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19.「緋翼煉燐」



「グガァアアアアァアアアァアアッッッ!!!!」


「・・・なんだ、これ!?」



 聖都ティークの外れに佇む俺は、聖都の半分ほどの大きさを誇る浅黒い赤色の体表の巨大なドラゴンに変身を遂げたバーンを驚愕の眼差しで見上げていた。



「質量保存の法則どうなってんだよ、アレぇ!?」


私達(精霊)は大気中の魔素(マナ)から体を作り直せるわ!だから、これも腕再生させてたのと原理は同じよ!』


「なんでもありだな精霊!?・・・ってアイツ(バーン)精霊なのかよ!?魔族といか言ってたけど!?」


『人と精霊のハーフのことを魔族っていうのよ!ただアイツは大分コッチ(・・・)よりだったみたいだけどね!』



 ―――マジかよ!?


 そう驚愕の声をあげようとした俺だったが、飛行したままその巨大な体躯をくねらせるように空中で動かしたかと思うと、突如として横合いから飛来したなにか―――ドラゴンの尻尾と衝突した。

 普通の人間ならこれだけでミンチになってしまうような凄まじい威力だが、お譲と一体化した俺にとっては、かすり傷すら負わない。

 だがその衝撃までは相殺することは出来ず、一気に聖都の中にまで吹き飛ばされ、いくつかの家屋を破壊してようやく止まった。



『バカ!ぼーっとしないの!』


「・・・うっ、ぐっぅ」



 敵のあまりの巨大さに呆気にとられている間に、大分意識が散漫になってしまって居た所を狙われた。

 瓦礫と破壊されたテーブルと椅子を跳ね除けて立ち上がろうとするが―――



「―――ぁ、れ?」



 急に力が入らなくなって、俺は立ち上がった勢いのまま前のめりになってその場に倒れ込んだ。



『レイ!?』



 お嬢の慌てたような声が頭の中でぼんやりと消えてゆくのを感じながら、俺はなんとか折れたテーブルの足を杖代わりにして立ち上がる。



「だい、じょうぶ。ちょっと、目眩がしただけだ」


『そんなの―――!』



 それが見え透いた嘘だというのは、心を覗かなくてもすぐに分かった。

 元々、レイはケルベロスの攻撃を受けて、瀕死の状態だった。

 それをお嬢の『再生の炎』によって一命をとりとめたが、この再生の炎は怪我は完全に治す事ができるが、体力や蓄積したダメージまで癒せるわけではない。

 故に、マレットやシルヴィアは怪我が癒えてすぐに、眠るように気を失っていたのだが、レイはそのダメージを「我慢する」という古典的な方法で堪えているに過ぎない。


 そして、聖霊(おじょう)との一体化による反動。

 本来、聖霊との契約には何の代償もないが、人間の枠組み(げんかい)すら超えるその超越的な力の反動は確実に蓄積していて、それがここに来て許容範囲を超えてしまった。

 ここまで、レイに無茶させているというのはお嬢も承知していた。

 それはレイの望みを叶えるためでもあり、訪れようとしている悲劇的な結末への唯一の対抗策であったからだ。

 だが、お嬢にとって一番大切なものは紛れもなく「レイ(おれ)」なのだ。

 だから、俺が望むのであればそれを叶えるし、どこまでも付き添い、寄り添ってくれるだろうが、逆に言えば俺以外の人間・・・たとえそれが国や世界が天秤に掛かった状況であったとしても何より優先するのは俺の命だ。

