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17.「救済」



「―――クソッ!ここはもうダメだッ!第五防衛ラインまで下がれッ!」


「ぐあっ!?」


「おい、大丈夫か!?畜生ッ!足をヤラれてる!誰か手ぇかしてくれ!」



 一時は魔物の群れを押し返すことに成功したが、防衛に当たっていた冒険者たちの体力はもうギリギリであり、第二波までは街の外で食い止められたが、徐々に押し込まれ、遂に街の中にまで魔物の侵入を許してしまっていた。

 現在も残った人員で必至に食い止めているが、最終防衛ラインである第五防衛ラインを突破されるのは時間の問題だろう。

 そんな阿鼻叫喚の地獄とも言えるような戦場の中で、ハフトたちは未だに懸命に戦っていた。



「はあッ!!!」


「ハフト先輩っ!下がって!」



 前衛でタンクを努めるハフトの横から迫ったイノシシ形の魔物を、エマの放った矢が的確に眉間を射抜いた。

 だがそれでは絶命に至ることはなく、痛みに悶えるイノシシをハフトは容赦なくとどめを刺す。



「リム君ッ!」


「・・・行ける」



 リムの魔法の準備が終わり、一斉に距離をとって投石やエマの矢で出来るだけ魔法の範囲内に魔物を留め―――



「・・・どーん!」



 大通りにあった店ごと巻き込んで超広範囲を赫色の雷が穿った。

 大通りに居た魔物たちはもれなく黒焦げになり、その黒焦げの死体を踏んだ魔物も連鎖的に感電していき、相当数の魔物を殲滅したが、やはり数が多すぎる。

 死体の帯電は長時間続かないし、物量で押し切られてはすぐにその電気も拡散してしまい、精々が数秒の足止めという程度だ。


 こうして彼らが前線で殿を務めて負傷者はなんとか退却することが出来たが、このままではジリ貧で押し切られるのは目に見えている。

 だが、それを解決するような画期的な作戦など無く、ただジリジリと押しつぶされるのを待つのみであった。




















 ・・・さて。


 ここで一つ、思い出して欲しい。

 この街にはレイが・・・いや、レイド(・・・)が、というべきだろう・・・追放し、覚醒を遂げたシオンという主人公が存在している。

 実際、彼が覚醒したその力を振るえば、今回の魔物の襲撃など一瞬で片がつくだろう。

 ではなぜそうなっていないのか?という疑問は当然あるだろうが、その答えは単純だった。



「―――シ、シオン!私達もいかなきゃ!街が襲われてるんだよ!?」


「む、無理だよ・・・!あんな大群の魔物なんてどうしようもない・・・!僕たちはここでおとなしく隠れてよう?」



 シオンという人間の根本は、正しく主人公と呼ばれる者達とは正反対であり、卑屈で、引っ込み思案、自分に自信が無いくせに認められたい。

 それがシオンという人間だった。

 本来であれば覚醒した力を存分に振るいこの町の英雄として担ぎ上げられていただろう彼は、この前のレイとの邂逅によって完全にその心をへし折られてしまっており、とてもではないが立ち上げれるような状態ではなかった。


 あの時のレイには明確な覚悟があった。


 どんなモノを犠牲にしても、マレット(あのこ)を護るという覚悟が。

 それは今の今までなあなあで流されてきた自分にはないものであり、そんな未知の感情を目の当たりにしたシオンが感じたのは「恐怖」だった。

 この人にはどうやっても勝てない。

 何をしたって無駄だ。

 そんな気後れ(ビビリ)がシオンの心に大きな亀裂を残した。


 故に―――



「―――も、モンスターが防衛線を抜けて来たぞぉ!?」


「あ、あぁぁぁ・・・う、うわぁあああああ!!?」


「し、シオンっ!?」



 こんな千載一遇のチャンス(ピンチ)ですら、シオンには立ち向かおうという気すらもない。

 シオンにとっての覚悟とはもはや恐れるモノという認識が根付いてしまっており、モンスターと対峙するということを恐れているシオンに、その選択を取ることは不可能だった。

 一般人に紛れて逃げ惑う今のシオンの姿を見て、英雄だの勇者だのと称える者はこの世には存在しない。


 寧ろこの姿を見たものは皆、口を揃えてこういうことだろう。




 ―――負け犬、と。




 そんなわけで、こんな有様の主人公サマ(シオン)は当てにはならない。

 元々、追放されて覚醒した主人公サマのために用意(・・)された筈のイベントは、本人の放棄という嘘みたいな理由で、最悪の結末を生み出そうとしていた。


 ・・・だが、この世界にはもう一人。


 主人公ではないにしても、それに類する覚悟を持った人間が存在している。

 それは件の主人公の心を見事にへし折った張本人であり、元々使い捨てられるはずだった、ただの舞台装置(かませ犬)でしかなかったはずの人間に、何の因果か乗り移ってしまった―――その人は。



 ―――ッッッドッォオオオオオンッ!!!



