表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/49

16.「圧倒」


 気が付けば俺は、武器屋の中に戻っていた。さっきまでいつもの真っ白な空間に居たはずだが、お嬢にキスされて―――



『―――な、何思い出してんのよっ!』


「うぉ!?」



 不意に聞こえたお嬢の声に、びっくりしてしまって思わず後ろを振り向くが、そこには当然ぐちゃぐちゃになった店内が広がっているだけで、誰も居ない。

 確かにお嬢の声が聞こえたはずだが、一体どうなっているのだろう。



『一体化してるから、思考も覗けるし、念話も出来るわよ』


「あ、なるほどなぁ・・・。って、一体化ぁ!?」



 お嬢の解説に俺は納得―――出来るはずもなく。

 いきなりの超展開に、思わず頭を抱えようとして、俺は自分に起きた変化にようやく気がついた。



「えっ、ちょ!?なん、何だこれぇ!?」



 今の俺の姿は真っ赤な鎧・・・というか、パワードスーツみたいな・・・に身を包んでいて、傍から見れば日曜朝(ニチアサ)の変身ヒーローのような見た目に変わっていた。



『それはアンタ(レイ)のイメージする、戦う姿を私なりに再現した姿よ。ま、変身ヒーロー?で間違いないんじゃない?』


「ま、マジか・・・!?」



 先程まで負っていた肩と脇腹の傷の痛み・・・というか、傷ごと無くなっていて、動くことには支障無さそうではあるが、この急激な状況の変化に未だに思考が追いついて来ない。



『―――それよりも!アンタにはすることあるでしょ?』


「ッ!そ、そうだ!マレットちゃん―――ッ!」



 お嬢のその声を受けてようやく、自分のやるべきことを思い出して、急いで外へ出ようと駆け出そうと一歩踏み出した瞬間―――踏み出した右足は床板をブチ抜いて、とんでもない勢いで飛び出した体は床板どころか壁にギャグ漫画のような人形の穴を開けて、外へと飛び出した。



「―――う、おぉおおおぉッ!!!?」



 高速に流れる世界の中で、俺はなんとか体制を立て直し、ゴリゴリと地面を削りなんとか着地することに成功した。



「な、なんだこれ・・・!?」


『言い忘れてたけど、今のアンタの身体能力はあの犬っころぐらいなら指一本で倒せるぐらいに上がってるわ。だから力加減を失敗するとこうなるってわけ』



 今みたいにね。と、またさらっととんでもないことをいうお嬢。



(そういうことは早く言ってほしかったなぁ!?)


『ゆっくり説明してあげられる時間があるならそうしたんだけどね』



 内心で思った文句ですらお嬢には筒抜けらしい。プライベートという概念が崩壊していくのを感じながら、俺は急いでマレットちゃんの元へと走った。

 遠くからでもケルベロスの大きな図体はよく見えたし、俺が吹っ飛ばされた時に付いた血の跡を負って行けばすぐに目的地には辿り着く事が出来た。


 だが、俺がマレットちゃんの元へと辿り着いた時―――もうケルベロスの爪はマレットちゃんの胸を斬り裂いていて。



「ま―――」



 飛び散る鮮血が宙に舞い、マレットちゃんの目から光が失われて、ゆっくりと地面に沈み込んで行くその瞬間が、やけにスローモーションになって。


 その瞬間を俺の脳に焼き付つけた。


 もう間に合わないと分かっていても必至に手を伸ばした手が、マレットちゃんの体ではなく、ケルベロスの腕を掴んでいたと理解したのは、それから少ししてからで。

 同時に湧き上がったその感情(怒り)に身を任せて乱暴にその腕を振るうと、ケルベロスの体は紙くずのように、吹き飛んでいったのをその場で他人事のように眺めながら、地に伏したマレットちゃんの元へと駆け寄った。

 ぐったりと胎児のような体勢で倒れているマレットちゃんは、真っ赤な血に塗れて動かない。再度、マレットちゃんへ手を伸ばそうとして、思わず手を止めた。


 だって、怖かったから。


 守るべき人が、守りたい人が居なくなってしまう事を、理解したくなかったから。

 受け入れたくなかったから。



『―――安心しなさい』


(・・・え?)


