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12.「剣を打ってみろ」


 連日降り止まない雨をリビングの窓越しに眺めながら、俺は誰にも聞こえないように静かにため息を吐き出した。

 息が詰まる様な沈黙に、じめっとした湿度が相まって、


「・・・困ったもんだ」



 そんな俺を見てか、親父さんも釣られてため息を吐き出した。



「すいません・・・マレットちゃん、余計に落ち込ませたみたいで―――」



 あの後、俺達はすぐにあの場を立ち去った。

 あんな事があった後では流石に引き止めることも出来なかったのか、アンとシオンは追いかけては来なかった。

 疎らに降る雨の中を濡れながらひたすらに走って、辿り着いたのは我が家だった。



『レ、イさっ―――』



 乱れる息遣いが支配する空間で、俺は―――口を開くことが出来ずに。

 逃げるようにして、マレットちゃんへと背を向けてしまった。

 今思えばなんであんな事をしてしまったのかと後悔ばかりしてしまうが、今更どうしようにも結果は覆せない。

 後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。



「―――いや、それはいい。解決した」


「・・・え?」



 ホントに今死ぬほど後悔することになっているのだが、親父さんは俺の想像とは反対の答えをさらりと言い放った。

 俺は結局何も出来ていない。

 寧ろマレットちゃんに救われて、守られて。

 現在進行系で心配をかけてしまっている。



「お前さんが体を張ってくれたみたいだからな。随分とマシな面になった」


「そう、ですか・・・?」



 まるでマレットちゃんの悩みが俺へとすり替わってみたいだが、それでマレットちゃんが良くなったのなら、俺としては良いことだ。

 俺の問題は、きっと時間がどうにかしてくれるだろうから。


 俺はもう割り切っている。



「―――それよりも、問題はお前さんだ」


「・・・」



 だから俺の今抱えている問題とは。

 それは過去の件ではなく、今のマレットちゃんとの微妙な関係だ。

 あの一件以来、マレットちゃんとギスギス・・・というか、俺がなんとなくバツが悪くて顔を合わせ辛いだけだが・・・してしまっていて、前以上にリビングの空気は重くなった。


 今日もそんな空気を察してかマレットちゃんは早々に部屋へと戻ってしまい、こうして親父さんと二人で話している、というわけだ。

 この問題に関しては俺もいつもどうしたものかと頭を悩ませていて、今ではマレットちゃんの代わりに俺がぼーっと考え事をすることが増えてしまった。


 仕事に支障を来す程ではないにしても、このままではいつか致命的なミスをしでかしそうで怖い。

 早急に解決したいことではあるが、なかなかうまく行かないというのが現状だ。



「・・・全く、仕方ない奴だ」



 業を煮やした親父さんが大きなため息を一つ吐き出して、席を立ち上がって、俺に顎をしゃくって、付いてこいと促した。

 一体どうしたのか、全く状況を飲み込めないままに俺は親父さんの後を着いて行くと、そこは未だ熱気の覚めやらぬ親父さんのホームグラウンド―――鍛冶場だった。



「―――此処で働きだしてどれぐらい経った」


「え?っと・・・半年ぐらいっすかね?」



 突然の質問にうまく働かない思考を懸命に動かして、なんとか記憶を手繰った。

 思えば、もう俺はこの世界にやって来て半年も経っていたのかと、少し感慨に浸っている俺を見やって、



「そうだ。半年、たった半年だ。その短い期間にお前さんは俺の予想を上回る速度で様々な事を吸収した」



 今じゃどっちが店主だかわかりゃしない。と皮肉めいた笑みを浮かべる親父さんからは、自虐ではなく真っ直ぐな称賛を感じて。

 今までこんなに直接的な言葉を向けられたのは初めてで、なんだか照れくさくなって、手持ち無沙汰に後頭部を撫で付けた。



「そんなことないですよ・・・。俺は親父さんみたいな鍛冶の腕があるわけじゃないし、ただ俺の出来ることやってるだけで―――」


「・・・なぁ、お前さん。本当にただのバイトが半年やそこらで鉱石の見立てやら、あんな見事な研磨が出来ると思うか?」


「―――う」



 照れ隠し気味に返した言葉は、さらなる墓穴を掘るだけで。

 俺は思わず言葉を詰まらせた。

 親父さんに認められた嬉しさや、何故かもやもやと感じる気恥ずかしさに思わず顔をそらした。



「た、ただの見様見真似ですよ・・・?」


「だとしても、だ。いや、だからこそか?どちらにしても、このまま埋もれておくにはあまりに惜しい才能だ」



 それでも、必至に否定する俺に親父さんは不敵な笑みを浮かべ、続けて言った。



「だから―――そうだな」



 そう前置いて親父さんは、おもむろに立てかけられたハンマーの一つを手に取って、まるで受け取れと言わんばかりに柄を俺の方へと向けて―――。

 



