14.「防戦」
聖皇国 北東 シピオの街。
魔族たちの襲撃の知らせを受け、すぐに防衛線を敷くこととなった冒険者たちは平原を埋め尽くすほどの大群の魔物たちをなんとか食い止めていた。
「おいッ!そっち抜けたぞ!?」
「こっちも手一杯だってーのッ!!?」
普段パーティーで活動していないソロの冒険者たちも臨時でパーティーを組み、魔物たちの対処に当たっているが、所詮は即席パーティー。
マトモなな連携が取れる訳でもなく、数体の魔物は防衛線をすり抜けて街へ侵入しようとしている。
当然、街を囲う外壁はあるが、中小規模の街の外壁など、せいぜい低ランクの魔物の侵入を予防する程度で、この様な大群の敵を想定して作られている訳ではない。
侵入防止用の門などはあるが、これはあくまで人間や馬車のためのものであり、魔物に対してはあまりに頼りない。
「あああああッ!!!手が足りねぇ――――!!!」
それに、飛行能力を持つ魔物もこの大群の中には混じっている。
いつもなら後方で支援してくれる後衛が、それらの対処を強いられているため、どのパーティーも四苦八苦している。
そんな中で他のパーティーをカバー出来るほど周りの冒険者達も余裕はない。
そんな中で、研修生であるハフト達も、当然戦っていた。
「はっ!!!」
街の正門へと突撃しようとしたイノシシのような魔物を横薙ぎに切り裂き、両断する。
あっという間にグロ死体を作り上げたハフトは返り血も気にせず、そのまま前線に加わった。
「やるじゃねぇか!研修生!」
立ち並ぶ壮年のベテラン冒険者は、目の前の魔物の首を跳ね飛ばしながら、賞賛を送るも、気の利いた言葉を返せるほど今のはハフトに余裕はなかった。
「とんでもない研修もあったものだ、なッ!!!」
「はっはっは!最近の学園は甘ちょろいからな!これぐらいで丁度いいのさ!!!」
彼らも実習で魔物との戦闘訓練を行うが、あんな物はただのおままごとなのだと思い知らされる。
教官と引率の冒険者を引き連れ、常に安全な状態で行われるいつもの訓練と違って常に危険と隣り合わせで、どこから敵がやってくるのかすら分からない。
こんな状況の方が稀だろうが、これが戦闘の本質であるというのはなんとなく理解出来た。
「全く、だッ!!!」
だからこそ、ハフトはその言葉を否定しなかった。
そして、今この瞬間を乗り越えれば、自分はさらなる高みへとたどり着けるだろうということも。
―――ハフトには夢がある。
それは生きている限り大なり小なり皆抱いているモノだ。
冒険者になりたい。
魔法使いになりたい。
騎士になりたい。
鍛冶師になりたい。
この場にいる冒険者たちも、この街に住む者たちも。
明日を生きるための希望を抱いて戦っている。
そんな人達を、街を守りたい。
ありがちな行動原理だが、単純だからこそ曲げてはいけない。
迷ってはいけない。
姉がよく言っていたその言葉の意味が、今になってようやく理解出来た。
故に、ハフトは戦う。
自分の信念を守るために。
恐怖など怖くない。
自分には、肩を並べて戦ってくれる仲間がいるから。
「はぁッ!!!」
苔むしたカニのような魔物の固い外殻ごと叩き斬る。
以前の剣であれば刃が欠けるか、折れるかしていただろう。
(ありがとう!マレットくんッ―――!)
