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聖JKとアンチミステリ御破算  作者: 凛野冥
うりえる章:赤鞠7つばかり誤算
8/39

宇奈赤鞠は両手を掲げる

    ・・・・


 水柱深果は刻んだトリカブトが入ったカレーパンを食べて毒死。

 さらに水柱流香が、地下鉄にて快速電車に飛び込んで轢死れきしした。

 渚は今日も泣いた。彼女は自分を責めていた。姓を変えた自分だけは死の運命から逃れられたかも知れないが、一族の他の人々のことを考えていなかったと。自分は最低だと。しかし彼女も、心の奥底では呪いなんて信じていなかったのではないだろうか。

 俺は電話越しに慰めた。彼女は俺に会いたがったが、水柱家には警察が来て、立て込んでいる。今夜はとても無理そうだった。

「どうするの来須さん。今日は流香ちゃんが先走ったけど、あまねには来須さんとの約束があるから、もう人は殺せない。次のターンが回ってきたら困っちゃうよ」

「いま考えてるんだ。見れば分かるだろ」

〈メゾン・天野サンクチュアリ〉八〇一号室に帰って、既に小一時間が経過した。俺はソファーに座って煙草をふかしている。あまねは壁に寄りかかって立ち、俺を眺めている。

「せっかく必勝パターンが完成したのに、追い詰められちゃったね」

「まるで笑えない冗談だな」

 俺達の会話を盗み聞きしていた流香は、咄嗟とっさに機転を利かせたらしい。トリカブト入りカレーパンは事前に準備されていたが、あれは同様の備えが複数あるうちのひとつだったのだろう。流香と深果の死によって、七五三は〈一・一・二・二〉の組み合わせとなった。これもまた、紙面上ではあまねの勝利を確立させるのだ。


挿絵(By みてみん)


 しかし不可解なのは、去り際の赤鞠である。ゲームが継続すれば敗北するというのに、彼女は自信に満ち溢れている様子だった。〈一・一・二・二〉に思い至らなかっただけだろうか? それにしたって、あの態度は説明が付けられない気がする……。

「なあ、あまね」

「なあに、来須さん」

 思考があちこちへ飛ぶ。気掛かりが多くて、集中力が散漫になっているようだ。

「流香は本当に先走ったのか? お前が指示してたんじゃないのか?」

「云いがかりだよ。渚さんが来須さんと結婚して七五三の形が変わるなんて、あまねには分からなかったじゃん」

 それでも今日があまねのターンである以上、誰かは死ななければならない。全員分の死のパターンをあまねが流香に準備させていた可能性は否定できない。

「……何にせよ、そそのかしたのはお前だな」

「どうして?」

「昨日、屋上で披露していただろ。肉体を脱ぎ去るとか、自殺を肯定するような話だ。さっきのカラオケでも、似たようなやり取りをしていた」

「あー、それねえ」

 にへらと笑うあまね。ちょっと決まりが悪そうに、視線が斜め上を向いた。

「でも、あまねは肯定も否定もしていないよ。智慧ちえをみんなに授けただけ」

「そんな云い訳が通じるか。こんな連続殺人事件を起こしておいて」

「イラつかないでよ、来須さん。ほら、深呼吸う~」

 この緊張感のなさは、必勝パターンが完成したせいだろうか。

 きっと彼女は反省なんてしていない。昨日の涙ながらの謝罪は、単に俺を怒らせたことに対してだ。もしかしたら今は、俺が殺人を許可するのを待っているのかも知れない。

 妙案は浮かばないまま、夜は更けていった。


    ・・・・


 昨日に休暇を取ったとはいえ、やはり土曜は昼ごろまで眠ってしまう。しかし一週間の疲れは堆積たいせきしたままだ。身体を起こすのも億劫おっくうで、寝たまま煙草を吸った。居間のソファーの上。洋室をベッドごとあまねに与えてから、これが俺の寝台を兼ねるようになっている。

 吸い殻を空き缶に入れたところでふと、「来須さん、だらしなーい」と笑うあまねの声がないことに気付いた。いつもなら彼女は居間で読書をしていて、寝起きの俺に絡んでくるのに。どうしたのだろう?

