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聖JKとアンチミステリ御破算  作者: 凛野冥
うりえる章:赤鞠7つばかり誤算
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家系図パズルで乱痴気騒ぎ

    ・・・・


 夕方になって、花天月高校の近くにあるカラオケボックスにやって来た。今朝、学校へ行く前のあまねに電話して、俺を赤鞠に会わせるよう調整を頼んでおいたのだ。

 受付で名前を告げると五〇五号室と云われたので、エレベーターに乗り込み五階へ。扉が開いて、通路を真っすぐ進んだ突き当たりの扉の両脇に女子高生が立っていた。頭にホワイトブリムをつけている方が赤鞠の手下で、つけていない方はあまねの信者だろう。

 あまねの信者は不安そうに、赤鞠の手下は不審そうに見てきたが、どちらも無視して中に這入る。中央に置かれた長テーブルを挟むソファーの、手前にあまね、奥に赤鞠が座っていた。二人とも全然歌っていない様子だ。モニターは電源を消されている。

「来須さん、遅いよお。高級料亭にジャージで来たみたく気まずかったよお」

 文庫本を閉じて、あまねは俺を非難した。天井からは色付きのライトが降り注ぎ、彼女の顔を黄色く染めている。首から掛けた懐中時計を確認して、いつもの時報が発される。

「十一月十三日、十七時六分だねえ。会社はどうしたの?」

「有休消化率に貢献した」

「うわあ、不真面目」

 誰のせいだと思っているんだか。

 俺は彼女の隣に腰を下ろした。向かいでは、赤鞠の仏頂面が赤いライトに照らされている。位置の高いツインテールがゴキブリの触覚みたいだ。

「やあ。突然の呼び出しに応じてくれてありがとう」

「よくも私を、こんな低俗な場所に招いてくれたわね」

 機嫌が悪いらしい。両腕を抱いているのは、空気に触れる面積を少しでも減らすためか。

此処ここは品性の劣る若い男女が乱痴気騒らんちきさわぎするための施設でしょう?」

「偏見だよ」

「いいえ、私は本質を視ているの。煙草の悪臭が染みついて、不快極まりないわ」

 シガレットケースを取り出しかけていたが、やめておくことにした。

「それで? 阿呆な負け犬が並んで萎れて、私に許しでも乞うのかしら?」

 挑発を受けてあまねが口を開こうとしたのを、俺はその肩に手を置いて止めた。任せるようアイコンタクトして、改めて赤鞠へと向き直る。

「随分と気が早いな。もう勝ったつもりでいるのか」

「当然でしょう」

 鼻を鳴らす赤鞠。

「残りは二本のペアが四つだもの」

「何を云っているんだ?」

「頭が悪いのね。貴方達がどう足掻あがいたところで――」

「まあ聞けよ」

 俺が掌を向けると、赤鞠はぴくりと左の目尻を引きつらせた。

不躾ぶしつけ……身の程知らずの凡俗が、私の話を遮ったわね?」

「だから聞けって。二本のペアが四つというのは間違いだ」

「なんですって?」

「十日に焼死した水柱理音は身籠っていた。妊娠九ヶ月目で出産間近だった。知ってたか? 理音は死んだが、お腹の子供は一命を取り留めたこと。名前は渦花うずかというらしい」

「……まさか、その子を七五三に加えようと云うつもり? 話にならないわね」

 赤鞠はブレザーのポケットから四つ折りのコピー用紙を取ると、テーブルの上に開いた。例のあまねと交わした覚書の本紙である。

「いいこと? ①水柱一族の家系図上で七五三ゲームを行い、勝敗を決めま――」

「そう、それだよ。水柱一族の家系図上と書いてあるだけで、その内容までは明示されていない。覚書を交わした時点の内容とも決まっていないな。ゲーム中にそれは変動し得ると、こちらは解釈してる」

