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聖JKとアンチミステリ御破算  作者: 凛野冥
らふぁえる章:暗き昏木クラミジア
30/39

昏木由莉亜との最後のとき

    ・・・・


 残された時間、俺と由莉亜は遠くに出掛けたり、美味しいものを食べたり、そういう特別なことはしなかった。部屋から出ずに、色々な話をして、お腹が空いたら食べて、疲れたら寝る。ひたすらに二人だけで満たされた時間を過ごした。


    ・・・・


 そして最後の朝を迎えた。十二月十八日。俺と由莉亜の感染から三日目だ。

「先に死ぬのは来須さんだと思うけど、そうしたらうちは来須さんを抱き締めて、そのまま自分のときが来るのを待つね」

「半日以上は空くんじゃないか? メシ食ったりトイレ行ったりしていいぞ」

「嫌だ。ずっとそうしてる」

「まあ任せるけど。たしかに死ぬときには、そうしていて欲しいかな」

 俺は半分まで吸った煙草を由莉亜に渡す。残り半分は彼女が吸う。

「怖くないか?」

「怖くないよ。来須さんは怖い?」

「怖くない」

 いつ異変がこの身を襲うのか、緊張がないと云えば嘘になるけれど、恐怖はない。

 もとから長生きなんて望んでいなかった。生きていたって、大して良いことがないと分かっていた。ただ、ひとりで生きて、ひとりで死んでいくものと諦めていたのが、実際は違った。由莉亜と一緒なら、この結末も悪くないと思える。充分すぎると思える。

 俺と由莉亜は取り留めのない話をしながら、そのときを待った。正午を回った。午前中には死ぬと思っていたけれど、多少の前後はするものらしい。

 早く楽にしてくれたら良いのに。そう思っていると、インターホンが鳴った。

「そういえば、切っていなかったな」

 ここ数日、来客はなかったから気が付かなかった。邪魔されては敵わないと思い立ち上がる。壁に取り付けられた小さなモニターに映っているのは、澄神だった。

 少しだけ逡巡しゅんじゅんしてから、通話ボタンを押した。

「今日が何の日だか知ってるだろ」

『やあ来須くん。やはり、此処にいましたね?』

 モニター上の荒い映像でも、澄神が笑っているのが分かる。

『電話が繋がらないので、出向いたのですよ。一階まで下りて来てください』

「行くわけないだろ。これから死ぬのに、お前と会う必要がない」

『いいえ、きみは知らなければなりません。真犯人は軋目常逸ではありませんでした』

「なんだと?」

『このまま聞きますか? 聖JK――雫音あまねに関することですが』

「待て――俺から電話する。それでいいだろ」

 インターホンでの通話を切る。俺は頭を掻きむしる。

 なぜ、あまねの名前が出る? こんなときに。こんな最期のときに……。

 振り返ると、由莉亜が不安げに俺を見上げている。俺は「何でもないよ。ちょっと外で、電話して来るだけだから。少しでもおかしいと思ったら、電話を切って、戻って来るし……」――ああ、澄神なんて放っておけばいいのに。あのボンクラ探偵!

 部屋のすみで丸まっていたスーツのポケットから携帯を取って電源を入れる。不在着信やメッセージが溜まっているが、見る必要はない。玄関扉を出て、澄神に電話を掛ける。

「手短に話せ。俺は何も――知りたくなんてなかったんだからな」

『常逸くんの取調べは私は行いました。彼はすべてを吐きました。そうすればワクチンを投与してやると云ったのです。もちろんワクチンなぞ開発されていないので、彼は今日、死ぬのですがね』

 久しぶりの日光で目が痛くなる。恨めしいほどの快晴だ。

『やはり、彼は母親である軋目藍魅あいみの血液を使って、同級生らを――便宜的にこの呼称を使いますが――クラキ・クラミジアに感染させていました。きみが推理したとおり、彼は以前から由莉亜さんに恋慕の情を抱い――』

「いいから早くあまねのことを話せよ」

『まあ聞きなさい。順を追わないと分からないでしょう? 藍魅さんが死んだのは十二月三日の夜です。このとき既に、由莉亜さんは援助交際を始めていて、先まで予約で埋まっている状態でした。常逸くんを動かしたのは、由莉亜さんをけがした男達への憎悪と、由莉亜さんを独占したい欲望と、母親の死をいつまで隠せるか分からない焦燥でした。しかし来須くん、妙だとは思いませんか?』

「何がだよ」

『梅郷萬が感染したのは四日です。常逸くんは母親が血を噴き出して死亡したのを見て、その翌日に犯行を開始したのですよ。果たしてこんな機転と行動が可能でしょうか?』

「その時点では、実験みたいなつもりだったんじゃないか? だが梅郷が本当に死んだから、後に退けなくなったとか」

『いいえ、犯行の全体像はこの時点で描かれていました。常逸くんは四日から〈ホテル・パの淵〉に宿泊しています。待たせましたね、来須くん。実は三日の夜、藍魅さんが死んだ直後に、軋目邸を訪れた者がいたのですよ』

「誰だ」

『察しが悪いですね。雫音あまねに決まっているではありませんか』

「……軋目が、そう云ったのか?」

『そうです。あまねさんはすべてを知っていました。彼女は常逸くんに、クラキ・クラミジア事件の構想と、大量の注射器を渡しました。あまねさんは花天月高校の支配者です。必要な情報は彼女から逐一、常逸くんに連携されていました』

