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聖JKとアンチミステリ御破算  作者: 凛野冥
みかえる章:あまね<すべての者
32/39

故障したブラックボックス

    ・・・・


 目が覚めるとあまねはいなかった。日付は変わり、既に正午を過ぎている。

 血と汗のにおい。ひどく身体がべたべたすることに気付く。由莉亜の死体を抱き締めたまま眠っていた俺は、昨日の朝、乗り込んできた警官達によって引き剥がされた。警察署で事情聴取を受ける前に着替えはさせられたけれど、まだシャワーを浴びていない。

 身体に染みついた、冷え切った死体の感触。それごと洗い流すように、半時間ほど熱いシャワーを浴び続けた。とりあえず身体はサッパリしたので新しいシャツに着替えて居間に戻ったが、荒れた部屋を元に戻す気は起きない。煙草に火を点ける。

 そういえば、吸うのも二日ぶりか? 急速に思考が回り始めた。

『今はゆっくり眠って。そして目覚めたら、真実に向かって歩き出すの』

『〈運命の場所〉で待ってるよ』

 云われなくても、あいつに関する謎を謎のまま放っておくつもりはない。

 俺はコートを羽織って部屋を出た。寒風吹きすさぶ街の中を、駅の方へ歩いて行く。

 あいつが何者なのかという点を考え始めると、たちまち濃霧の中を彷徨う羽目はめになる。まずは確かな手掛かりから辿るべきだ。

 そのために俺が電車を乗り継ぎ向かった先は、宇奈邸だ。〈幻覚〉と思ったせいで追及しないでいたが、あいつは〈命メ館〉の事件でも裏で糸を引いていた疑いがある。

 前と同じく最寄り駅からはタクシーを使って、その豪邸の前までやって来た。インターホンを押すと『どちら様でしょう』と事務的な女性の声が訊いてきたので、「智緑に繋いでください。来須と云えば分かるはずです」と答えたところ、通話は切れて代わりに門扉が開かれた。

 正面の屋敷を大きく迂回して裏庭に行くと、真っ白だった〈命メ館〉は真っ黒に塗り替えられていた。文字どおりのブラックボックス……という趣向だろうか。

 玄関扉の錠は開いていた。館内も天井、壁、床すべてが真っ黒だ。照明はところどころ切れているか明滅していて、以前のような徹底した無機質さとは違い、館の主がどこか故障してしまったことを窺わせる。

 真っすぐ進んで〈血の円筒〉に這入ると、果たして智緑は其処にいた。

「ようこそ、来須さん。ボクの支配領域――〈真・命メ館〉に」

 中央に置かれたパイプ椅子がこちらへ半回転する。その上で胡坐をかいている彼女。深緑色のジャージは変わらないが、頭には斜めに包帯が巻かれて、左耳と左目がそれに覆われている。そのせいか丸ぶち眼鏡は掛けていないし、髪も縛っていない。

「模様替えのせいで、また一段と居心地が悪くなったな」

〈血の円筒〉の中も、機械類や調度品まで漏れなく、真っ黒に塗り潰されている。

「居心地い? んなもんクソ喰らえっすよ」

 智緑は左手の中指を立てて、側頭部にあてた。

「耳かきが蝸牛かぎゅうの先までブッ刺さったんでね、聴力は当然失いましたし、常に耳鳴りがして何にも集中できたもんじゃありません。おまけに左目も見えないんすよ」

「もう悪事は働けないってわけか。良い報せだ」

「はいい?」

 苛立たしげに歯を剥く。そういう表情をすると赤鞠にそっくりだ。

「そういや赤鞠はどうなったんだ。女子少年院にでも入れられたか?」

「はあ。ボクは質問されるのが大ッ嫌いなんすよ。どうして天才のボクが、馬鹿共にモノを教えてやるため時間を使わないといけないんすか?」

 俺は智緑に近づいていく。すると智緑が片手をジャージのポケットに入れようとしたので、即座に距離を詰めてその手を掴んだ。スタンガンは使わせない。

「痛っ……何するんすか!」

「答えるのはきみの方だ」

 コートの内ポケットから取ったボールペンを握って、先端を智緑の右耳に突き付ける。

「こっちの耳まで聞こえなくなったら嫌だろ?」

「や――やめてくださいよ、乱暴は……」

 その顔から血の気が引いていく。左耳をやられた恐怖が染み付いているようだ。

 ペン先を耳の中にゆっくり入れていくと、両手が俺のコートにしがみついてきた。

「お姉ちゃんはっ、宇奈家が手を回したんで罪には問われませんでした。ただし、もう宇奈家の敷居を跨ぐことはできません。勘当されたんすよ。どこでどうしてるのかは知りませんけど、後ろ盾を失ったあの人には他に何も残ってません」

