18.「対峙」
シピオの街、最終防衛ライン。
街中から避難してきた住民を一時的に収容している領主の屋敷を背にして、満身創痍の冒険者達は未だに戦っていた。
「―――ぐぁああっ!!!」
もう戦線を維持できるような状況でもなく、軽傷者やぎりぎり動けるような者達が怪我を押して無理矢理出撃しているが、数の内に入っていない様な有様で、無為に負傷者を増やすだけだったが、そうせざるを得ないほどに人手が足りていない現状は、「限界」という言葉以外に表すことは出来ないだろう。
「ぐっ、ぅッ!?」
「ハフト先輩っ!?」
「・・・も、むり。まりょく、ない」
比較的負傷が少なく、自由に動けていたハフトたちも慣れない長期戦に心身ともに疲れ果て、防衛線当初のような動きのキレはない。
ずっと一人で前線を張っていたハフトは特にそれが顕著であった。
ハフトのパーティーは元々、前衛2・後衛2のバランスのいい構成でありハフトはこのパーティーで盾役と指揮を担当している。
もうひとりの前衛―――マレットは、攻撃役であり自由奔放に動き回る彼女を遊撃に見立てて、他のメンバーはフォローとカバーに徹する、というのがこのパーティーのコンセプトだった。
《怪力無双》という単純にして強力無比なスキルを持つマレットは、隙さえ捉えれば殆どを一撃で沈めてしまう。
その代わりに、良くも悪くも愚直で真っ直ぐなマレットは、戦闘中周りに気を配ることが出来ないため、マレットは意識外からの奇襲にとことん弱い。
あの時も警戒を怠ったせいでマレットは大怪我を負い、トラウマを抱え、一時的にパーティーを離れる事になった。
そうして浮き彫りになったのは、絶対的な火力不足。
今までダメージソースの殆どをマレットに依存していたハフトたちにとって、マレットが欠けた穴はあまりに大きかった。
それを補うためにリムの高威力で高範囲を殲滅できる魔法を採用したが、肝心のリムのスタミナが無く、長期戦には向かないのが良くなかった。
結果として、ハフトは前線での攻撃役も兼任する事になったが―――
(マレット君・・・!君はいつもこんな思いで戦っていたのか・・・!?)
周りを見ない、気にしない。
それは、これまで俯瞰でしかマレットを眺めていなかったハフトにとって、それがどれほど難しいことか分かっていなかった。
彼女がハフトたちを心の底から信頼していたから出来たことであり、皆が助けてくれるという絶対的な確信があるからこそだ。
勿論、ハフトもパーティーメンバーの彼女たちを信頼してはいるが、マレットのように全てを委ねる覚悟はなかった。
(僕は・・・ッ!僕は、パーティーリーダー失格だ・・・!)
それはマレットへの謝罪であり、パーティーリーダーと言う立場でありながら彼女たちの信頼に報いることの出来ない無力感ゆえの懺悔でもあった。
そして―――
「ハフト先輩っ!!?」
―――自分の最期を悟ったが故の、遺言でもあったのかもしれない。
これまで蓄積してきたダメージは決して少なくなく、もう体は言うことを聞いてくれず、回避すらままならない。
(すまない、皆。どうやら、僕は―――)
諦めかけた、その時―――
「―――え?」
―――緋色の翼がハフトを包み込んだ。
予想していた魔物の攻撃は、いつの間にかハフトの前に降り立っていた奇妙な格好をした緋色の翼を持つ騎士によって遮られていた。
その騎士はハフトの方を一瞥して―――
(わらっ、た・・・?)
バイザーに阻まれたその騎士の顔は見ることが出来ないが、確かにハフトにはそうしたように感じられた。
その笑顔は「もう大丈夫だ」とその場の人間全てを安堵させるような優しいものだったが、なぜだかハフトはその笑顔に自身がよく知る無邪気な少女を重ねていた。
(マレットくん・・?)