「二度も、遮ったわね。私の話を……」

 憎悪をこめた赤鞠の睥睨へいげい

「見苦しい。浅ましい。ここには『七五三ゲームを行い』と確かに書かれているわ。その渦花だかを加えたら一段目が八本よ。八五三ゲームになってしまうじゃない」

「違うな。会社を休んで何をしていたかと云えば、役所へ行っていたんだ」

 俺も胸ポケットから四つ折りにした紙を取って、テーブル上に開いた。

「何よそれは」

「渚と俺の婚姻受理証明書だよ。彼女はもう水柱姓ではない」

「えぇ~~!」

 声を上げたのはあまねだ。卓上に両手をついて身を乗り出すと、逆さの証明書をしばらく凝視して、それから驚天動地といった顔を俺に向けた。良い反応である。

「結婚なんて馬鹿がすることだって云ってたのに!」

「じゃあ俺は馬鹿だったのかもな。お前のことも追い出さないといけない」

「えぇ~~!」

 まあこれは冗談である。両親への挨拶はおろか報告さえ当面は控えることで、渚とは合意している。結婚生活が始まるのはまだ先になりそうだ。

 赤鞠を見れば、黙って証明書へ視線を落としている。左の目尻をピクピクと痙攣させて。

「きみにとって渦花の生存は誤算だっただろう。渚と俺の結婚も誤算だった。どちらか片方なら問題なかったが、この二つが重なることで水柱一族の家系図は書き換えられた」

 俺は手帳を開いて証明書の隣に並べた。そこに描かれているのは、渚が消えて、渦花が一番左に加えられた新家系図だ。


挿絵(By みてみん)


「認めてもらおうか。覚書に記載のルールには反していない。七五三ゲームは問題なく継続している。そして残りは〈二・二・二・二〉じゃなくて〈一・二・二・三〉だ。今日はあまねのターン。さあ、どう線を引こうかな」

「あはははっ! 来須さんやるぅー!」

 あまねが手を叩いてはしゃぐ。

「海春と鞘乃、武彦と潤子、どちらかの二本を消せば残り〈一・二・三〉――必勝パターンの完成だね!」

「……コケにしてくれたわね、貴方達。この私を、高貴なるこの私を」

 赤鞠は苛立たしげに歯を剥いた。整った顔立ちが次第に崩れつつある。

「怒らないでくれよ。本題はここからなんだ」

「何よ。何なの。まだ愚弄し足りないの?」

「勝負は決した。お互い、これ以上の殺人を重ねる必要はない」

「もしかして、降参しろと云うのかしら。馬鹿にしないで!」

 彼女は右手の甲をこちらに向けて、顔の高さまで上げた。

「勝負が決したなんて、あくびが出ちゃう世迷言。雫音あまねが悠人と澪を殺したのは、洋平殺しに失敗した結果でしょう? この勝負の肝はね、狙いどおりの線を引くには殺人を成功させなければならない点にあるの」

「こちらは一度失敗したからこそ慎重だ。もう失敗は続かない。きみは賢明な判断をすべきだよ。今ならまだ、背負うことになる殺人は七人だ。半分以下で済む」

「論外ね。話にならない。笑止千万。まるで三流の発想だわ」

 右手と同じように、左手も掲げられた。何のジェスチャーなんだ。

「人を殺すのが怖くなったのね? 所詮はその程度の覚悟。その程度のスタンス。ならば勝負は決したと云うのも頷ける。今日中に誰も殺せなければ貴方達の負けだもの」

「きみ、正気なのか……?」

 まずい流れだ。これ以上の犠牲者を出すわけにはいかない。それは大前提だが、赤鞠に人殺しの罪を被ってもらわなければ、あまねを救うことができなくなってしまう。

「駄目だよ来須さん」

 あまねが頭を横に振った。

「これじゃあ赤鞠ちゃんは止められない」

「……みたいだな。こんなに話が通じないとは思わなかったよ」

 あまねに勝負を放棄させるという手はある。巻き添えにされるおそれがある赤鞠はあまねを告発できないし、彼女はあまねがカリスマの座から失脚すれば充分なはずだ。しかし彼女達の犯行がいつまでも警察に暴かれない保証がない……。

