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11.「もう俺の前に現れないでくれ」


(なんで今なんだ・・・!)



 鬱陶しく絡みつく過去が、いつもいつも幸せの邪魔をする。

 ただ、小さな幸せに向かって努力する人間を、どうして放って置いてくれないんだ。



「アンタッ―――今までどこに行ってたのよ!」



 ・・・あぁ、分かってるさ。


 これは身から出た錆だ。

 俺の不用意な行動が招いた結果だ。

 心のどこかでいつかはこうなるような気はしてた。

 でも、いつかコイツらとまた向き合って、話し合えたら良いな、分かり合えたら良いな。


 そんな淡い希望を望んでいたのはきっと、俺だけだった。



「急に訳分からないこと言って飛び出して―――ッ!」



 結局俺も、コイツらと何ら変わりない。



「私達がどれだけ探したと思ってんのよッ!!!」



 自分本位で自己中心。

 都合のいい妄想に浸って、解決したような気分になっていただけ。


 きっとそれは悪いことじゃない。

 自分のために生きれない人生なんて空虚なだけだ。



「アンタが居ない間活動できないって言われるし、面倒な書類は届くし、協会側からシオンの追放はもう受理されたから取り消すのは無理だなんて言われるし、全部アンタがやったことでしょッ!?なんとかしなさいよ!」


 それでも、少しぐらい自分に向ける思いを俺に向けくれたって良いじゃないか。

 なんで俺ばっかりがこんなに責められなきゃいけない?


 お前らにだって原因は合ったはずだ。

 俺が「シオン」を蔑ろにしただとか、言っていたがお前らは俺を蔑ろにしているじゃないか。

 いつだってお前らは俺の話を聞こうとしなかったじゃないか。



「それに見たわよ!あの部屋の大金!どうせパーティーの資金、横領とか―――」



 だから、だから、俺は――――



「―――大丈夫だよ」



 思考の深海に溺れかけた俺を引き上げてくれたのは、マレットちゃんの小さな手だった。いつの間にか爪がめり込むほど強く握り締めていた拳に、そっと包み込むように、その小さな手のひらから伝わる体温は、暖かくて、優しい。