 故に今、お嬢は迷っている。

 俺の思い(かくご)を優先するのか、俺の安全(いのち)を優先するのか。

 だからこそ、俺が覚悟を決める必要があった。



『・・・いい、のね?』


「あぁ。頼む」



 不安に塗れたお嬢の思い(こえ)を塗りつぶすように、俺は力強く頷いた。

 未だにお嬢には迷いがあるようだが、それでも。



「―――全部、救ってやるよッ!!!」



 ―――ここまで来て、カッコつけなきゃ、嘘じゃないか。


 なけなしの勇気と体力を振り絞って、俺は再度空へと飛び上がり、巨大なドラゴンと改めて対峙する。



「やっぱ、デカすぎるな!」



 その姿をもう見て怖気づくことはないが、やはりその大きさには驚かされる。

 それでも、不思議と今の俺は負ける気はしなかった。

 俺は高速でドラゴンの視界の死角である真下―――腹部に先程の攻撃の際に手放していた、聖剣を実体化させて斬りかかった。



「さっきのお返しだッ!」



 流石にここまで大きな相手ならばその狙いを外すことはなく、俺の放った斬撃はドラゴンの腹を斬り裂き、同時に発生した炎の衝撃波(ビーム)がより深くドラゴンの体内を焼き切った。



「グガァアアアアアアッ!!!?」



 この形態になって耐久度も増し、炎に対する耐性も上昇したのか、両断するには至らなかったが相当な深手を負わせることは出来ただろう。

 だが、その攻撃によって空を飛んでいたドラゴンの体が大きく下へ沈み込んだ。



「―――ちょ!?コイツ、落ちんのか!?」


『元々、体力のない状態で無理やり変身したからでしょうね!』


「クッソ迷惑なヤツだな、畜生ッ!?」



 聖都へ落下しそうになるドラゴンの体を両手で支えて、背中の炎を全力で吹かせる。



「―――ぐっ、う!?やっぱ、くっそ重いぃッ!!!」



 なんとか落下は妨げることは出来てはいるが、今の俺では押し返すことは難しい。

 それでもこの手を離してしまえば、この聖都は半壊どころの被害では済まない。



『―――レイ!』


「やっばい、かも―――!?」



 始めはなんとか維持出来ていた炎の勢いも落ちており、徐々に押し返されていた時、急に体が淡く光りだした。

 それと同時に、体の奥底から尽きかけていた力が湧いてきて、先程よりも強烈な勢いで炎の翼が煌めいた。



「お嬢、これ―――!」


『―――見なさい』



 お嬢が俺に力を貸してくれたのかとも思ったが、どうやらそうではないらしく、お嬢は静かに下を―――王城の方を見るように促されて、俺は大きく目を見開いた。

 そこには避難してきた人たち、戦っていたであろう騎士たち、そして豪華な装飾の施された真っ白に身を包んだ少女が―――一斉に俺に手を向け、そこからは淡い光が伸びていた。

 その光の正体は―――支援魔法。

 その光は一つ一つはとても小さく、か弱いものだ。

 だが、いくつもの光が束なって強く大きく輝く光の塊となって、俺の体を支えてくれていた。



『レイが必死になって守ったモノは、同時にアンタを守ってくれてるってことね。・・・ま、ちょおっと遅いような気もするけど?』


「―――いいや。十分過ぎるぐらいだよ!」



 自然と溢れるの笑みを携えて。

 輝く緋色の翼をはためかせ、俺はドラゴンの巨体を抱えたまま、遥か上空へと飛び上がる。



「―――うぉおおおおおぉぉおおッ!!!」


「グッギィ、ガァ、アアアアアアッ!!!」



 太陽が真横に見えるほどの高度に達した頃、ドラゴンは最後の抵抗に乗り出した。

 さきほど俺を弾き飛ばしたように、大きく体をくねらせて、尻尾での攻撃を繰り出したドラゴンだったが、流石に同じ攻撃を受けてやるほど俺は甘くはない。



「食らうか―――って、コイツ!?」



 だがそれはドラゴンの本命の行動に移るまでの時間稼ぎでしか無く、俺が回避行動を取った瞬間、ドラゴンはいつの間にやら口一杯に溜め込んだ球状の炎を俺―――ではなく、真下の聖都に向けて発射した。



