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2.「冒険者、辞めま―――――――す!!!!」

 俺は途方に暮れていた。

 寝て起きたら別人になっていたなんて、夢で終わるような事が現実として今俺の身に起きている。

 その事実を受け入れて、行動に移るのが理想ではあるが、俺はライトノベル主人公のようにメンタルが頑丈にできていない。

 受け入れがたい現実を前にして、俺が出来たのはただ頭を抱えることだけだった。



(・・・ど、どうすればいい?誰かに事情を話して手伝ってもらう?いや、薬やってるんじゃないかって疑われるだけだ。じゃあ、この体の持ち主のフリをする?中身(・・)がわからんし、根本から世界観(・・・)が違う世界で、違和感なく立ち振る舞うなんて無理だし―――)



 答えのない自問自答は永遠に続くかと思われたが、一つの結論とともに唐突に終りを迎えることとなる。



「とりあえず、出てから考えよう・・・」



 まぁ、ただの問題の先送りでしかないのだが、その時はそれこそが最善の選択に思えるもので、俺はその最善を信じて行動するのみであった。

 取り敢えず、このポーチとこのカード、そしていくつか金貨をポーチの中身詰め込んでおくことに。

 因みに、金貨はクローゼットの中にあったずっしり重い袋にみっちりと収められていた。


 大きさ的には五百円玉の倍ぐらいの大きさ。

 形は少々歪さのある円形で、片面には城、もう片面には盾と3本の剣が描かれている。

 持ち歩くには結構大きいし、結構重いしで、紙幣に慣れた身としては不便極まりないが、現代だろうが異世界だろうがやはり金は必要である。


 とはいえ、この金はこの体の持ち主のものであって、俺のものではない。

 だから、この金を勝手に持っていくことに少し躊躇があったが、こんな状況だ。

 善人ぶっていても仕方がない。


 この金貨がどれぐらいの貨幣価値なのかはわからないが、5枚ほどあれば十分だろうと、適当にポーチへ突っ込んで、袋は元あった場所へ戻して、部屋を出る。



「誰も居ない、か」



 別にコソコソする必要はないのだが、なんとなく居心地が悪いのもあって、出来るだけ目立たないように行動してしまう。

 ただまぁ、部屋の外は人二人がようやくすれ違えるぐらいの廊下で、隠れるなんてことは不可能だったのだが。


 この狭い廊下はずっと真っ直ぐの作りで、廊下の左手側の最奥には下り階段、右手側には上り階段になっているみたいだ。ちょっと覗いて見た感じ、下はロビー、上は此処と同じ様に部屋が続いて居た。因みに、この廊下には俺が出てきた部屋以外にも4つドアがあり、それぞれ「20X」で始まるルームナンバーが各ドアに割り振られている。


 俺の出てきた部屋のルームナンバーは「204」だった。


 日本なんかでは、ホテルなどのルームナンバーは「4」の付くナンバーは飛ばすことがある。

 なんでも「死」を連想させるから不吉だとかで、そうされている事があるらしいがこっちではそんな配慮はなかったらしい。


 まぁそんなことは割とどうでもいい話で、俺の部屋が「204」という事は、ここは2階ということになる。

 此処が宿なのかマンション的な集団住宅なのか定かではないが、とりあえず外に出たい。

 俺の部屋の窓は建物に遮られて外の様子は伺えなかったし、少しでも現状を判断できる情報がほしい。


 その一心で狭い廊下を渡り、階段を降りるとそこは広くはないがこじんまりとしているが、小綺麗に纏められたロビーだった。

 このロビーは食堂も兼任しているのだろう。

 いくつか置かれたテーブルでは既に何人かが食事をとっており、コンソメや脂の香ばしい香りが漂っていた。



「腹減ったなぁ・・・」



 色々あって忘れかけていたが、美味しそうな香りに空腹感が戻ってきた。

 呑気にご飯を食べている余裕はないかもしれないが、落ち着いて一息吐く時間も必要だろうと、近くに居た店員に声を掛けようとした時。



「―――ちょっと!どういうことなのよッ!」



 突如として、肩を掴まれヒステリックな怒声を浴びせられる。

 意味不明な展開に、パニックになりかけるも、できるだけ平静を装って声のした方へ振り向くと、クローゼットに押し込まれていた革鎧を纏った、如何にも「冒険者」らしい格好をした女性が赤い顔をして、俺を睨みつけていた。



「勝手にシオンを追放するなんて聞いてないわよッ!」



 ミディアムショートに切りそろえられたライトブラウンの髪の上から覗く、ギッ!と釣り上げられ、敵意の込められた焦げ茶の双眸が俺にビームでも飛ばしてきそうなほどガンをくれている。

 正直言って超怖いが、どこの誰とも知らない人間の追放だのなんだのなんて気にして居られるほど今の俺に余裕はないのだ。


 