 それでいて、頼りがいのある力強さ感じられた。



「さっきから聞いてれば、自分勝手なことばっかり!恥ずかしくないの!?」



 俺にだけにしか聞こえない小さな声でたったそれだけ言って、マレットちゃんは尚も俺に罵声を履き続ける()パーティーメンバーの女を睨みつけた。



「なッ―――!?何よアンタ!部外者は引っ込んでなさいよッ!」


「私、部外者じゃない!レイさんの家族だもん!」



 そう返されるのは想定通りだと言わんばかりにマレットちゃんは即座に反論してみせたが、想定通りだったのはあちらも同じで。



「レイドの家族ぅ?」



 はん、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、あくまで上から目線を崩さず女は続けた。


「アンタみたいな子どもが、私達の話に首突っ込んでんじゃないわよ!」


「貴女のコト何も分からないし、知りたくもないけど!貴女がレイさんを傷つけるなら、私許さないから!」



 子どもと言われカチンと来たのか、マレットちゃんは少し怒ったように捲し立てた。



「アンタがレイドになんて言われたのか知らないけどね!コイツはパーティーメンバーを勝手に追放して、挙げ句に数ヶ月も雲隠れしてたのよッ!?そんなヤツ―――」



 が、そんな事知ったこっちゃないとばかりに、興奮しているのか赤くなった顔で声を荒げてマレットちゃんへと脅すように迫った。



「そんなの、貴女がレイさんのこと何もわかろうとしなかったからでしょ!ホントのレイさんは―――」


 それでも、マレットちゃんは一歩も引くことはなく、真っ直ぐ自分の思いを口にして、真っ向から強い意志の宿った瞳で女を睨み返した。


「―――すっごく真面目で、優しくて、凄い人なんだからっ!」


 だが、そんなマレットちゃんの訴えは―――


「・・・あ、あはははッ!?レイドが真面目で優しい?そんな訳無いでしょ!コイツはシオンのこといつもバカにしてるようなクズよ!」


 ―――コイツには届かなかった。


 正直、マレットちゃんには悪いが分かっていたことだった。

 コイツには理屈は通じない。

 常に自分の思い通りに世界が変わると思っているコイツは、正論すらも自分の理屈で捻じ曲げる。

 目的のためなら平気で人を貶しめ、バカにする。


 純粋で優しいマレットちゃんには、きっとコイツの思考は理解出来ない。

 きっと、優しいマレットちゃんはまだどこかで分かり合えるのだと思っていたのだろう。


 でも、無理なんだよ。


 コイツは、どうやったって相容れない存在なんだ。



「―――ッ!!!もう、許さな―――」


「―――ど、どうしたの?アン?なんだか騒がしいけどっ―――!?」



 今にも飛びかかりそうなマレットちゃんに空気を読まず、横槍を入れたのは見たこともない白髪で中性的な顔をした青年だった。

 その青年はアン・・・元パーティーメンバーの女・・・とマレットちゃんを見た後、俺に視線を向けた。


 その時、丁度俺とそいつの視線がかち合った。


 瞬間、ドクン、と心臓が飛び跳ねるような、そんな感覚に陥った。

 そして俺は、そいつが誰だか不思議なことに、理解出来てしまった。



「し、おん・・・?」



 状況証拠とかそんな推理じみたものじゃない。

 もっと根本的なナニか。


 感覚、勘、第六感。

 言い表せないナニかでもない。

 そんな心の奥底に埋まっていた、確かな感情。



「レ、レイド!?なんで―――!?」



 その感情を敢えて言葉にするなら、嫌悪感。

 このアンという女にも、この感情は始めから存在していた。

 何があっても相容れない、好きになれない。

 そんな確かな予感が、俺の胸の中を支配していた。



「シオン!レイドのヤツ、見つけたのよ!」



 今まで振りまいていた悪意は成りを潜め、かわりに媚びを売るような不快な猫撫で声でアンはシオンへとすり寄った。

 あぁ、なるほど。


 ―――これは、無理だ。吐き気がする。


 今この場で一番存在してはいけない私情(おもい)を優先して平然と目的をすり替える。

 怖い、気味が悪い。

 そんな思いよりもただただ、呆れた。


 こんなヤツに、こんなヤツらに。

 俺のパーティーはめちゃくちゃにされた。

 どこまでも間抜けな自分に、嘲笑した。

 するしか、なかった。



「そう、なんだ。それで、えっと、どうしたらいいのかな?」



 コイツは明確な意志もなく、ただされるがままに、流されるままに、ただ自分の意志だけを通そうとしている。


 俺はお前にとっての最終目標なんだろう?

 お前からしたら悪の親玉、元凶のはずだ。

 なんでお前は此処に居る。

 どうして、そんな無責任で薄っぺらな言葉を吐き出せる?


 コイツは、破綻している。

 自分の意志はあるのに、中途半端に周りに合わせて場面場面で自分の考えすら変えて、一体何がしたいんだ。

 バラバラの意志が噛み合はずもなく、ただちぐはぐにそれらしい言葉を並べた会話ですらないやり取りは、ただ違和感しか感じない。



「そもそも今回の追放自体おかしいの!それはレイドが協会に賄賂でも渡してシオンの追放をゴリ押ししたに決まってるわ!証拠に、部屋にあったあの大金!あんな大金、一体何に使う気なのかと思ってたけど、そのためだったのよ!」