なぜそう感じたのかは、ハフト自身にもよく分からなかった。
そして、その騎士はそう思った理由を考える間もなく、ハフトへ襲い掛かろうとした魔物へ緩慢とした動きで右手に持った深紅の剣を袈裟懸けに斬り上げた。
その剣は魔物を捉えるわけでもなく、ただ魔物の前をなぞっただけに見えたが、次の瞬間目の前の魔物はその振り上げた剣の軌道に沿って、その体を真っ二つに分離させた。
「―――なっ!?」
そして、振り上げたその剣を魔物の群れに向かって水平に振るうと―――
「・・・は?」
―――大通りの魔物を建物ごと全て横一文字に斬り捨ててしまった。
いや、それだけではない。
平原の向こう側まで見えていた魔物全てをシピオの街ごと今の一振りで全て両断したのだ。
そうして、その緋色の騎士は役目を終えたとばかりに、緋色の翼をはためかせ、空へと伸びる軌跡に緋色の燐光を残して、どこかへ飛び立って行った。
そんな様子を呆然と眺めていたハフト―――いや、その場に居た冒険者たちは、あまりにあっけなく終わりを告げた戦いに、勝鬨の声を上げるでもなく。
「「「は、ははは・・・」」」
―――ただただ乾いた苦笑を浮かべていたという。
そうしてシピオの街の襲撃をあっけなく終わらせた張本人はというと―――
「―――あぁぁあああぁああぁああぁッ!!!!?」
上空で元気に叫び声を上げていた。
シピオの街の襲撃を食い止めて、一安心・・・ではなく、適当に振るった剣が街一つを両断した所を見て、もしかしなくてもとんでもないことをしてしまったのではないかと冷や汗を流していたレイだったが、そんな余韻など知ったこっちゃないとばかりにお嬢はまた俺の体を上空へと打ち上げた。
『あんなの気にするだけ無駄よ!それにさっさとしないと―――』
(いやそんなこと言ったって、俺もう色々限界だってぇ!?)
さっきの大惨事もレイは何が起こったのか飲み込めていないのに、気がついたらまた空を飛ばされていた。
短距離のジャンプ・飛行ぐらいならばもう慣れて、自在にコントロールすることも出来るが、今みたいに長距離の飛行となるとお嬢の制御に任せるしか無く、この不格好な飛行をする羽目になるのだ。
それに、レイはシピオの街の襲撃を解決した時点で、目的を達成したとばかり思っていたが、お嬢の焦りようを見る限り、先程までの襲撃はまるで前座のような口ぶりだ。
『だって、言ってたじゃない。自分の手の届く範囲は助けたいって』
(だからって―――!?)
『今のアンタなら、この世界だって手の中なのよ?だったら、世界ぐらい救って当然でしょ?』
(お、俺なんか何も出来ないただの一般人だぞ!?今だってお嬢の力でどうにかなってるだけで―――!)
