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20.「―――またね!」



「・・・知ってる天井だ」



 目覚めた俺が初めに呟いたのはそんな馬鹿なセリフだった。

 ドラゴンを倒し、そのまま力を使い果たして気を失っていたはずの俺だったが、いつの間にやら自室のベットで横になっているというのは少し不思議な気もして、体を起こそうとした時―――。



「!?!!!!!?」



 ―――俺は、声にならない絶叫を上げた。


 ほんの少し、ちょっとだけ体を起こそうとしただけだったのにも関わらず、体中と脳内を駆け巡るかつてないほどの危険信号が、思考を真っ白に染め上げて、全ての行動を強制終了させた。



(あぁああああぁあああ!?か、からだ、いてぇ!?死ぬ!?いや死んでるだろこれ!?死んでないとおかしいってこれぇ!?)



 自分の生死すらわからなくなるほどの激痛に悶える―――ことすら出来ずにひたすら痛みにくらくらする意識を何とか繋ぎ止めていると、突然部屋のドアが蹴り破られるような勢いで開かれた。



「れ、れい、さん・・・?」



 扉の向こうから飛び込むような勢いで入って来たマレットちゃんは、くりくりのライトブラウンの瞳に涙を一杯に溜めて―――



「あ、ちょ、ま―――!?」



 その瞬間、俺は次彼女が取るであろう行動を理解し、必至に静止しようとしたが、時既に遅し。



「レイさぁ――――ん!!!」



 既にマレットちゃんは横になった俺の胸へ、飛び込んでおり―――。



「―――あぁあああああぁああぁぁぁあああああぁぁあぁぁぁぁああああ!!!?」



 俺は凄まじい痛みと共に、また眠りにつくことになりましたとさ。



 ・・・



「ご、ごめんさいっ!」


「い、いや、心配してくれてたってのはよく分かったし、嬉しかったよ」



 再度目を覚ました俺は、目の前で平謝りするマレットちゃんだったが、そう励ますと沈んでいた顔を上げて、いつ通りの天真爛漫な可愛らしい笑みを浮かべて、照れたように「えへへ・・・」と笑っていた。

 変わらぬマレットちゃんの笑みを見て、今まで夢見心地でふわふわとしていた感覚が晴れていくのを感じながら、俺はそこでようやく安堵のため息を吐き出した。



(ホント、良かった)


「あ、そうそう―――!」



 そうしてマレットちゃんとなんてことのない世間話を出来ている現在(いま)を噛み締めながら、俺はマレットちゃんの話をじっと聞き入った。

 俺がケルベロスに吹き飛ばされて死んでしまったんじゃないかと、とても心配したこと。

 その後、不思議な格好をした騎士が助けてくれたこと。

 その騎士がシピオの街を救ったこと。



「ホントすごかったんだよー!私も死んじゃった―!って思ったら炎がばぁ~ってしてね!気づいたら傷が治っててね!」


「あはは、そいつは凄いなぁ・・・。信じられないぐらいだ」



 本当、未だに信じられない。

 あの時は、とにかく必死で―――何してたか結構曖昧だけど。

 お嬢と・・・みんなの助けもあってなんとか勝てて。

 こうして、マレットちゃんと笑いながら話ができるなんて、本当信じられない。



「え~?ホントの話だよ~?多分、その騎士さまのおかげでレイさんも助かったんだと思うし!」


「ははは、そうかもね?」



 ホントにホントだもん~、と頬を膨らませるマレットちゃんは、俺がその騎士だったなんて思いもしないだろう。



(だけど、それでいいんだ)