 カーテンも閉じられたままで、薄暗く静かな部屋……。

 ぴんぽーん、とチャイムが鳴った。宅配を頼んだ憶えはないし、アポなし訪問は無視すると決めている。だがチャイムはぴんぽーんぴんぽーんと無神経に続く。まあ起き上がる切っ掛けになるかと思い直し、俺は玄関へ向かった。

 ドアを開くと、通路に二人の女子高生が立っていた。赤鞠とその手下だ。休日でも赤鞠は薔薇の髪飾りと手袋、手下の方はホワイトブリムを装備したうえで、どちらも制服姿。

「あら、寝ていたのかしら? そんな冴えない格好で、よく人前に出られるわね。それも高貴なる私の前に。貴方、世が世なら断頭台に立つことになるわよ」

 赤鞠は機嫌が良さそうだ。自分の存在を誇示するかのように微笑んでいる。

「あまねならいないぞ」

「入れなさい。誰が聞いているか分からないじゃない」

 身体をどけてやると、二人とも土足で上がり込んできた。フローリングに革靴がよく響く。しかし注意するより先に赤鞠が振り返って、不快そうに顔をしかめた。

「貴方、喫煙者なの? 死になさい」

 俺は好きにさせることにした。この舌鋒ぜっぽうに応戦する方が面倒だ。赤鞠に同調して「なんと汚らわしい……」と呟く手下は、昨日カラオケにいたのとは別の子。眼鏡のつるを手で押さえ、室内をキョロキョロと観察している。

「此処は赤鞠様が立たれるに値しません!」

「もとより長居するつもりはないわ。雫音あまねの顔色がブルーチーズみたくなる様を見られないのは残念だけれど――ねえ貴方、早くこっちに来なさいよ」

 二人は居間の中央で立ち止まっている。ソファーを薦めたり茶を淹れたりは不要だろう。俺は窓際に行ってカーテンだけ開いた。軽く目がくらんだ。

「それで、何の用なんだ。降参する気になってくれたか?」

「まだニュースも観ていないのね。ご飯を噴きそうだわ」

「何のニュースだよ」

「〈水柱澄風〉の名前で調べなさい。貴方にとって新たな誤算がそこにあるから」

 澄風といえば、赤鞠の初手で焼き殺された人だ。俺は携帯を手に取り、云われたとおり調べる。赤鞠が読ませたいニュース記事は、トップに表示された見出しですぐに分かった。

『焼死したと思われていた女性が生還! 四日間、監禁されていた――?』

 寝惚け気味の頭が一気に覚醒した。

「そういうことか……!」

 してやられた。昨日の自信に溢れた赤鞠の態度にも合点がてんがいった。

 水柱澄風は生きていたのだ。焼け跡から発見された三人の焼死体は理音と源太ともうひとりいたけれど、澄風ではなかったのだ。まだ誰かは判明していないが、いずれにせよ水柱一族とは別の、澄風によく似た背格好の女性。放火の際に連れて来られて、澄風の代わりに燃やされたのだろう。

 記事によれば、澄風は廃工場の機械室に数日分の食糧と一緒に閉じ込められていた。放火の前夜、眠っているうちに運び込まれたらしく、目覚めると既に其処にいたと云う。犯人との接触はないまま四日が経過し、今朝になって突然、外から施錠されていた扉が開け放たれていた。廃工場を脱出して最初に見つけた通行人から携帯を借りて警察へ通報した。

「昨日のお返しだわ。私に楯突いた稀代きだいの愚か者、これをご覧なさい」

 甲を向けた両手を交差させて、赤鞠は嘲笑うように告げる。その隣では手下が開いたA4ノートを掲げて見せる。そこには七五三殺人ゲームの最新状況が図示されている。


挿絵(By みてみん)


 澄風の復活によって、あまねの必勝パターンは崩れた。〈一・一・二・三〉で赤鞠のターン。形勢逆転だ。彼女には二種類の必勝パターン――〈一・二・三〉と〈一・一・二・二〉が見えている。それは武彦、澄風、洋平、渦花のいずれかひとりを殺すだけで完成する。

