った者たちで残党狩りが始まったが、あの一閃でほとんどの魔物が両断されていた為、驚くほど楽だった。
だが、斬られた街だけはどうにもならない・・・かと思いきや斬られた後が溶接されていて、街自体には殆ど被害がなく、寧ろ残党狩りよりも魔物の死体の処理に四苦八苦させられたぐらいだ。
「もぉ~!なにしてるのみんな~!先行っちゃうよ~!」
「ごめんごめん!今行くよ!」
思わず長くなってしまった話を斬り上げて、ぷりぷり怒っているマレットの元へ彼らは駆け寄っていった。
・・・
その頃、聖王国は戦後処理に奔走していた。
あの【緋翼の騎士】のお陰で最悪の事態は避けられたが、それでもあの襲撃の被害は甚大で、かなりの人間が家を失ってしまった。
街の復興は残った聖騎士たち、冒険者、聖都の住民たちの働きによって、着々と元に戻ってはいるがそれでも全てが元通りになるまではまだまだ時間も、金も掛かる。
しかも、異世界から呼び出した勇者たちのこともあり、いま聖王国はてんわやんわの状態にも関わらず、先日の戦いを見た国の上層部は最早その勇者に興味をなくしており、【緋翼の騎士】の捜索に尽力しているような始末だ。
そもそも、今回の襲撃自体「勇者召喚」の情報がどこから漏れたことによるものであり、寧ろ勇者のことを疫病神呼ばわりする者もいるぐらいである。
自分たちのエゴで勝手に呼び出したにも関わらず、あんまりな扱いである。
この前の惨劇を目にして何を感じたのか知らないが、魔王討伐にはかなり乗り気で強力的なのは良かったと言えるし、さすが勇者といった並外れた能力も持っていた。
だが、所詮高校生でしか無い彼らは戦ったことすら無い。
現状、国が欲しいのは魔王に対して対抗できる即戦力であったが、それすら期待出来ない勇者に時間を費やす時間など無く―――。
「―――ですので、勇者様には学園へ編入していただきたいのです」
―――もう勇者の育成は学園へ丸投げすることにしたのだ。
勇者たちにはそれらしい理由として、同年代の人間たちと切磋琢磨することでさらなる成長を~みたいな非常に雑な感じで言いくるめたのだが、結構おつむがゆるゆるな勇者たちはそんなことには気付かずに異世界の学園に興味を示し、かなり乗り気であった。
勇者の厄介払いが出来ると喜んだ上層部の者たちだったが、この編入にはいくつかの問題があった。
まず、勇者たちの監視役を付けなければならないこと。
人並み外れた力を持つ勇者たちが気分のままに力を振るえば大変なことになるのは明白で、実際勇者の力の検証の為に使った闘技場が一つ潰れてしまった程だ。
現在帝国と同盟関係にある聖王国からすると、くだらない理由で事故でも起こされては堪ったものではない。
故に、その勇者たちの監視は必須だ。
その人選も、勇者のことをよく知る人間を選ばねばならず、かなり揉めたが結局聖女と騎士団長のシルヴィア、そして彼女の部下一人をつけることになった。
そして最も面倒な問題が。
「―――後くれぐれも自分たちが”勇者”であることは内密にしてくださいね?」
この、勇者の存在の秘匿であった。
勇者たちは何故自分たちの存在を隠す必要があるのかと懐疑的ではあったが、そもそも彼ら自体が「この世界では禁忌」なのだ。
以前もこうして異世界からやって来た勇者が魔王が倒したことがあったが、その後その勇者がやらかした様々な事・・・主に下半身事情・・・が原因で、それはもう大変なことになったのだ。
同時にこの世界に色々な恩恵も残したが、それよりも深い爪痕を残したのは言うまでもない。
そんなこんなで、”勇者”であることが露見すれば同時に「異世界からやって来た人間」であることも割れてしまうのはどうしても隠さなければならなかった。
じゃあ、そうしてそんな奴らに頼ったんだよって話ではあるが、聖王国の上層部は「実績作って黙らせればええねん」と言うとんでもないぐらい甘い見通しだったが、予想外な展開が続いてそうも言っていられない状況になってしまった為、この様な苦肉の策を取るしかなくなってしまったのである。
・・・と、まぁ。
そんなこんなで学園に編入することになった勇者一行であった。




