閑話1.「お嬢のツンデレ介抱?」
「―――ほ、ほらっ!口、開けなさいよ・・・?」
俺の目の前には、スープを掬い上げたスプーンを突き出すお嬢が頬を赤らめながら、寝転ぶ俺の口元へそれを―――グイグイと押し付けてきている。
「ちょ、ま!?イメ―ジと違う―――ってあっつッッッ!?なんだコレクッソ熱いんだけど!?」
「わざわざ温めてあげたのよ!感謝して飲みなさいよねっ!」
「いや無理だから!?そのスープ、マグマみたいにゴポゴポ言ってるから!?絶対適温じゃねぇだろそれ―――って、あ」
予想外の俺の抵抗にお嬢は焦ったのか、痺れを切らしてその体をぐいっと前へ寄せ、急接近したお嬢の整った顔に戸惑う、なんてのが普通のラブコメ的な展開なのかもしれないが―――俺の瞳は捉えていた。
膝に乗せていたスープの入った器が、宙を舞い。
俺の元へ降り注がれる、その瞬間を。
「―――あぁあああああぁああぁぁぁあああああぁぁあぁぁぁぁああああ!!!?」
・・・さて。
一体どうしてこんな事になったのか。
事の発端は―――この前の事件で荒れてしまった店内の修復を行っている時。
「お前さん、聖剣使っただろう」
そんな親父さんの唐突な発言からだった。
砂埃を被ってしまっていた武器を丁寧に布で拭いている時に、急にそんな事を言われたもんで、危うく手を切りそうになりながら・・・布は切れたけど・・・努めて冷静に対応―――なんて出来るはずもなく。
「―――はい!?」
殆ど答えみたいな、動揺丸出しの反応を見せた俺を見て親父さんは確信・・・元々確信していたようだが・・・したように、手に持っていた鞘に収まっていた聖剣の柄を俺の方へと向けて、続けた。
「隠さんでもいい。別にそれでどうこうしようなんて思っちゃあいないしな」
―――優秀な働き手をみすみす手放すようなことはしねぇよ
ニヤリと笑みを浮かべる親父さんだったが、俺はなんだか気恥ずかしくなって思わず目を逸し、後頭部を撫で付けた。
「だが、まぁ。この剣を使ったとなれば、お前さんにはやらなきゃならんことがあるだろう?」
「え、えっと・・・?」
「―――この剣の面倒を見てやれ、ってことだ。お前さんも鍛冶屋の端くれなら、分かるだろう?」
「な、なるほど」
確かに、この剣の所有者はもう俺以外にはありえないだろうし、そうするのが道理と言われればそうだろう。
「で、でもですね?こんな高い剣、貰うなんて流石に悪いっすよ・・・」
だが、この剣は親父さんの最高傑作であり、店頭価格「金貨100万枚」とかいう最早よくわからないことになっているモノであり、そんなモノをこんな簡単に受け取って良いのか、と悩んでいる俺に親父さんは言った。
「確かにそれはそうかもなぁ。・・・では、1つ条件を出そうか」
「条件、ですか・・・?」
「あぁ。なに、そんなに難しいことじゃあない。ただ、お前さんが―――正式にうちの従業員になってくれればいいだけだ」
「・・・え?」
親父さんはこれ以上の名案は無いとばかりに、満足そうに頷いているが、俺としては「そんなことでいいのか?」って感じだった。
今の俺は、親父さん―――スミス家に住み込みでバイトをしているという体ではあるが、俺がここを出て独り立ち、なんてする気もないし殆どもうここで骨を埋めるような気でいたのだ。
「まるで、そんな簡単なことでいいのかって、言いたげな顔をしているがな。鍛冶師は万年人手不足なんだ。それに、精霊剣を打てる鍛冶師を100万で買えるなら安い買い物だ」
「な、なるほど・・・って、精霊剣?」
親父さんの説明を聞いて、一応は納得しかけたが、それとは別になんだかとても気になる事を口走った親父さんに、思わず怪訝な顔をしてしまった。
「なんだ、やっぱり気づいてなかったか。お前さんがマレットにやった剣、あれ精霊剣だぞ」
「・・・は、はい?」
「元々聖剣に選ばれる程、精霊に好かれる体質らしいからな。始めて打った剣に精霊が宿ったって不思議じゃあないのかもしれんが」
―――それにしても、とてつもないことだぞ?