「聞いてんのッ!?」



 耳元でキャンキャンと喚き立てられるヒステリックな声は、聞いているのかと尋ねて居るにも関わらず、俺のことを否定する気満々といった様子で捲し立てる。

 そういう時、人が取る行動は大きく分けて二つ。


 黙るか。



「関係ねぇだろ」



 ―――キレるかである。


 憑依という意味不明な事態に追い込まれ、見知らぬ女に突然キレられ、俺の精神は

 噴火寸前のマグマのように、少し刺激があれば爆発してしまいそうなギリギリでなんとか保たれていた。

 だが、抵抗虚しく、そこに投じられたのは怒りという爆弾であった。


 ぶっちゃけ、ただの八つ当たりでしか無いのだが、それを吐き出せる絶好の相手と免罪符を同時に手に入れてしまった俺が取った行動を人は「逆ギレ」という。

 怒りに正当性など求められる訳もないが、理不尽な怒りであったことは、自覚していたしそれでいいとも思っていた。


 冒険者風の女はそんな俺を見て、信じられないと言った顔でしばらく呆然と俺を見やった後、更に顔を真っ赤に染めて、噛み締めていた口を開けて叫んだ。



「―――ッか。関係ないわけ無いでしょうが!!!?」



 キンキンと脳まで響く甲高い怒声は、最早俺の耳に入っていない。

 怒りを露わにする女と、どこまでも冷え切った俺の態度は酷く矛盾していたが、ブチギレている(・・・・・・・)という点においては、共通していた。


「いや、関係ねぇだろ。俺とソイツ(・・・)の問題であって、お前が関与する理由も義理もねぇだろ」


「あるに決まってんでしょ!?パーティーメンバーに断りの一つもなく、勝手に追放なんて!ありえない!」


 図星もいいところだ。


 リーダーの一存で、そんなの決めてちゃパーティーである必要がなくなる。



「それにパーティーメンバーの追放は本人の了承が無いと出来ないのよ!?アンタが勝手に追放させるなんて無理なんだから!」



 そんなの後出しで出してくるんじゃねぇよ!

 どうして追放云々より先にそっちを先に言えや!



俺が(・・)追放しただぁ?俺がしたのはしてほしい(・・・・・)って、お願いであって今追放されちまってるってことは本人も了承したってことだろうが」


「そ、んなの、屁理屈よッ!」



 屁理屈に決まってんだろ!

 屁理屈な上にクソ適当な捏造だよくそったれ!

 だけどその屁理屈に切り返せない時点で、この話はもう終わりなんだよ!



「大体アンタこんな時間まで部屋に引き篭もって!どうせアタシが怖くて部屋で飲んだくれてたんでしょ!このロクでなし!」



 はい論点すり替えてただ罵倒してきた―。

 普段温厚な俺も怒りが有頂天。



「お前なんか知らねぇし、飲んでもねぇ!・・・ちょっとしか」


「アンタがそうやって飲んだくれてるときも、シオンは今まで頑張って来たのよ!?それをアンタは!」



 また論点ずらした―。

 

 もう話聞く気ありませんコイツ―。


 そもそもシオンとかいうやつも知らねぇし、追放云々なんて―――



「シオンが『ハズレスキル』持ちだからって―――」


「い、今なんつった?」


「ほら見なさい!私の話ちゃんと聞いてないじゃ―――」


「んなことどうでもいいんだよッ!?さっき、シオンが?何つった?」


「いつもいつもアンタは―――ッ!シオンが『ハズレスキル』持ちだからって差別するなんてサイテーよ!」



 待て。


 待て待て。


 待て待て待てッ!?


 今までの話の流れ的に、俺はシオンとかいうやつを追放したパーティーリーダーってのが俺で?そのシオンはハズレスキルで俺に虐げられてきた?シオンとかいうヤツ、ハズレスキルで追放とかいうハズレスキル覚醒確定ルート進んでるじゃん。


 え、じゃあそれを追放したパーティーリーダーの俺は何?ざまぁされて死ぬの?



「・・・・・・アカン」



 コイツもシオンとかいうやつに妙に肩入れしてるし、俺絶対パーティーでクソ疎まれてるやつじゃん。


 そりゃ酒浸りにもなるわ。


 俺・・・いや、体の主も相当人間終わってるけども。

 え、どうすんの?俺終わるじゃん。


 いや、終わってるじゃん!?



(お、落ち着け・・・落ち着くんだ。こういう時ほど冷静になれ、俺―――!)


「どうせアンタなんて酒浸りでクズで何も出来ない唐変木何だから早く死ねばいいのよ!そうすればシオンも私達もアンタ抜きで楽しく冒険できたのに―――!」



 フッ―――。


 冷静だったはずの俺の心は急速に熱を取り戻して行くのを感じながら、俺はブチリと何かがキレる音がした。


 このままだとなし崩し的に諸々俺のせいにされてあらぬ因縁付けられてひどい目に合うってことは明白だ。


 コイツを見ただけで分かる。


 俺のパーティー全員絶対碌なヤツじゃねえ。

 ちゃんとコミュニケーション取ってないから喧嘩なんかするんだよ。

 それをコイツは難癖付けてアレが悪いこれが悪い。


 しまいにゃ、人間性まで否定して死ねばいいと来た。


 なら、俺が取るべき道は一つだ。


 一つ大きな深呼吸をして、肺がはち切れそうになるのを感じながら、可能な限りの満面の笑みに額にブチ切れそうな青筋を携えて。




















「冒険者、辞めま―――――――す!!!!」


 そう、宣言するのであった。


















 ・・・結論から言うと、この時の俺は割とどうかしていた。


 短期間で色々なことが起こりすぎて、心のキャパシティーが限界を迎えた


 ―――結果


 俺は見ず知らずの人間にキレ散らかして、全てを放棄することを選んだ。

 きっと、みんなそうする。

 俺だってそうした。

 悔いはない。


 反省は・・・しているが。


 だが、まぁ。

 


(めっっっっっっっっっちゃスッキリした――――ッ!!!!)


 俺の気分は割と、晴れやかなのであった。







 ・・・この時だけは。







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