The Dance of the Puppets
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「さて、この世界の仕組みと成り立ちは紐解かれました。〈解決編〉はお仕舞です」
澄神は卓上のカップを持ち上げると、珈琲を啜った。
「ただし、おまけとして最後にひとつ、具体的な話をしましょうか。〈解決編〉の内容だけでは不足している部分があります。と云いますのも、あまねさんは時間を逆行していますが、彼女は私達から見て逆再生した映像のようにはなっていませんね?」
「ああ……たしかに」
あえて逆さに歩いたり喋ったりしても、あれほど自然にはならない。
その場その場では、俺達と同じように時間を過ごしているのだろうか。
「区切りがあるのですよ。区切りが終わるとき、私達は次の区切りへ続くのに対して、あまねさんは前の区切りへ飛ぶのです。あまねさんと彼女の教えを受けた生徒達は、その区切りを章立ての小説と重ね、名前を付けているようです」
「そういえば珠田が口にしていたな。〈らふぁえる章〉とか〈みかえる章〉とか……」
「ええ。現にこの世界は連作短編のように構成されています。全体としての流れの中で、ひとつの事件が解決して次の事件が起きる、という具合にね」
澄神は説明を続けながら、板書する。
「七五三殺人ゲームは〈うりえる章〉、〈命メ館〉の殺人は〈がぶりえる章〉、クラキ・クラミジアは〈らふぁえる章〉、そして現在進行中である聖JKの座を争うレースは〈みかえる章〉と、それぞれ呼ばれています」
なるほど。もとが小説としての俺の想像なのだから、さもありなんという感じだ。
「カトリックにおける四大天使だな。だが〈みかえる章〉で終わりとも思えない……」
「そうですね。自覚しただけでは、パラノイア性精神病は治りません。この世界に閉じ込められている以上、きみが再び〈象徴界〉へ出て行くことはないでしょう。推測にはなりますが、四大天使の章はあまねさんが聖JKを務める四章として、ひとまとまりということではないですか?」
「次からは新たな聖JKが立てられる……そのためのレースってわけか」
レースの内容も、今であれば分かる。あまねと同じく、俺の義父を殺害するつもりなのだろう。そのために俺と珠田は結婚させられた。
もっとも、聖JKは〈父殺し〉を行う前から時間を逆行している。はじめからそう完成している。だから勝者は自分が勝つことを知っているし、敗者は誰が勝者なのかは分からずとも、自分が敗者にしかなり得ないとは承知のうえではないだろうか。
それとも、あまねは候補者たちにそこまで詳しくは教えていない――つまり、敗者は自分にもチャンスがあると信じて臨んでいるのだろうか。
何にせよ……俺がこれからすることは同じか。
卓上には、俺の分の珈琲も置いてある。学生時代、最も小説を書いていたころに毎日飲んでいたせいで、筆を折ったいまではすっかり苦手になってしまった珈琲。
俺はそれを手に取って一気に飲み干し、立ち上がった。
「世話になったな。〈運命の場所〉へ向かうことにするよ」
「ええ。私にできるのは、真実を明らかにするところまでです」
探偵はすべてを見透かしているらしい穏やかな微笑で、最後に告げた。
「Every man is the architect of his own fortune.――選択するのはきみですよ」
スポットライトが消灯し、俺は暗闇に沈んだ〈月の天鵞絨〉を後にした。
・・・・
店の外には一台のタクシーが停まり、伊勢が車外に出て俺を待っていた。
どうやら澄神の指示らしい。ここまでお膳立てされるのは気に入らないが、断っても得はないので、後部座席に乗り込んだ。巨体を狭い運転席に収めた伊勢に行先を告げる。
想像上の街を走っていく車の中で、俺は色々なことを考えた。
過去と未来。現実と非現実。夢と挫折。自由としがらみ。好きなもの、嫌いなもの。許せること、許せないこと。仕事と生活。生と死。この世界。小説のこと。ミステリのこと。
俺がミステリを書くようになったのは、なぜだろう?
様々な理由を挙げることができる。ミステリの意義、魅力。ずっとミステリのことを考え続けていた俺なのだから当然だ。しかし、どれも後付けの理由に過ぎないように思う。
最初は単純だったはずだ。単純に、純粋に、憧れた。
思い出した。
ミステリを読んでいるときが一番、楽しかったのだ。