意図せずマレットに救われたことを感謝しつつ、ハフトは戦場を駆ける。
「大丈夫かッ!!!」
「す、すまん・・・!助かった―――ぐぅッ!?」
どこもを見渡しても魔物だらけで、きりが無い。
その中でも押され気味になっている所を重点的に援護に入るも、戦闘が長引くに連れて物量の差がモロに出始めていて、前衛を担当している者たちに少なくない数の負傷者が出始めていた。
「歩けるか!?」
「な、なんとかな・・・!すまんが、後は任せた・・・!」
「任せろ!」
とは言ったものの、この数を捌くのは流石に厳しい。
「―――せんぱぁ~い!?下がってぇ―――っ!!?」
内心でヤバいかもなと冷や汗を流していると、後ろから聞き慣れた声が聞こえた瞬間、本能的に危機を感じ取り咄嗟にその場から大きく飛び退いた。
「・・・どーん」
―――直後、天から赫色の雷が周囲の魔物を一気に焼き払った。こんな過剰とも言えるような火力の魔法が使えるのは彼の知り合いには一人しか居ない。
「―――ちょッ!?リムくんッ!?今完全に僕ごと行こうとしてなかったかい!?」
「してない。ちょっと掠る程度」
「してるじゃないか!?」
視線を後ろの外壁に向けると、いつもどおりの無表情の銀髪の少女―――リムはハフトへ両手で作ったピースサインを向け、その横では茶髪の少女が苦笑いを浮かべていた。
「ま、まぁまぁ!魔物も倒せましたし、いいじゃないですか!」
「そーだそーだ」
「そうやってエマくんはいつもリムくんを甘やかす―――!」
リムの隣で控えるエマは怒るハフトをあやしている横で、ピースサインを目の横にやって「ダブルピース苔カニさん」とかやっている。
この場にそぐわない緊張感のないやり取りだが、無意識に気が立っていたハフトの心を平常に戻してくれた。
「おーい!お前ら!今まで以上の大群だ!負傷者も多い!一旦前線を下げるぞ!」
そうわざわざ彼らに話しかけてきたのは、ハフトが最初に肩を並べていた壮年の冒険者だった。
ここら一帯の魔物は先程のリムの魔法で一時的に殲滅できた為、負傷者の搬送も無事に終わったらしい。
とはいえ、前衛で出ばれる者たちが居ない以上、戦線の規模を縮小する必要があるのにも関わらず、相変わらず平原の向こう側には数えるのも億劫になるぐらいの魔物がなだれ込んで来ているのを見ると、こうして呆けて居るわけにもいかない。
ハフトはその場を迅速に離れ、臨時の基地となっている街の衛兵たちの詰め所へ向かった。
・・・
「―――ポーションが切れた!治療魔法使えるヤツは来てくれ!」
「携帯食糧あるだけ持ってきてくれ!このままじゃ患者の体が耐えきれずに死んじまう!―――あぁ!?口開かねぇだぁ!?無理やり捩じ込んで水で流しこめッ!」
辿り着いた詰め所の中は、負傷者で満員になっていた。
普段、衛兵たちが使っているであろうベッドには所狭しと負傷者が寝かせられ、それでもベッドが足りないためか、テーブルやベンチなどをくっつけてベッドの代わりにして居たり。
軽傷者は地面に胡座をかいて、治療魔法受けたり、包帯を巻かれていたりと、さながら野戦病院のようになっていた。
ここを取り仕切っているのは、この街の医者たちだが、よく見れば一般の人間たちもチラホラと見かける。
どうやら有志の方たちが集って、後方支援をしてくれているらしい。
奥の食堂・・・訓練場に簡易のかまどなどを設置して炊き出しを行っている・・・では、無料で食事が提供されていたり、ありがたい限りだ。
元気な者たちは皆、その食事の香りに釣られて訓練場に集って、あちこちでいくつかの塊を作って食事をしているようだ。
ハフトもエマたちを探し、訓練場の入り口で見渡すと、こちらへ向かって手を振っている茶髪の少女が見え、そちらへと歩み寄った。
「先輩、ここです!ここ!」
いつものメンツとなった3人はようやく安心したように、その場に腰を下ろした。
もうすでに食事を摂っていたらしいエマたちは、脇においていたボウルと半分に分けられたパンをハフトに差し出した。
「はい、先輩の分です」
「ありがとう」
エマはこういう時本当に気が利く。
ありがたくそれを受け取り手早く食事を摂り始める。
「・・・意外と元気そうで良かった」
「先輩方が頑張ってくれたからね。実のところ僕はそんなに怪我してないんだ」
「こっちも同じですね。特にリム先輩は手加減できないんで、対空よりも前線の支援が多かったですけど」
「リムくんはやれば出来るにやろうとしないからな」
「真の魔法使いは全力ブッパが基本。小手先なんて小賢しいことはしない」
みんな疲れているが、気持ちが昂ぶって居るのか、食事をしながら他愛のない会話やら、各々の戦況報告やら色んな事を話した。
それは周囲の冒険者達も同じらしく、あっという間に訓練場内はガヤガヤとした喧騒に包まれていった。
その喧騒の中には、ネガティブなものやどこから聞きつけたのか分からないような噂話まで様々な声が混ざっていた。
『―――今はなんとかなってるが、このままじゃあ厳しい・・・』
『―――まだ街の外れの方は避難誘導が終わってないらしい。あの辺は魔物も少ないだろうから平気かもしれないが・・・』
そういう時、不思議なことにネガティブな情報や重要なモノははっきりと聞こえるもので。
(マレットくん、無事で居てくれよ・・・)
思わずハフト達はマレットの無事を祈らずには居られなかった。
・・・そんな漠然とした不安は。
―――最悪の形で的中してしまうことなど、彼らは知る由もなかった。
~~~
情報通達が遅れ、ようやくレイ達が避難を開始し始めた頃、ソイツはやって来た。
ソイツはシピオの防衛線に雪崩込んできていたような魔物の大群ではなく、たった一匹で穏やかだった日常のすべてを破壊し尽くした。
人よりも3倍は大きい筋肉隆々の体躯。
涎と炎をを撒き散らす3つの凶悪な犬の顔を持ったその魔物は、「ケルベロス」。
危険度Sランクに分類される、厄災。
どうしてそんな魔物がこんなところに?