『その娘、生きてるわよ』



 ありえない。そんな言葉が頭の中で反響する。

 だって、たった今、俺の目の前で。マレットちゃんは、死んだのだ。

 お嬢のその言葉に、躊躇していた手を伸ばして、マレットちゃんの頬へ触れた。



「―――っ!?」



 手甲のグローブ越しにも伝わる滑らかな肌の感触と、優しく暖かな人の体温。


 あぁ、確かに。



(生き、てる)



 確かに、生きている。



『確かに、この娘は一度死んだのかもね。だけど、一回死んだぐらい(・・・・・・・・)ならどうにでもなるもんよ』


(は、ははは)



 なんだ、そのインチキ(チート)

 そんなの、ありかよ。

 恐怖と不安、安心と安堵。

 その急激な落差に嬉しいと感じるのではなく、ただただ笑みが溢れた。



『ま、私じゃなかったら危なかっただろうけど?―――感謝しなさいよ?』


(―――あぁ、マジで愛してる!)


『んにゃ!?にゃ、にゃにいってんのよ!?』



 噛み噛みで呂律の回っていないお嬢の声を受けながら、立ち上がる。

 心の靄が晴れ、なんの愁いも無くなった俺の意識は、今正に目覚めたような感覚と機敏さを取り戻していて。

 後ろから迫っていたその足音にも、耳聡く感付いていた。



『っ!後ろ!』


(分かってる!)



 先程まで、視界に捉えることすら出来なかったケルベロスの攻撃は、今ではハエが止まりそうなほどスローに見える。最低限の動きで振り下ろされた腕を躱して、懐に入り込み、大きく振りかぶった右拳を右端の顔に叩き込んだ。

 瞬間、ケルベロスは先程の比ではない勢いで宙を舞い、一瞬にして視界から消え去り、それから数秒遅れてはるか遠くの場所から、きのこ雲のように巻き上がった土煙と、地震のような衝撃が伝わってきた。



「・・・やっべぇ」



 自分でやっておいて、冷や汗が流れた。

 この力は間違いなく人智どころか、この世界の枠にすら収まりきらないような、正しく超越的な力。

 現に、ただ小突いた程度でこの有様なのだ。

 ただの一般人が手にしていいモノの範疇を軽く超えている。



『―――悩んでる暇はないわよ』


「え?でも―――」


「「―――グルォオオオオオォォォオオオオッッッ!!!!」」



 遠く離れた爆心地から、大気を震わすような強烈な咆哮が土煙を払い飛ばし、その中に隠れていたケルベロスの姿を露わにした。

 先程殴りつけた右端の顔は真っ赤なザクロのように潰れていて、さっきまでは余裕綽々で俺たちを弄ぶようにしていたケルベロスは、自身の分身と呼べる1頭を殺され、残りの二頭の頭は怒りを露わにした恐ろしい形相で俺を睨んでいた。



(こっっっっっっっわッ!?)



 普通なら見えないような距離なのにも関わらず、今の俺にはそのケルベロスの姿を完全に捉えていて、そのとんでもない凶暴な形相に思わずビビった。



『犬っころ程度にビビらないのっ!』


(んなこと言っても・・・!)



 どうしたって怖いものは怖い。

 ガワは無敵かもしれないが、中身はごく普通の一般人。

 戦うなんてのはこれが初めてだし、さっきだって調子に乗ってたお陰で偶々上手く行っただけで、あんな怪物と戦えているように見えるのは、この鎧の性能があってこそだ。



『今更ビビったって仕方ないでしょ!それにアンタのやりたい事!もうわすれたの!?』



 ―――そうだ。


 今更ビビってどうする。

 アイツはマレットちゃんを傷つけた。

 それは許しちゃいけない。

 あの娘を守らなきゃ。


 そうやって必死に言い聞かせて、拳を握り込んで駆け出した。



(ってか武器!なんかないか!?)


『―――仕方ないわねっ!』



 そんな時に唐突に閃く意味不明の思考にお嬢は即座に合わせて、俺の手の中に緋色の燐光が集って、やがて一振りの剣を創り出した。



(これ、親父さんの剣!?)