 俺は英雄だとか、勇者だとか、そんな大それた存在じゃあない。

 俺は、ただの鍛冶屋のバイトで、どこにでも居るような普通の人間だ。

 親父さんや、マレットちゃん、お嬢とこうして一緒に笑っていられるなら、他には何も望まない。

 こうして日常(しあわせ)を噛み締めて、生きていければそれでいいんだ。


 だって―――



「そんなレイさんにはこうだぁ~!」


「ちょ!?今触るのは反則だってぇええ!?」



 ―――これ以上の幸せなんてないんだから。


 ~~~


 それから、時間は過ぎて。

 こんな事件もあって、馬車が遅れてしまいマレットちゃんの滞在期間は少し伸びて、1週間程この家に残ることになり。

 友人達と再会したマレットちゃんは、得意げにあの騎士に助けられた話をしたり。

 甲斐甲斐しく俺の介抱をしてくれたり。

 殆ど寝たきりの俺にご飯を食べさせようとして盛大に失敗したり。

 そうしていつも通りの日常を過ごして居るうちにすぐに―――その日はやって来た。



「・・・忘れ物はないか」


「も~!心配性なんだから~!大丈夫だよぉ~!」



 意外と心配性な親父さんの何度目かのその言葉に、うんざりしたようにそう返すマレットちゃんのやり取りを微笑ましい笑みを浮かべてを眺めていた。



「まぁまぁ。マレットちゃんは慌てん坊だから、忘れ物してないか心配なんだよ」


「レイさんまでぇ~」



 拗ねたようにそういうマレットちゃんは少し楽しそうだったが、すぐに名残惜しいそうに俺の顔を見て、悲しそうな、泣いてしまいそうな顔をしていた。



「おぉ~い!マレット君~!もう馬車が出るそうだぞぉ~!」


「・・・ハフト先輩ってやっぱり空気読めないですよね」


「残念イケメン」


「何故急にそんな辛辣なことを言うんだ君達は!?」



 少し離れた馬車の前でマレットちゃんの友人であるハフトが手を振っていたが、二人に取り押さえられるような形でその手を引っ込まされていた。

 どうやら、俺達のことを気遣ってくれているらしい。

 本当にいい友人に恵まれたな、マレットちゃん。



「あはは・・・。みんなはいつもどおりだなぁ」



 そんな彼らのお陰で、悲しい顔はどこかに行ったがやはりどこか元気のないマレットちゃん。



「―――そうだ、マレットちゃん。これ、忘れ物だよ」


「へ?」



 そんなマレットちゃんを驚かせてやりたくて、俺が懐に持っていた剣をマレットちゃんへ差し出した。



「え?これ―――」



 鞘に収まったその剣は、俺が初めて打った剣であり、マレットちゃんが使っていたのと同じ片手半剣。

 俺が寝込んでいる間に親父さんが仕上げてくれており、今日ようやく動けるようになった俺はやっと、自分の手でこれを渡すことが出来た。



「―――俺さ。ずっとマレットちゃんに謝りたかったんだ」



 不思議そうに俺を見上げるマレットちゃんは、そんな事ないよと言おうとしたのだろうが、その言葉が紡がれる前に俺は矢継ぎ早に続けて言った。



「どっちが悪い、なんてなかったんだろうけど。それでも、あのままちゃんと話せないまま別れたくなかったから。俺なりに、どうやったら仲直りできるか考えたんだ」


「それが、この剣・・・?」



 その手に俺の剣を大事そうに抱えながら、そう問うマレットちゃんに、俺が返せたのは苦笑いぐらいなもので。



「未熟も未熟な俺が初めて打った剣なんて、いらないかも―――」


「―――そ、そんな事ない!」



 そう言おうとした俺を、予想を上回るような気迫のマレットちゃんの声が遮った。



「私、私も!ずっと仲直りしたくて!でも、出来なくて・・・!」



 マレットちゃんの声は、どんどんと涙を帯びて。

 抱えた俺の剣をぎゅっと抱きしめながら必死に何かを伝えようとしたが、耐えきれずにどんどんと小さくなっていって、最後には消え入りそうなほどになってしまったマレットちゃんの視線に合わせて、膝を折りその小さな手に手を重ねて。



「・・・じゃあさ。改めて仲直り、しようか」


「―――うんっ」



 お互いに出来る限りの笑顔を浮かべて、自然と重ねたその手の小指を絡ませて。



「―――はい、これで仲直りだね」


「うん!」



 指切りをするようにして、手を離してマレットちゃんの少し乱れてしまった前髪を整えてやるついでに、頭を撫でる。

 本当にこうしていると、小さな子どものようで―――


 ―――ちゅ



「―――へ?」



 完全に油断していた俺の意表を突くように、マレットちゃんは俺の頬へ優しく唇をぶつけていて。

 柔らかな唇の感触を感じるよりも、何が起こったのか理解するまでのタイムラグがありすぎて、固まる俺を見て。

 いたずらが成功したような、蠱惑的な笑みを浮かべ、頬を赤らめるマレットちゃんはすぐに俺から離れ、いつも通りの可愛らしい笑みを浮かべながら。



「―――またね!」



 そう言って、友人たちの待つ馬車に飛び込んでいった。



「・・・ぇ?」



 しばらく何があったのか理解出来ずにその場に固まる俺の肩に手を載せた親父さんは、今まで見たことのないような満面の笑みを浮かべて。



「本当にお前さんが、ウチの『息子』になる日も遠くないかもしれんな?」


「しゃ、シャレになってねぇ・・・」



 からかう様にそういう親父さんの声をどこか遠くに感じながら、俺は呆然と出発する馬車を眺めていた。















 第一章 「緋翼の騎士」 了



これにて第一章、完結です。

が、閑話を4話ほどと、第一章での設定集と次章予告を終えて、第二章へ移ります。


ここまで見ていただいた方、ありがとうございます。

そして、もう少しお付き合いください。


では。

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