 自信満々に名推理だと言わんばかりにそういうアンは、勝ち誇った様な目で俺を見ていたが、別に、図星でもなんでも無い。

 わざわざ大金積んでシオンを追放するメリットが全く無い上に、賄賂と言うならもうその金はもう俺の手元にはないはずだ。

 少し考えれば分かるようなことを、真実かのように言いふらすコイツの虚言を信じる奴なんて居ない。


 ―――少なくとも、俺の知り合いには、だが。



「そ、そんな・・・!なんで、なんでそこまでして僕を追放しようとするんだッ・・・!?」



 あぁ、クソ。

 本当にバカしか居ねぇ。

 そんなんだから追放されるんだよ畜生。



「もうアンタの魂胆は分かってんのよ!いい加減認めなさいよ!」



 シオンが自分の意見を認めたからか、ご満悦そうに一層上から目線を強めたアンは此処ぞとばかりに言葉を強めて畳み掛けた。


 だが、俺にはもうどうでも良かった。


 コイツは未だに具体性のない主張を続け、紙っぺらよりも薄い罵倒を繰り返すだけで、俺に何をさせたいのかまるでわかならない。

 シオンとやらの追放のことを問い詰めたいんじゃないのか?

 それがなんで陰謀論にすり替わったんだよ。


 あぁ、もう。

 駄目だ、コイツらは。


 好きの反対は嫌いじゃない。

 俺の今抱いている感情は「無」だ。

 最早コイツらに関心はない。


 故に、無視する。


 どうだっていい。

 好きにすればいい。



「さっきから聞いてれば―――!貴方達は全部レイさんのせいにして、難しいこと考えたくないだけでしょ!?」



 そんなことよりも、爆発寸前のマレットちゃんをどうやってなだめるかと考えるほうが、ずっと重要だったと気がついたのはもう手遅れになってからだった。



「はぁ!?話聞いてたでしょ!?コイツはー――」


「自分が悪いだなんて一切考えずに、自分が正しいんだって言うのは簡単だよね?ぜ―んぶレイさんが悪いんだって考えれば、自分は傷つかずにレイさんのこと馬鹿にできるもんね?」



 普段の優しいマレットちゃんからは考えられないような煽りが飛び出したことに驚いた。

 どうやら相当頭にきているらしい。



「言わせておけば―――!」



 当然、鳥並の脳みそしか無いコイツに煽り耐性などあるわけもなく、顔を赤くしてマレットちゃんへ掴みかかろうとするアン。

 図星を突かれて反論できないと見て、相手が自分よりも小さな女の子というのも計算の内なのだろう。

 マレットちゃんの腕力ならば、コイツに押し負けることはないだろう。


 だが俺は咄嗟に、その間に入ってアンを押しのけた。



「っ!?遂に手を出したわね―――!?」



 現行犯、確定的な証拠を掴んだとばかりに声を上げようとしたのかもしれない。

 だが、アンがその後に言葉を紡ぐことはなかった。


 だって、俺は―――。



「レイ、さん!?」



 膝を畳んで、両手で地面へ頭を擦り付けていたから。



「な、なに、よそれ・・・」



 予想打にしない出来事に、先程までの怒りが急速に引いたのか、蒼白な顔で俺を見下ろすアンとシオンはしばらく言葉を失って、呆然と俺の言葉を待っているように見えた。



「―――許してくれ」



 俺がようやく吐き出した一言は、自分でも分かるぐらい煮えたぎるような怒りを含んだ声だった。

 地面に突いた手が勝手に震えているのが分かった。

 今すぐにでも殴り掛かりたい衝動をようやく抑えながら、俺は土下座を続けた。



「ほ、ほら見なさ―――」


「―――俺にはッ!お前らが何にそんなに怒ってるのか、分からない」



 ようやく思考回路が復活したらしいアンが何か言おうとしたが、今更コイツの話をおとなしく聞く選択肢など俺にはなかった。



「俺に何をして欲しいのかも、どうしようとしてるのかも、俺には分からん」



 捲し立てるように、俺は思いを吐き出し続ける。


 