 その剣は、俺にとって最も印象深い一刀。

 燃え盛る焔のような深紅の片刃剣。

 刀のように薄刃のその剣は、自分が今本当に持っているのかわからないぐらい俺の手によく馴染んだ。



『今レイと私を繋げてるのはこの剣なの!だからこの剣は好きに出せる!』


(よく分からんけど、使えりゃなんでもいいッ!)



 剣の使い方なんて全くわからない。

 それでも、素手と比べれば頼もしさは天と地だ。

 そうこうしている間に、ケルベロスとの距離はもう数メートル程になっていて。



「グルァアアアアッ!!!」



 ケルベロスの咆哮は遠くでも十分恐ろしかったが、間近で受ければその恐ろしさの意味がまた違ってくる。

 超大音量の爆音の衝撃は、容易に人の鼓膜を破り、頭の中をミキサーのようにシェイクする、とんでもない武器に早変わりする。


 俺もこの鎧を着ていなかったら、頭が破裂して死んでいただろうが、今の俺にはただ煩いだけで意味はないが、びっくりはする。



「グルラァ!!!」



 その一瞬の体の強張りは、戦場では致命的でケルベロスに先手を許してしまい、今度はケルベロスの攻撃を真正面から受けることになった。



「―――あれ?」



 先程吹き飛ばされ、死にかけた攻撃を正面から受けたにも関わらず、吹っ飛ぶどころか、逆に攻撃したケルベロスの腕があらぬ方向にへし曲がっていた。

 だが、それで終わるケルベロスではなく、打撃の効果がないと悟り、中央の頭が予め貯めていた灼熱のブレスを吐き出した。



(あっつ!・・・くない?)


『犬っころの吐息程度、そよ風と同じよ』



 そのブレスの威力は、地面の石を溶かし、砂をガラスに変えるほどの超高温のはずにだが、今の俺にとっては逆に丁度いい暖かさの暖房ぐらいにしか感じない。

 畳み掛けるように仕掛けて来たケルベロスだったが、その攻撃も全部俺には意味を成さなかった。


 心なしか先程まで感じていた怒りに任せた勢いは弱まり、少し腰が引けて逃げ出す準備をしているような―――。



「―――あっ!!!?」



 いや、マジで逃げたぞ!?

 完全に俺に背を向けて、脱兎の如く駆けるその姿は負け犬。

 今起こったことをいまいち理解出来ず、呆けていたがここでコイツを逃してしまったら、他で被害が出るかもしれない。


 俺は心を鬼にして、逃げるケルベロスを追った―――が、前足の折れたケルベロスは大したスピードも出ておらず、すぐに追いつけた。



(あれ?これ俺なんかすごく悪いヤツみたいに見えないか?)



 一瞬そんな思いが横切ったが、俺は躊躇せずにケルベロスに剣を振り下ろした。腰も入っていない、ただ上から下へなぞるように振り下ろされた剣は、ケルベロスに当たる・・・ことはなく。


 数センチずれたなにもない空間を斬り裂いた。


(外したぁ!?この距離で!?)