「……わざわざ放火殺人をやったのは、こういう策だったんだな」

 短期間だけ、死者を誤認させるトリック。あまねに必勝パターンをつくらせてから澄風を開放すれば、赤鞠は必ずそれをつくり返すことができるという寸法だ。

「無能な雫音あまねが水柱洋平の殺害に失敗したときは、その甲斐かいもなくなったと思ったけれど。貴方が悪足掻きしたおかげで有効活用できたわ。お生憎あいにく様の骨折り損、ご苦労様のくたびれ儲け。結局のところ私を引き立てただけだったわね」

 実に生き生きとしている。他人を見下すのが余程たのしいのだろう。

「だが反則じゃないのか。澄風を隠されたら、こちら側は引く線が制限され――」

「はァー?」

 目を見開いて首を傾げ、赤鞠はローテーブルの上にのぼると俺を見下ろした。

「甚だしく浅薄せんぱく。大軽蔑だわ。勝負に真剣になれないから、そんな甘えた言葉が出るのよ」

「なんだと?」

「ルールは覚書に書かれた八項でしょう? 私がどれに違反していると云うの? 貴方がやった家系図の組み換えだって、私は否定しなかった。しかし貴方は自分に都合が悪くなると、それを認められずに反則だなんて抜かす始末。話にならないわ」

 開いた掌の側が、初めてこちらを向いた。この手の動きは情感に応じているらしい。

「どいつもこいつも徹底して勝利にこだわることができない。それは勝利し続ける自信がないからだわ。真剣になって負けたら云い訳が立たないものね? 自分のプライドを守るため、真剣になりきらないのよ。そんなやり方で守るプライドなんて、ゴミクズ程の価値もないというのに。いいかしら? どんな些細なことであろうと、一度でも負けた時点で頂点ではあり得ない。負けたら終わり。だから私はいつだって真剣だわ。そして勝利し続けてきた。これからもずっと同じよ。私は頂点に君臨する。この覚悟が貴方達にある? ないわよね? そのくせ私に生意気な口を利き、一丁前に立ちはだかったこと、その厚顔無恥、愚の骨頂。さあ、えぐれるまで床に額をこすり付けて、存分に悔いてもらおうじゃないの」

「決着はまだ着いてないでしょ」

 昂奮してまくし立てる赤鞠とは対照的に、冷ややかな声が響いた。

 澄まし顔のあまねが、居間の入口に両手を後ろで組んで立っていた。

「貴女も昨日云っていたことなのに、立場が変わって忘れちゃったの?」

「……いつから聞いていたのよ」

「つい今だよ」

 俺も赤鞠も赤鞠の手下も、彼女が這入ってきたのに気付かなかった。「どこに行ってたんだ」と訊ねた俺に、彼女は妙に平然として「んー、お散歩」とだけ答えた。

「ふん。随分と良い気になっているようだけれど貴女、このままだと負けるのよ? 詳しくはこの男から聞きなさい。私は二度同じ話はしてやらないから」

「知ってるよ。澄風さんが生きてたんでしょ」

「そう……虚勢を張っているというわけね? 今ごろ、私の部下が水柱洋平を殺害したでしょう。彼は家庭教師の仕事をしている。その生徒のひとりが私の部下で、彼と肉体関係を持っているのよ。こっそりと呼び出させたわ。彼は人目を忍んで必ず会いに来る。澄風の件もあって水柱一族の連続死が注目を集めている状況だけれど、これなら無問題もうまんたいね」

「へえ。話はそれだけ? 済んだなら早く帰っ――」

「開き直るんじゃないわよ! 詰まらない女!」

 赤鞠が歯を剥いたのと同時、電話の着信音が鳴り始めた。赤鞠がブレザーの内ポケットから携帯を取る。鳴っているのは彼女のそれだった。俺達に断ることなく、彼女は苛立ったまま通話に応じた。

「どうしたの智緑ちみどり…………なに……え? どういうことよ…………水柱洋平の方は? ……そう…………そうね、分かったわ……待ちなさい。すぐに私からまた掛ける」

 携帯を仕舞うと、赤鞠はあまねや俺には一瞥いちべつもくれず、さっさと玄関の方へ歩いて行った。赤鞠の手下も「ど、どうしたのですか赤鞠様」と戸惑いながらそれに続く。二人はそのまま出て行った。俺はいささか呆気に取られてしまったが、

「来須さん、心配はいらないよ。目的は既に達成されているから」

 窓から差し込む昼の陽光に照らされて、あまねは得意そうに微笑んでいた。

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