そんな疑問よりも先に動いたのは―――マレットだった。
未だにトラウマに蝕まれている彼女にケルベロスに立ち向かえるほどの力など無いことなど分かっていた。
それでも、そうせざるを得なかったのは、彼女以外に立ち向かえる人間が居なかったというのが大きな理由の一つではあったが、その時の彼女は全く違うことを考えていた。
(―――私も、レイさんのこと守りたい)
そんな誰かを思う一途な気持ちが一時的に、彼女の恐怖を克服させ、彼女の眠れる力を呼び起した。
―――が。
「きゃあ!?」
―――あまりに相手が悪すぎた。
未だ発展途上のマレットに、ケルベロスと対等に戦えるほどの力はなかった。
物語の主人公たちのように、都合よく目覚めた力で強大な敵を打ち倒す、なんてのは夢のまた夢。
それでも、圧倒的な格上を相手に、周りの者たちが避難する時間を稼ぎ、一矢報いたのだ。
十分過ぎるほどに善戦した。
だから―――マレットはもう満足していた。
(こんな怖い相手に立ち向かえたし、みんな守れたし。よく頑張ったよね、私)
剣は折られ、体もボロボロ。
眼前に迫ったケルベロスの爪を前にして、彼女が出来たのはそれだけだったから。
―――だが、マレットにその爪は振り下ろされることはなく。
「ぐッ!?―――ぅッ!!!」
振り下ろされたケルベロスの爪の横から飛び出した人影が、マレットの小さな体を掻っ攫っていぅて、そのままの勢いで駆け出した。
来るはずの死に思わず目を瞑って居たマレットは、濃厚な血の匂いに思わず目を開け、驚愕した。
「な、なんで―――!?」
マレットを救った人物は、彼女が1番守りたかった―――レイその人だったからだ。
レイはマレットを助けるために無茶な事をした代償に、彼の右肩は大きく切り裂かれて、止めどなく血が溢れ出していた。
相当な激痛にあるはずにも関わらず、レイはマレットを取り落とすことはなく、逆に力強くマレットを体を支えた。
「大丈夫、そうで、良かった」
出血のせいなのか、ここまで走ってきたせいなのか、レイは激しく息を切らしながら、ぎこちない笑顔を浮かべて、マレットを優しく地面へと下ろした。
「わ、私なんか庇ったから、レイさんが、そんな・・・!!!」
「なんか、じゃないよ。マレットちゃんが、頑張ってくれたから、みんな逃げられたんだ。ホントに、カッコイイと思った」
できるだけ逃げて見たが、レイの血の匂いを辿り、すぐにヤツは追いついてくるだろう。
「で、でも―――ッ!」
「・・・それに、前に言ったろ?」
レイの望みは、最初からその一点だけだった。
「―――君は、俺が、守るって」
これがただ死にに行くだけの戦いなのは、分かっていた。
それでも、こうしなきゃいけないような気がして。
迫ってくるケルベロスの爪が、えらくスローに見えた。
それが避けられないことは理解出来たし、マレットちゃんも助けに入れない位置にいる。
(あ、死んだ)
この世界に来て、二度目の死の気配。
一度目は、お嬢にふっ飛ばされて地面をバウンドした時だったっけ。
二度目も―――また。
強烈に感じた圧倒的な衝撃と、風を切る感覚と遠ざかっていく視界。
浮遊感と相まって、横に落ちて居るような錯覚。
くの字で吹き飛ばれた俺は、木製のドアをブチ破り、水面を跳ねる石のように地面に叩きつけられること数回。
以前と違うのは、全身の骨を砕かれたような痛みと、内蔵をシェイクされたみたいな強烈な不快感と吐き気があること。
けたたましい金属音とともに、地面に突き刺さる刃の雨が俺の周りに降り注いでいること。
そして―――
「――――っぅぁ・・・」
―――まだ、気を失っていないことだった。
だが、すでに全身の痛みはすでに感じなくなっていて、代わりに強烈な熱量に目の前が歪むような錯覚に意識が朦朧として、マトモに思考が回らない。
それでも。
―――どうしても立ち上がらなければならないような気がして、手を伸ばした。
「―――全く、アンタはいつも無茶ばっかり。ホント、世話焼けるんだから」