『―――だったら!存分に私を頼りなさい!レイの気の済むまで、どこまでだって羽ばたいてあげる!だから―――!』
お嬢のその言葉が聞こえた瞬間、高速で流れる景色が炎に包まれ、次の瞬間―――
『―――世界、救って来なさい!』
―――俺は、どこかの城下町の上空に放り出されていた。
・・・
聖王国 首都 聖都ティーク。
犠牲を払いながらも勇者の暗殺をなんとか阻止はしたが、その後各地から魔物の大群を確認したという報告を受け、速やかに聖都に住む住民を王城へ避難を済ませた聖騎士団は、シピオの街と同様に聖都の外壁を囲むようにして防衛線を築いていた。
始めは、シピオの街よりも遥かに強固な外壁と、凄まじい練度を誇る聖騎士団の働きにより、難なく襲撃を防いでいた。
だが、そんな戦線に突如として現れた「四天王」と名乗る4人の魔族によって、その状況は一変した。
四天王は個々がAランク冒険者以上の実力を持つ聖騎士団を鎧袖一触とばかりに薙ぎ払い、容易に防衛線を破壊した。
それによって、聖都に魔物の侵入を許してしまった聖都は一瞬にして、至る所で火の手が上がり、建物の倒壊する音が断続的に鳴り響く地獄絵図の惨状を呈していた。
そんな中でも、四天王の攻撃を逃れなんとか体制を立て直した聖騎士団は懸命に戦っていた。
「―――ジョー!そっちは!」
「こっちは雑魚しかいない!それよりも火の手はどうなってる!」
「燃えた建物を崩してどうにか延焼は防いでるような状況だが、安心はできないな」
「そうか―――。それで、斥候からの報告は?」
「あぁ・・・。四天王は1人を残して帰ったらしい」
「・・・くそっ!奴らとことん俺らのこと舐めてやがるッ!」
「だが、オレたちにとっては僥倖だ。とはいえ、シルヴィア団長に任せるしかないってのは歯がゆいところだが・・・」
聖都を駆けずり回る聖騎士たちは、問題なく魔物を倒せてはいるが、件の四天王には全くと言っていいほどに歯が立たなかった。
そんな中で唯一、四天王と対等に渡り合うことが出来たのは団長であるシルヴィアのみであった。
彼女はこれ以上の犠牲を出さないために、単身で四天王に挑んでいたが―――
「・・・くっ」
「人間にしては強い。だが、所詮は人間だな。脆すぎる」
―――圧倒的なまでに、実力が違いすぎた。
人類でも最高峰の実力と目されているシルヴィアの強みは、個人の戦闘力というよりも軍隊を澱みなく動かす卓越した指揮能力と、カリスマだ。
単純な力比べをせざるを得ない、この場においては彼女の強みは生かされることはなく、純粋な実力での戦いとなったのが良くなかった。
その魔族は竜との混成であり、強固でしなやかな鱗に包まれた両椀と翼を持つ四天王と呼ばれるにふさわしい実力を備えた魔族であり、一方でシルヴィアは聖騎士団長として相応の実力を持ってはいるが、それはあくまで人間という種族間のものさしで測られたものでしかないということを思い知らされていた。
「―――ふむ。貴様ほどの実力者をここで殺すのは惜しいが・・・命令だ」
「・・・ぐ、ぁ」
名残惜しそうにしながらも、どこまでも冷徹に振り下ろされる魔族の手は、シルヴィアの心臓を破壊した・・・かに見えた。
突如としてシルヴィアの体を包み込んだオレンジ色の炎が魔族の腕を焼き、一瞬にして炭に変えた。
「―――くっ!?」
魔族の腕を炭に変えてなお、体に燃え移る炎を食い止めるべく、魔族は躊躇なく自身の右腕を斬り捨てた。
その判断は間違いではなく、斬り捨てた右腕は炭から灰に変わってその場を吹き付けた風に流されていったところを見て、始めて魔族は冷や汗を流した。
(もし、判断が遅れて居たなら我もああなっていた、か)
その炎の発生源であるシルヴィアの体は、自身の腕とは正反対に逆再生のように元の姿に戻ってゆき、1秒足らずで傷一つないまっさらな姿に戻っていた。
始めは何らかのスキルかと疑った魔族だったが、その直後にその考えを改めさせられることになる。
「―――っ!!?」
いきなり上空から現れたとてつもなく強大な気配に、体を大きく引かせた直後、上空から現れた緋色の翼を生やした騎士は、魔族の立っていた場所に強烈な炎を撒き散らしながら、片膝を突きながら着地した。
「貴様ッ―――!?」
即座に追撃に移ろうとした魔族だったが、その騎士の右手に握られていた深紅の剣に目が行くと再度、大きく騎士から距離を取った。
「聖剣!?現世では担い手などもう居らぬはずだ!貴様は一体―――!?」
そんな魔族の耳に入っていない緋色の騎士は、横たわるシルヴィアを優しく一撫ですると、彼女の周囲が激しい炎に包まれた。
そして次に瞬きする頃には、横たわっていたシルヴィアの姿は消えており、ようやくその緋色の騎士は魔族の方へと振り返って―――
(―――不味いッッッッッ!!!?)