「でも、お前らが俺のことが嫌いだってのは、よく分かった」



 それに意味なんて無いと分かっていても。



「だから、謝る」



 俺が選んだのは、ただの妥協案だ。

 俺が非を認めてコイツらの目的が達成できるなら、俺は喜んで頭を下げる。

 そんな俺を見て、シオンとアンは図星を突かれたみたいに固まって動けなくなって、まるで助けを求めるかのように目を泳がせた。


 だが、それに答えてくれる者はどこにも居ない。



「―――ふ、ふざけんなッ!!!」



 遂に、その場の雰囲気に耐えきれなくなって、咄嗟に叫んだのはアンだった。

 未だにどうしていいのか分からず、キョロキョロとしているシオンは、まるで役に立ちそうにない。



「全部、全部アンタがしたことでしょ!?」



 そんなシオンの騎士にでもなったつもりなのだろうか。

 いつもの調子を取り戻したアンは、先程と変わらない事を俺へ再度問いただしたが、俺の回答は変わらない。



「知らない。俺はなにもしてない」



 ただそうやってテンプレートを吐き出すだけだ。

 そんな俺に業を煮やしたのか、更に語気を強めた。



「じゃあ、あの大金は!?なんのためにあんな大金隠してたのよ!?」


「―――知るわけ無いだろッ!!!」



 ひっ、小さく悲鳴を上げたのは一体誰だったのだろう。

 もしかしたら、この場に居た全員がそうしていたのかもしれない。



「そんなに俺を悪者にしたいなら、あの金の出どころでも調べりゃいい!人伝にウワサでもながしゃあいい!だけどな―――!」



 パーティーのことも、冒険者のことも―――俺のことも。

 もう、全部どうだっていいんだよ。

 だって、もう終わったことなんだから。


 いつまでも結果論に縋って、前に進もうとしない馬鹿には成りたくない。

 周りで支えてくれる人達がいる限り、俺はどれだけ辛くても、痛くても、歩き続けられる。

 何気ない会話が、ごく普通の笑顔が、俺を救ってくれた。


 だから、こんな奴らがマレットちゃんを傷つけるのは我慢ならない。


 この娘はやっと歩き出せるかもしれないのに、なんでお前らみたいな奴らにまた傷つけられなきゃいけない?

 ただ、俺の前に居てくれただけなのに。


 あぁ、本当に。



「この娘にだけは手を出すんじゃねぇッ!!!」



 頭に来る。

 少しでも、この娘の後ろに隠れて安心してしまった自分の弱さに。

 


「・・・頼む」



 胸の中で燻っていた怒りが急速に冷めていくのを感じた。

 アンもシオンも、もう戯言を吐き出す余裕すら無く、怯えたように俺を見ていた。



「レイさん・・・」



 マレットちゃんは、ただただ申し訳無さそうに俺を見ていた。



「金も、やる。どうせ俺にはもう必要ない。好きにしたらいい」



 どこまで行っても地平線の論争は意味がないことなんて最初から分かっていた。

 具体性のない行きあたりばったりな私情に流されて、ただ嫌いなヤツを悪く言いたいだけのコイツらにとって、俺の謝罪とは目標(ゴール)ではない。

 過程を目的と勘違いして、被害者面してただ自分をよく見せようとしたい。


「可愛そうな僕を見て!」


「守ってあげてる私カッコイイ!」


 そんな自己中心的で自分勝手な主張こそ、答え。

 初めから分かっていたことだ。

 それでも、マレットちゃんは諦めていなかったから、チャンスを与えた。


 俺を納得させるような主張があるなら、俺も非を認めて罪を償おう。


 そう思っていたが、結局与えられたチャンスも不意にしただけだった。


 なら、もう俺がするべきことはたった一つだ。



「だから―――」




















「―――もう俺の前に現れないでくれ」



 いつの間にか、空を覆い尽くしたいた黒く重い雲が、ぽつり、ぽつりと、泣き出していた。

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