どこか得意げにそう語る親父さんだったが、俺は親父さんの言葉を信じられずに呆然とするだけだった。
「まぁ、そういうわけで、だ。コイツはお前さんが面倒を見ろ。分かったな?」
そう言って、俺の答えも聞かずに、俺へ聖剣を押し付けると親父さんは颯爽と鍛冶場に消えていった。
いや、確かに俺の答えなんて「よろしくおねがいします」以外に無いのだが、それにしてもなんというか。
(そんなサラッと流せることかコレ!?)
内心でそんなツッコミをしていると―――
『―――私としてはアンタの側に居られるならどうでもいいんだけどね』
「―――は!?」
急にお嬢の透き通った綺麗な声が頭の中に響いて、飛び上がる様な勢いで椅子から立ち上がった。
急いで周りを見渡すが、いつもみたいな真っ白な空間に変わって居ないし、お嬢の姿も見えない。
『この前だってずっとこうして喋ってたし、そんなに驚かなくてもいいでしょ!?』
「いや、確かにそうなんだけどいきなり頭の中に声が聞こえたらびっくりするもんなんだって!」
『・・・じゃあこれならいいでしょ!?』
お嬢がそう言うと、突然抱えていた聖剣が光出し―――
―――ぽんっ
そんな場違いとも言えるようなやけに軽い音が鳴り響いたかと思うと、突然腕に伸し掛かるような重量を感じて―――。
「ちょ!?」
「ふふ~ん!私ぐらいになると実体化もわけな・・・い?」
いつの間にか俺の腕の中に現れていたお嬢を咄嗟に支えようとしたのだが、未だに本調子ではない俺では支えきれずに体制を崩してしまい、前のめりに倒れ込んだ事によって、丁度俺はお嬢の上に覆いかぶさる様な体勢になっていて。
「・・・ば」
目前に迫っていたお嬢の顔はみるみる顔から湯気が出そうなぐらいに真っ赤に染まり、わなわなと震える唇は。
「―――ばかぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!?」
―――大音声の拒絶の言葉を吐き出し、同時に両手を突き出した。
さて。
ここで一つ思い出してほしいのだが、お嬢は麗しい令嬢のような見た目をしているが、とんでもない力を秘めた聖霊である。
先日も、お嬢と一体化して戦いはしたがあの力の10割はお嬢の力なのだ。
しかも、あの超人的な身体能力も俺のリミッターを外して引き出された潜在能力ではなく、お嬢の身体能力そのものを俺が扱っていただけに過ぎなかったりする。
・・・まぁ、つまり。
(あ、死んだ)
とんでもない力で突き出された両手は、俺の体を紙くずのようにぶっ飛ばし、天井を容易にブチ抜き天高く舞い上がらせた。
(空って、キレイだな)
そんな馬鹿なことを考えながら俺は、地面と衝突してぐっすりと眠りにつくことになったのであった。
・・・
と、まぁ。
そんな事がありながらも何故か生きていた俺は、目覚めるといつも部屋のベッドの上におり、その横で申し訳無さそうにしていたお嬢が満を持したように宣言したのだ。
「き、今日一日はレイの介抱してあげる!」
それはお嬢なりの謝罪というか、贖罪だったのだろうがその結果俺は更に怪我を増やすことになり、さらにポンコツと言う属性を備え「ツンデレデレポンコツ純情お嬢様」とかいう属性爆盛になったお嬢には隙など無く。
俺にスープをぶっかけたことから始まり、事あるごとに俺の体を破壊していった。
(アカン・・・殺される・・・ッ!?)
思わずそんな事を考えてしまったぐらいにはお嬢はポンコツであった。
だけど、必死に頑張って俺を思いやってくれているのは伝わってくる。
だけどこれだけは言わせてくれ。
「―――俺を開放してくれええええええええ!?」