「―――剣を打ってみろ」



・・・


 突然だが、鍛冶と聞いてどんな仕事なのかスムーズに想像できるだろうか。

 俺も此処で働き出す前までは、熱した鉄をハンマーでカンカンして水につけてる、ぐらいの印象しかなかった。

 だが、実際の作業風景を前にして思ったのは想像の100倍壮絶で厳しい仕事だということだ。


 まず、鍛冶の始めにやる作業は、高温で熱した元になる鉱石を鎚で叩き、硬い金属と柔らかい金属の選別を行う。

 始めから高温で熱して剣の形にしようとすると、鋼に含まれている不純物や、硬度(炭素量によって生じる性質がことなる)の不均等な状態で叩くとうまく纏まらず、バラバラに砕けてしまう。


 それを防ぐためにやるのがこれ。

 熱した鉱石を叩いて、硬い金属と柔らかい金属を選り分ける。

 硬い金属は鎚で叩くと割れるが、柔らかい金属は割れない。

 そうして、ある程度選り分けた鉱石の硬い部分を剣の外側、柔らかい金属を剣の中心で使い分ける。


 この時点で、未だに剣の原型どころか、纏まった金属にすらなっていない。

 この時点で相当気の滅入る作業であるというのは分かってもらえたと思うが、ここからが本番。

 次は鍛冶で一番印象深いであろう鍛錬の工程へ移る。

 本来は間にまだまだ過程が挟まるのだが・・・、今回はまぁいいだろう。


 重要なのはこの鍛錬という過程が一番キツく、辛いということ。

 赤熱し、軟化・・・と言っても十分固いが・・・した鋼を鎚で打ち据え、刃の形へと成形していく。


 のだが、これが思ったように行かない。


 視界が歪むほどの熱気に、肌を焼かれ。

 飛び散る超高温の鋼に怯える。

 かといって、腰の入っていない鎚を振るえば、まともに成形は出来ないし、歪な鉄の棒が出来上がってしまう。


 何度も何度も熱して冷やしてを繰り返してしまえば、剣の形を繕うことすら出来ずに、壊れてしまうこともある。


本当に途方も無い作業だ。

親父さんに鍛冶を習いだして、からあっという間に一週間が過ぎたが、未だにマトモな剣の形を作ったことすらない。

 今は親父さんに補助と指導、手直しをして貰ってこれでは話にならない。


 だが、これは当然とも言えることだ。

 本来であれば年単位、もしくは十数年単位で修行を積んでやっと一人前と呼ばれる様な世界なのだ。

 それを数日やそこらで満足の行くような―――親父さんの作品のようなクオリティの物を作り上げるのは不可能だというのは分かっていた。


 だが、俺には急がねばならない理由があった。



『マレットの使っていた剣、大分ガタが来ているみたいでな。新しい剣を見繕ってやって欲しい』



 マレットちゃんが持って来ていた荷物の中に確かに剣の柄のようなものが飛び出ていたが、あれは彼女が普段使っている武器である、バスタードソード(片手半剣)もののだったらしい。


 因みにガタ、というのは単純に手入れ不足によるもので、入院していた期間と、帰って来てからの間、確かにマレットちゃんがその剣を手入れしているところを見たことはなかった。


やはり、トラウマのことを引きずっていたのだろう。

 戦いうことを恐れているマレットちゃんにとって、戦うための道具など見たくもなかったはずだ。

 親父さんのような鍛冶師を目指して学園に入学したというのに、今は武器を見ることすら忌避してしまっている現状は本当に辛かったはずだ。


 もしかしたら、その忌避感をどうにかしようと進んで手伝いをしていてくれたのかもしれない。



『武器は基本使い捨てだ。どんな名剣だろうと、手入れを怠れば錆びるし欠ける。手直しを加える事も出来なくはないが、折角だ。この際新しく作ればいい』



 一生涯使える一点物、というのは自分が丁寧に手入れするから使えるだけで、どうあっても形あるものはいつかは壊れてしまう。

 それが、戦うための道具であれば尚の事だ。

 だが、そんな命を預かるような重要なことを俺なんかに任せてもいいのだろうか。


『当然、俺も出来る限り教えてやるつもりだし、何から何までお前さんに任せる、なんて酷なことは言わん・・・どうだ?』


 不安は当然あったが、親父さんの気遣いを無碍にはしたくなったし、そしてこのまま微妙なままマレットちゃんと別れたくなかったし、なによりマレットちゃんの努力に報いてやりたかった。


 だから、俺は決意した。



『―――お願いします!』



 とはいえ、気合や意志でどうにか出来るようなことでもなく。



「こんな調子じゃ、あと一週間でマトモなものなんて作るなんて・・・」 



 タイムリミットは刻一刻と迫ってきている。

 それを過ぎれば、マレットちゃんはまた学園へ戻ってしまう。

 それまでになんとかしなければ、



「・・・いや、そうでもない」



  大した進歩を感じられない現状に、焦りを募らせる俺とは対象的に、親父さんは何か手応えを感じているらしいが、俺がその呟きに気付くことはなかった。

 親父さんは真面目な表情で俺の手元にある歪な塊を睨みつけて、顎に手を当てて物思いに耽っていたが、すぐにいつもどおりの仏頂面に戻って俺へ続けるように促した。



「―――もう一度だ」



 まるで闇の中を手探りで進んでいるような不安を感じつつも、俺はもう一度鎚を振るった。




 

 

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