振り向きざまに振るわれた剣の軌道から伸びる極細の炎の束。
超高速で繰り出されるそれを目視できたわけではなく、己の本能とかつて感じたことのないような強烈な死の予感に反射的に体が動いた。
なんとか上体を反らして剣の軌道から無理矢理外れ、致命傷は避けたが、次に魔族が見たのは、犠牲となった右翼と両断された町並みだった。
「―――グッゥウゥッァアアアァッ!!!?」
あまりの激痛に声にならない悲鳴を上げながらも、失った右腕と右翼を再生させ、たまらず空へと飛び上がった魔族だが、緋色の騎士にとっては空は―――
「なっ、にィ!?」
―――何よりも自由に戦える最高の戦場であった。
剣を掲げた騎士は魔族の行動を先読みしたように、既に燐光を撒き散らしながら待ち構えていた。
「―――ぐ、ぉおおおおッ!!!」
そんな状況で魔族が選択したのは、タックルだった。
自身の武器たる爪と尻尾では、騎士の剣を受けきることが出来ないのは明白であり、魔法も対して効果があるとは思えない。
であるなら、空中という踏ん張りの効かない場所であることを最大限に利用した、唯一の打開策。
企みどおりに、お互いに揉みくちゃになりながら墜落してゆく騎士と魔族だったが―――。
「な―――ぐぅッ!?」
急激に勢いを増した騎士の背中の炎の翼は、魔族の突進の勢いを帳消しにしてそのまま体を押しつぶすような超加速を齎した。
ドラゴンと言う強靭な肉体を持つ魔族でさえ、耐えきれないような超加速を維持したまま、先程両断した家々をぶち抜き、更には厚さ5mのミスリルが仕込まれた外壁すらも安々と穴を開けて、聖都の外へと飛び出した。
「・・・ぐ、が、ぁ」
殺人的な加速の中で数十の家屋とミスリル入りの城壁をぶち抜いたせいで、全身の骨を打ち砕かれ、ぐったりとした様子の魔族と、その魔族を支え、悠々と変わらず佇む緋色の騎士。
誰の目から見ても、もはや勝敗はついていた。
むしろ、ここまでしてまだ生きている魔族の生命力は流石「四天王」というべきだろう。
『・・・諦めろ。今なら、殺しはしない。右腕生やせるぐらいなら全身粉砕骨折でも治せるだろ?』
そこでようやく声を出した緋色の騎士は、慈悲を与えるような言葉を口にしたが、プライドの高い魔族にとってそれは逆効果でしかなった。
「き、さまぁッ!!!この我に、ドラゴンの王たる我『バーン・ドラグニル』にその様な、その様なぁああぁッ!!!」
怒りで理性を失っている魔族・・・・バーンは、怒りに体を震わせながらも、自己再生で全身の傷を直しているが、その治りは最初に再生させた翼や腕のように急速に治っているわけではないところを見ると、もう殆ど余力もないのだろう。
それを見極めた上での交渉だったのだが、どうやらバーンはまだ諦めていないらしい。
「許サんッ!絶対に許サんゾッ!貴様は骨の一片たリとモ残さズ、焼キ尽くしヤるッ!!!」
『―――!?』
遂に頂点に達したらしい怒りに身を任せて、バーンは騎士を殴りつけたが、騎士は少し怯んだ程度で、殴りつけたバーンの拳は完全に砕けていたが、予想だにしない攻撃に思わず、バーンを支えていた手を離してしまった。
もう飛ぶ力も残っていないらしいバーンは、落ちながらもう凶悪な笑みを浮かべて。
「見セテヤル!我ノ本来ノ姿ヲヲヲヲヲヲッ!!!」
強烈な光とともに、その姿を超巨大なドラゴンへと変貌させたのだった。