『ホント、往生際の悪いヤツね!これだからトカゲは嫌いなのよっ!』



 幸いなことに、それほど速度はないためすぐに追いつくことは出来たが、代わりにその規模はとてつもなくデカイ。

 ここまで上空にやってきてしまえば、流石に支援魔法は届かない。

 独力でどうにかこれを破壊しなければならないが―――



「お嬢!これ、壊せるか!?」


『壊すのは分けないけど、普通に壊しただけじゃ拡散して下に降り注ぐだけよ!』


「んだそれ!?」



 汗ばむ手で、再度聖剣を握り直しながら俺は必死に思考を巡らせる。

 だが、どれだけ考えても八方塞がりで、出口が見えない迷路のような問答が無限に続いていくだけ。

 そんな焦る俺を見てか、俺を見下すドラゴンはにやりと嫌らしく笑ったように見えた。



「もう、やるしか―――」



 このまま火球を聖都に落とすわけにもいかない。

 多少の被害は見越した上で、破壊するしかない。

 そんな決断を下そうとした時―――



「―――ねぇ、レイ」


「お、じょう?」



 突然時が止まったみたいに、空が―――いや、目の前が真っ白に染まっていて。

 そんな空間に佇むお彼女は、こんな切迫した状況に似つかない柔らかな笑みを浮かべながら、ふわりと真紅のドレスを靡かせながら俺の方へ振り向いて、その続きの言葉を吐き出した。



「私の名前、覚えてる?」


「お、覚えてるも何も、俺はまだ―――」



 意図の見えないその質問に、困惑しながらも「知らない」と俺はそう返そうとしたが、俺の口からその続きが発せられることはなかった。


 だって、俺は―――



「―――忘れる、はずないわ。だって、私の名前()貴方(レイ)がくれたものだもの」



 彼女のその言葉を聞いた瞬間。

 俺の頭の中に、沸き上がる一つのワード。



「―――ね?やっぱり、忘れてない。だから、今度こそ忘れないで」



 そう言った彼女は、溶けて無くなりそうなほど儚い笑みを浮かべて。



「私はいつも、貴方の傍に居る」


『―――レイ!?』



 最後にその一言は、お嬢の俺を呼ぶ声にかき消されて消えていった。

 先程の真っ白に染まった時間はいつの間にか、元通りの時間を刻んでいて、眼前には変わらず火球が迫ってきているが、先程までの焦りは俺にはもうなく。



「―――お嬢。力、貸してくれるか?」


『・・・っ!?そ、そんなの、当たり前、でしょ!』



 急にクリアになった思考に、少し戸惑いを見せたお嬢だったが、すぐに俺の望んだ答えを返してくれた。

 ニヤつく顔のまま、俺は静かに目を瞑って聖剣を眼前に掲げて、その言葉を口にする。



「―――【真銘開放】」


『なんで、それ!?』



 驚くお嬢を他所に、そのワードを口にした俺の体は大きな変化が起こっていた。

 纏っていた、パワードスーツのような軽鎧は、装甲部分がガチャンと駆動し、全身を装甲が広がっていく。

 やがて、その姿は日朝ヒーローのようなパワードスーツではなく、翼の趣向を凝らされた深紅のフルプレートアーマーを纏った騎士のように姿を変え、俺を支える緋色の翼は聖都を覆い尽くすほどに輝きを増し、さながら太陽のように煌めいた。


 ―――そして遂に、俺はその()を叫ぶ。



「―――《緋翼煉燐(ひよくれんりん) フェルニール》ッ!!!」



 それこそが、お嬢に―――彼女に付けられた「真銘」。

 聖剣によって抑制されていた、彼女本来の力であり、姿。



「これが、俺の、俺達の全力全開だッ!!!」



正眼に構えた聖剣に、今ある自分の力全てを預け、ただ全力で振り抜く。

聖剣からは先程まで出ていた衝撃波の比ではないほどの極太の炎が放たれ、ドラゴンの放った火球を易々と飲み込んで―――


「グガァアアアアアアアァッ!!!?」


「―――ぉおおおおぉおおおッ!!!」


上空に佇んでいたドラゴンの体すらもブチ抜いて、宇宙(そら)すらも貫く一条の光線を描いた。

その後には、ドラゴンの放った火球も、ドラゴンも消え去った真っ更な青空が広がっていた。


「・・・ぁ」


そうして、残っていた力全てを放った俺は、纏っていた鎧を失って、生身のまま空へ投げ出される―――ことはなく。


「―――お疲れ様。ゆっくり、休みなさい」


暖かな炎に包まれ、俺はゆっくりと意識を手放した。


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