 誰がどうみても、英雄だと、勇者だと、ヒーローだと疑う余地のないタイミングで。



 緋色の翼からキラキラと舞い散る燐光と共に、砂煙の中から現れたのだった。



 ・・・



(や、やっと着いたぁ・・・)



 射出の勢いが収まり、何かの壁・・・屋根?・・・をブチ抜いて、俺は久々のように感じる地面の感触に感動していた。



『あれが今回のオモチャぁ・・・?確かにアイツ(・・・)のイヤぁ~な気配は感じるけど、あんなヘタレがお気に入りなんて、ホント変わってるわ』



 相変わらずお嬢のよくわからないその言葉を受け流そうと―――したのだが、お嬢が意識を向けたソイツは、紛うこと無くあのカフェで出会ったシオンという冒険者であり、ますます俺の混乱は深まるばかりだった。



『ん、まぁアレなら放置してても問題ないでしょ』



 困惑する俺を尻目に、お嬢はもうシオンに興味を無くしたらしく、もう一片たりとも意識を向けることはなく。



『―――となると次は、コイツらよね』



 次は俺の目の前に居たらしい魔物に意識が向けられた。

 熊のようなその魔物は、普通の熊よりも倍ほどの体躯を持つソイツは、紫色のけばけばしい体毛はかなり目に悪い。

 ・・・なんて、馬鹿なことを考えられるのも先程相手にしたケルベロスの印象が強すぎて、今更普通の魔物を相手にしても、恐怖よりも生態の観察のほうが先行してしまうような始末だ。

 決して余裕ぶっているわけではないのだが、そういう感想になってしまうのは感覚がおかしくなってしまっている証拠なのだろう。



『ま、こんな雑魚ならそのぐらいの認識で間違ってないわよ?』



 少なくとも、熊とか出会ったら絶望しか無いようなヤバい獣なはずなのに、ケルベロス戦での性能を見れば、確かに雑魚と言ってもいいのかもしれないが、そういう慢心はあまりよろしく無いのではないだろうか。


 ―――と、少し周りを警戒しようと振り向いた瞬間だった。


 俺の背中から撒き散らされていた燐光が、ほんのちょっと魔物の毛皮に触れただけで大炎上を起こした。



(・・・へ?)


『ね?』



 燃え上がった炎はすぐに鎮火した―――と思ったら、魔物は跡形もなく灰になって微風に流されていった。


 こ、この背中の翼そんなとんでも性能なの・・・?



『そりゃあ、これだって私の焔なのよ?雑魚が触れたら蒸発するに決まってるでしょ』



 いやいや!?

 こんなの人間が触れたらヤバい奴じゃ―――



『平気よ。基本的に敵意のある奴しか燃えないし』



 それって敵意のある人間は燃えるってことじゃあ・・・。



『・・・大丈夫でしょ!』



 おい、今の間は何だ!?



「た、助かった、のか・・・?」


「お、おい・・・。あれ・・・」


「騎士様・・・?」



 お嬢の無責任な言葉に、一抹の不安を感じていると周りが騒がしいことにようやく気が付いた。

 敵意とか懐疑とかではなく、まるで、日朝ヒーローの最終フォームを見た子どものみたいな、驚愕と唖然の綯い交ぜになったその視線は、徐々に熱をもって、強烈な歓声に変わった。


 ―――わあああああああああああッ!!!



「―――ぅわ!?」



 突如として湧き上がった歓声に俺は小さく悲鳴を上げるも、飲み込まれて掻き消えてしまうほどの大音量の歓声はただ歓喜に声を上げるだけだったものから、俺を称えるようなモノが混じり始めた。



「騎士様、ばんざぁーーーいッ!!!」


「まるでおとぎ話に出てきた英雄・・・いや、もしかしてこの騎士様は勇者なんじゃ!?」


「―――バッカ!ありゃどう見ても『騎士』って感じだろ!」


「緋色の翼を持つ騎士・・・【緋翼の騎士】ってのはどうだ!?」


「それだ!」


(な、なんじゃこりゃ・・・?)



 と、そんな感じですっかり俺を置いてけぼりにして俺をなんて呼ぶべきかと談義が始まってしまった。



『それより!外にまだまだ居る雑魚ども、さっさと蹴散らしに行くわよ!』


(お、おう!)



 そうして俺はまた空へと飛び上がった。


 そんな中でシオンは周りの熱気に着いて行けずに、ただ空から舞い降る燐光を眺めながめて、力なくその場にへたり込んでいた。



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