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私は腐女子

作者: 小林芍薬

「七月十日」


 隣人さんの様子がおかしい。おかしいっていうか明らかな腐敗臭がする。身も心も腐ってる、いわゆる腐女子の私が言うんだから間違いない。


 いや、この場合の腐敗臭ってのはそういう男性通しの恋愛にグッとくる女子が醸し出す雰囲気とかそういう意味じゃない。明らかに何かが腐った匂い。生ゴミの臭いを物凄く強烈にした感じの。悪臭と嫌悪感が鼻につんと来る。ひー。丸まって臭いから逃れようとする私。ダンゴムシみたいで可愛い。ダンゴムシって可愛い?


 それにしてもお隣さんは何でこんなに臭うんだろうか。旅行とか行っててゴミを放置してるのかな。ここのところ全く外に出ずに引きこもりをしている私みたいな人種にとって、旅行なんて天地がひっくり返ってもありえないイベントだ。なんかアレだろ、男女何人かで行って、同じ部屋で泊まって酒飲んで、それから待ってましたみんな楽しみ大乱交大会だろ。けしからん。お前らは旅行先の景色とかより異性のアレコレにしか興味ないんだろ。動物としては正しいが人としては下劣に極まりないからな。



「七月十七日」


 夏の茹だる暑さに溶けてしまいそうな私。フローリングと私のぜい肉がくっつきそう。一体化しそう。悪臭は未だおさまらない。私の安寧を返して。これ以上嗅覚攻撃を続けるのはやめて。そんな真っ当な愚痴をこぼしながら今日も一日だらだらと過ごす。やりたいことも、できることも私にはないのだ。


 隣人さんはまだ旅行から帰ってきていないのだろうか。どんだけ異性を入れ食いしてるんだろう。


 そういえば、私は隣人さんの性別を知らない。昔一度だけ会ったことがあるのだが、その時は恋人を連れていた為にどっちが私の隣人なのかが分からなかったのだ。まあ、今の私なんて性別の判断ができないくらいのビジュアルだし。性別が判別できないのはあっちからしても同じなのかもしれないな。


 ……自分で言って悲しくなった。そもそも身なりに気を遣うようだったら、今の私の惨状は改善されてるんだろうな。彼氏がいたり、友達がいたりしたらもっとマトモでいられたんじゃないかな。


 そんなことを考えているうちに夜になった。腐女子の夜は長い。



「七月二十四日」


 おいおい、まさか隣人さん死んでるとかじゃねえだろうな。


 ますます夏真っ盛りになり、じめじめとした不快な暑さが続いている。そしてそれを軽く超える悪臭の不快さもいまだに健在である。しんどい。


 前からちょくちょく私の部屋に出ていた蠅が、この頃かなり多くなった。別に虫は嫌いじゃないんだけど、ここまで数が多いと気持ちが悪い。


 私の住むアパートは家賃こそ安いものの、かなり年季の入った建物だ。買い手があまりにもつかないらしく、住んでいる人は隣人さんと私しかいない。故に隣人さんの異変に気付くのは私しかいないのだ。しかし、肝心なその私もコミュ障なので隣人さんの部屋に伺えないでいる。だって扉開けて腐乱死体出てきたら怖いもん。大家さん、お願いだからもっと居住人増やす努力をしてくれ。なんかあるだろ。チラシ配るとか。


 警察に電話しようと思ったが、ごみの放置による腐乱臭だったら隣人さんにも警察にも悪い気がするのでもうちょっとだけ我慢してみる。どうせ外には出ないしお風呂も入ってないんだから私がどれだけ臭くなったって構うまい。


 こんな事は見た目重視のそこら辺の美人には出来ないだろ。ブスで良かった。はっはっは。


 ……はあ、誰か私を見つけてくれる良い人いないかなあ。



「七月二十七日」


 外が騒がしい。


 今日は朝から女の子の悲鳴が聞こえた。びっくりしたけど怖かったので外に出れなかった。私はびびり。しばらくしてパトカーの音が聞こえ、いつも静かなアパートで沢山の足音が響き渡っていた。


 まあ、察するに、本当に隣人さんは腐乱死体になっていたんだろう。


 外では隣人さんの名前を叫ぶ女の子や野次馬かなんかの喧騒。通報しなくてごめんなさい、と罪悪感にかられる。でも、私コミュ障だから話せないんだ。昔は人と会話できてたのになあ。


 警察でーす、とチャイムを鳴らされたときは生きた心地がしなかった。玄関から出たら「私は一か月近く腐乱死体があったのに普通に過ごしたヤバい奴です」って自己紹介しながら衆目に晒されるのと同義だ。しかも結構な期間お風呂に入っていないから絶対臭い。そんな訳で私は警察の人の呼びかけには応じることができなかった。死体の気持ちになってやり過ごした。それは不謹慎か。


 とにかく、隣人さんは死んでしまっていた。多分悲惨な最期だったんだろうけど、こうして発見されて悲しんでくれる人がいるってことはそれなりに充実した人生だったんだろうなあ。




 私は身も心も腐りきっている腐女子。


 窓も締め切り、エアコンも扇風機も稼働していない部屋。


 部屋に籠る湿気と死臭。私の体はもはや原型を留めておらず、フローリングに溶けてしまった。もう外見じゃ性別はおろか人だったのかすら判別は難しいだろう。


 蠅が増えたのは私の体に蛆が沸いているだけで、たぶん隣人さんのせいじゃない。


 いいなあ、隣人さんは誰かが見つけてくれて。誰にも気にかけられなかったら見つかんないんだろうなあ。




 今日は七月二十七日。そろそろ雨が降り出しそうな盛暑、未だに私の腐乱死体を見つける者は、誰もいない。

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