 どうすればいいのか。思考を巡らせようとしたそのとき、

「あーまねちゃーん、あたしの出番だーね?」

 妙に軽々しい声がした。振り向くと、扉が薄く開いて、通路で用心棒をしていたあまねの信者が顔を挟んでいた。ただし、先ほどの不安げな表情ではない。

 どういうわけか、今にも唾液が垂れそうな、緩んだ薄笑いが浮かんでいる。

「いよいよ肉を脱ぎ去るときが来たんだね? あたしは充満の世界へと昇るんだね?」

 何を云っている――そう訊ねようとしたが、背後であまねが立ち上がる気配がした。

 それから普段の甘えたようなそれと異なり、凛とした声が信者に応えた。

「そうだね。肉体への隷従れいじゅうは私達にとって、悪夢のようなものに過ぎないから」

「おい、あまね」

 俺は彼女に呼び掛けて、そこで言葉を続けられなくなった。見上げたあまねの顔には、深い慈しみに満ちた微笑が刻まれていた。思わず目を奪われてしまうような……。

「ふん。負け犬の思想だわ」と赤鞠が吐き捨てる。電話の呼び出し音が小さく響き始める。あまねの信者が持っている携帯からだ。

「待て、何をするつもりだ」

 彼女は応えない。呼び出し音が止まり、スピーカーから女の子の幼い声が発される。

『はーい。お姉ちゃーん?』

「深果、お腹が空いたでしょ? そのカレーパン、全部食べていいよ?」

『え! やったあ!』

「だけど早くしないと、今からお姉ちゃん帰るから、お姉ちゃんに盗られちゃうよ?」

『え! やだあ! これ深果の! お姉ちゃんには渡さない!』

 どうということはない姉妹の会話だが……深果?

「もしかして、きみが水柱流香なのか?」

 俺の問いはまた無視される。通話を切った彼女は恍惚こうこつとした表情で、あまねに「ありがとうございましたあ」と告げるなり、身をひるがえして走り出した。

 俺は展開について行けていない。

 あまねへ振り返ると、彼女は曖昧な笑みで応えた。

「ごめんね、来須さん。でもあまねが殺したわけじゃないよ?」

 まさか――そういうことなのか?

 俺は部屋を飛び出した。通路に流香の姿はない。代わりに足が何かにぶつかる。赤鞠の手下が床に伸びていた。気絶しているようだ。どうでもいい。

 携帯を取って渚に電話を掛ける。ツーコールで応答がある。

『来須くうん、なあに?』

 まだ夢見心地なのか、ふにゃふにゃした声のままだ。

「深果ちゃんは一緒か?」

『うん。二階にいるんじゃないかなあ』

 家が燃えて両親も亡くなったので、流香と深果は渚の実家にいるのだ。

「今すぐ見に行ってくれ。彼女が危険だ」

 渚は『え? え?』と混乱しながらも、家の中を移動しているのが物音で分かる。

『なんなの来須くん。脅かすようなこと云わないでよ』

 階段を上りきったらしい。

『深果ちゃーん?』

 名前を呼んでいる。扉が開く音。

『深果ちゃん、えっ、どうしたの、これ。カレーパン? 晩御飯つくってるところだよ? あ、来須くん? 深果ちゃんなら――』

「渚、落ち着いて聞いてくれ。食べたパンを吐かせろ。毒かも知れないんだ」

『え? どういうこと? ねえ深果ちゃん? ちょっと食べ過ぎ。ねえ食べるのやめて。お腹が空いてるの? 断食? どういうこと? ねえ、やめなさいって。えっ、きゃっ、深果ちゃん? いやっ――いやああああああっ!』

 渚の絶叫に混じって、深果の悶絶が聞こえてくる。流香との通話で聞いた鈴を転がすような声とはまるで違う、耳障りな金切り声。小さな身体を滅茶苦茶に折り曲げて、暴れ散らしながら苦痛を訴える姿が目に浮かんだ。

 俺は「救急車を呼べ!」と怒鳴る。

 そんな俺の横を、赤鞠が悠然と通り過ぎていく。振り向いて、赤い手袋を嵌めた左手を自分の右頬にあてると、美しいくらい酷薄にわらった。

「勝負は継続ね。私に対する数々の無礼がどれだけの利子をつけて清算されるか、電卓でも構えて待っていなさい」

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