 別にそれ自体は恥ずかしいことではない。

 遅いとは言え、動く標的に合わせて攻撃するというのは存外に難しい。

 ましてや戦った経験どころか、剣を振ったことすらないズブの素人に、相手との距離を測って攻撃を当てるというのは、大分難易度が高いだろう。


 だが、問題は攻撃が外れたことではなく。



「―――え?」



 その振り下ろした剣から飛び出した謎のビーム・・・のように見える極細の焔が幾重にも束なってそう見える・・・が、ケルベロスを真っ二つに斬り裂いてしまったことだ。



「・・・え?」



 切断されたケルベロスの断面は焼け焦げて、血の一滴すら溢れていないが、確かに絶命していて。



「な、なにこれ・・・?」



 俺は何が起こったのか理解出来ずに、剣を振り下ろした体勢のままで、たた立ち尽くしていた。



『なにこれって言ってるけど、これもアンタのイメージしたことでしょ』


「いやいやいや!?俺こんなグロ死体製造できるようなモン想像できねぇよ!?」


『は?アンタ、剣からビームみたいなの出るってイメージあるでしょ?』



 スラーッシュ!ってやつ。と付け足すお嬢に、やっと思考が追いつく。

 昔見ていたバトルアニメの主人公が、「〇〇スラーッシュ!」っていいながら、剣からビームみたいな衝撃波を出す技があった。

 よく見れば、今のビームもそんな感じに見えなくはないが、威力が段違いというか、あまりに殺すことに特化しすぎた性能になってしまっている。



「いやあるけど!?こんなやべぇ性能じゃないって!?」



 少なくともちびっこ向けのバトル漫画でこんな技使ってたら、トラウマになる。

 そういうのはここぞという時に使う必殺技であって、通常攻撃でガチで必殺してどうすんだ。



『な、何よ・・・。頑張ってレイのイメージに合わせたげたのに・・・』


「ご、ごめんって!」


『いいもん、いいもん・・・』



 お嬢のことを非難したつもりはなかったのだが、ちょっとしょんぼりさせてしまったことに罪悪感を感じながら、遅ればせながらに謝ってみるが、こういう時一度拗ねてしまったお嬢はなかなか機嫌を直してくれない。


 どうしたものかと思案していると―――



『―――ッ!この、気配・・・!』


「う、ぉ!?」



 ケルベロスなんて比じゃないぐらい、嫌な気配がどこからか漂ってきていることに気がついた。そ

 れは、点在したいくつかの場所から発されているらしく、その一つは親父さんたちが避難した近くの街―――シピオの街からも感じた。



「お嬢、今のって!?」

 

『私の大っ嫌いな(・・・・・)ヤツの気配よっ!ここまで露骨に動いてるってことは、今回のオモチャ(・・・・)には相当ご執心らしいわね!』



 お嬢にここまで言わしめるヤツに興味が湧いたが、今のお嬢は相当お冠らしく、いじけていたことすら忘れて頭に血が上ったようになってしまっている。



『人がへこんでる時に、どいつもこいつも(・・・・・・・・)好き勝手して・・・・ッ!』


 あ、それは忘れてなかったらしい。

 寧ろへこんでいた時に更にイラつく事が立て続けに起きて、その蓄積した怒りが爆発した、みたいな感じだろうか?



『いいわよ!上等じゃない!―――レイ、行くわよ!』


「お、おうっ!?」



 どちらにせよ、親父さんの安全も気になる。

 だけど、気絶したマレットちゃんも気になるし、一体どこから―――



『―――そんなの、簡単じゃない』


「へ?」



 お嬢の弾んだようなその声に、とても嫌な予感を抱いた俺を知っていながらお嬢は続けて言った。



『この辺りの魔物、全部倒しちゃえば解決!でしょ!』


「いや、む―――ッ!?」



 お嬢の顔が見えたなら、きっと満面の笑みを浮かべているんだろう。

 だけどそんな無茶なことが通るわけがない。

 そんな否定の言葉を否定するように俺の体は―――



「はぁああぁああああああ―――ッ!!!!?」



 ―――一瞬にして上空へと打ち上げられていた。



(ヤバイヤバイヤバイヤバイッ!!?)



 重力に任せて急速に加速し、自由落下する俺の背中から、尾を引くようにたなびく緋色の(つばさ)が、俺の感情(おもい)に呼応するように一層勢いを増し、まるでバーニアの逆噴射のように空中で俺の体を支えた。



(あ、あっぶねぇ・・・ッ!!?)



 地に足のつかない状況に恐怖と不安を感じつつ、必至に手足を泳がせてバランスを保っていると、突如として強烈に噴射した焔が俺の体を弓なりに吹き飛ばした。

 傍から見れば、これを飛んでいると表現する事はできないだろう。


 強いて言うなら・・・撃ち出されてる、って感じだろうか?



『―――さぁ、行くわよ!』



 ただ、まぁ。

 そんな事を気にするのは俺だけらしく、お嬢は元気いっぱいにそう言ったけど。


 ―――これだけは言わせてほしい。



「人は飛べるようにできてませぇええええええん!!!?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