「そうか。相応ふさわしい末路だな。まあ俺はそんな話を聞きに来たんじゃないんだ」

 ボールペンが、力を籠めずして耳の中に入る限界まで到達した。

「や、やめてください」

 智緑はガタガタ震えながら、涙が浮かんだ右目で必死に訴える。俺は無視する。

「きみ、あまねの傀儡なんだろ? 〈鴉面の通り魔〉はあまねだった。それを前提とした一連の血液交換や梅郷千里殺害事件も、あまねが指揮したはずだ。赤鞠を破滅させるため。それから俺にその事件を楽しませるためにな」

「そんなの、知らないっすよ」

 智緑はそう答えた。俺は智緑の耳の中でボールペンの芯をカチリと出す。

「ひゃっ!」

 その身体が小さく跳ねた。妙なにおいが鼻を衝いたので見ると、ジャージのズボンが濡れていく。失禁してしまったらしい。

「コートをそう強く握るなよ。皺になるだろ」

「だって……もう酷いこと、しないでください……」

「じゃあ知ってることを全部話せよ」

「来須さんの云うとおりです……ボクは最初から最後まで、あまね先輩の指示に従って動いてました……実際も、すべてがあまね先輩のシナリオのままに進みました……」

「〈ボクの支配領域〉が笑わせるじゃないか。あまねに従った理由は何だ」

「そんなの、あまね先輩が聖JKだからに決まってるじゃないですか……」

「聖JKってのは何なんだ。あまねの造語じゃないのか」

「ボクだってすべて理解してるわけじゃないです……本当です! ただ、聖JKは云うなれば、神の意思ですよ。特にあまね先輩は、アルファにしてオメガの聖JKなので……過去と未来のすべてを知っていて、定めている存在……」

「分かった。もういい。それよりクラキ・クラミジア事件についてはどうだ」

「ボクは注射器を提供しただけです。あとは関わってません――本当に!」

 軋目常逸が所持していた注射器のことだろう。ウイルスが入った血液を保管するため、あまねが渡したのだ。軋目藍魅が死亡した夜、事件のシナリオと一緒に。

 俺が〈命メ館〉の事件に居合わせたのは、手紙によってだった。

 クラキ・クラミジア事件の方は……由莉亜に呼ばれて、か? いや違う。それだけであれば、俺は深入りしなかったかも知れない。俺にクラキ・クラミジアの噂を教えて強引に事件へ巻き込んだのは、あの胡散臭い私立探偵――ジェントル澄神だ。

「来須さん、もうボールペン……抜いて、ください……」

「こもるの電話番号、知ってるよな?」

「はい。携帯、見せてもらえれば……」

 俺は智緑のジャージのポケットを漁って、携帯とスタンガンとこの館の施錠・開錠を操作する端末の三つを取り出した。携帯だけ智緑に渡すと、彼女はこもるの電話番号を確認して教えた。俺はボールペンを彼女の耳から抜いて踵を返した。安心したためか、智緑が泣き出す声が聞こえたけれど、振り返らずに〈真・命メ館〉を出た。

 歩きながら早速、こもるに電話を掛ける。

『はい。どちら様ですか?』

「来須だ。いきなりで悪いが、単刀直入に訊かせてくれ。きみがジェントル澄神に依頼したのは、あまねに指示されてのことだったんじゃないか?」

『え? えっーと、指示とは違いますけど……手配してくれたのは、あまねちゃんですよ。そうじゃないと、大人気のジェントルさんを、一介の高校生が雇えるわけないですし』

「あまねも一介の高校生だろ」

『何を云うんですか! あまねちゃんを軽視することは許しませんよ』

「あまねが聖JKだからか?」

『無論です。お兄ちゃんは死にました。仇の軋目常逸にも勝手に死なれました。もう私が生きていくには、あまねちゃんにすべてを捧げるしかありませんから! あははは!』

「そうか。じゃあな」

 花天月高校の連中はどいつもこの調子だろう。

 あまねと澄神は繋がっていた。追及すべきはあの男だ。着信履歴から電話を掛ける。

『やあ来須くん。そろそろ連絡してくるころと思っていましたよ』

「じゃあすぐに答えられるな。お前、あまねの共犯者だろ」

 俺が真相へと辿り着くようにサポートする役割。探偵を名乗りながらも、ろくに謎解きをしなかったのはそのためだ。ただ最後に、はじめから知っていた答えを開示しただけ。

「探偵でも何でもない。あえて云うなら詐欺師だな、お前は」

『おや、意外ですね。まだそんな段階ですか』

 電話越しでも、あの爽やかぶった笑顔が目に浮かぶ。

『いいですか、来須くん。No cross no crown.――そこから目を背けていては到底、〈運命の場所〉には辿り着けません。よく考え直しなさい』

 切られた。電話が繋がらなければ、俺にはこいつに接触する方法がない。

 一体これ以上、何を考え直したらいいんだ?

〈運命の場所〉ってどこだ?

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