「馬鹿な云い逃れだ。本当に、信じ難いくらい馬鹿な云い逃れだぞ。お前、ちゃんと調べたんだろうな? あまねはとっくに死んでいるんだよ」

『おや、いつの話です? 私がきみの部屋を訪れたときには、まだ元気そうにテーブルの上に座っていましたが。彼女でしょう? あまねさんというのは』

 何の話だか、しばらく分からなかった。

 キーーーーン……という音が遠く聞こえる。

 雲ひとつない青空を飛行機が横切っていく。

「お前、見えていたのか?」

『見えていた、とは? まるで幽霊のような表現ですね』

「ふざけてんじゃねえよ。俺をからかってんだろ」

『まさか。私がそんな無神経な人間に見えますか?』

「お前――ぶち殺すぞ。人がこれから死ぬってときに――」

『もうひとつ、教えることがあります』

「うるせえ黙れ。一体どういうつもりなんだよ」

『藍魅さんはどこでクラキ・クラミジアに感染したのだと思います?』

「はあ?」

『常逸くんはこれも吐きました。そうでなくとも、軋目邸の浴室には証拠が残っていましたからね。浴槽に、大量の血液が溜められていたのです。藍魅さんの血ではなく、他人の血です。すると来須くん、連想できる事件があるでしょう?』

「……〈吸血鬼の徘徊〉のことか?」

『ええ。事件が十二月になって途絶えた理由が分かりました。吸血鬼が死んでいたのです』

「吸血鬼は三芳ワタルじゃなかったのかよ?」

『彼は吸血鬼になりきっていただけのお調子者ですよ』

 そんなことも分からないのかとばかりに、あははと笑う澄神。

『犯人は人間ひとり分の血液を持ち去ったのですから、車を使っていたと考えるのが自然です。血抜きも車内でおこなっていたのでしょうね。しかし高校一年のワタルくんは自動車免許を持っていません』

 こいつ、何なんだ? 三芳ワタルが吸血鬼だとか云っていたのは、こいつだったじゃないか。俺をわざわざ花天月高校まで呼び出して。あれがおふざけだったのか?

『軋目夫妻が離婚した原因は、夫の浮気です。浮気相手は藍魅さんよりも若く美しい女性でした。それが藍魅さんを狂わせたのです。美容と若返りを求めた彼女が行き着いた果てこそ、〈吸血鬼の徘徊〉だったのですよ。吸血鬼伝説のモデルのひとつ――〈血の伯爵夫人〉ことバートリ・エルジェーベトをご存知ですか? 真偽はともかくとして、バートリは若い娘の血で浴槽を満たし、そこに浸かることで若さと美しさを保とうとしました』

 だから、何の話をしているんだ?

 そんなことが、俺に関係あるか?

 数秒後に死ぬかも分からない俺に?

『さて、話を戻しますが、藍魅さんの感染ルートはこれでした。身を浸した血の中にウイルスがいたのです。最後の犯行は十一月三十日でしたね。知ってのとおり、被害者は葉月遊です。きみの話では、その中身の血液は舞砂ミコのものでしたっけ』

「発端のウイルスを持っていたのは、あいつだったということか?」

『どうでしょう? 彼女は偶然、発症する前に殺害されたのだとも考えられます。十一月二十八日に感染し、十二月一日に発症する予定だったのかも知れません』

「何が云いたい?」

『水柱渚という女性、もちろんご存知ですよね? きみと彼女は十一月十三日に婚姻し、一週間ほどで離婚しました。彼女と最後に会ったのはいつですか?』

「関係ねえだろ」

『ありますよ。今朝、私が警察に云って彼女の実家を調べさせたところ、全身から血を噴き出して死んでいるのが発見されました。死後一ヶ月は経過しているそうです。水柱一族は雫音あまねと水柱流香の二人によって虐殺されたため、彼女には同居人がおらず、死体発見が遅れたというわけですね』

 思考が、止まる。

 そういえば、あまねの幻覚が云っていた。渚のことを思い出せ、と。

 それが何を意味するのか、ただ莫大な予感だけが、俺の頭をイッパイにする。

『来須くん、彼女と性行為をしたのはいつですか?』

 日付は忘れたが、木曜の夜だった。その三日後は日曜……朝にあまねの死体が見つかった日。渚はその日のうちに、離婚届を郵便ポストに投函した、のだろうか……。

『来須くん、十一月二十八日の〈命メ館〉において、きみの血液が葉月遊の身体に入る機会があったのではないですか?』

 中身が赤鞠の〈遊〉から針を抜いたときに、誤って自分の手を刺した。俺が館を出た後、その針を使って、中身が赤鞠の〈遊〉と中身がミコの〈赤鞠〉が、血液交換をおこなった……。

『抗体を持つ保有宿主はきみだったのですよ、来須くん。クラキ・クラミジアではなく、クルス・クラミジアと云うのが真相だったのです』

 澄神は続けて、頭上に広がる空と同じくらい明るく告げる。

『ゆえに来須くん、きみは死にません。おめでとうございます』

 携帯が手から滑り落ちた。

 キーーーーン…………

 しばらく、その場で突っ立っていた。

 だが、こうしてはいられないと思った。

 一瞬、倒れそうになりつつも、振り返った。

 震える手をドアノブに掛ける。扉を開けて、部屋の中に這入る。

「来須さん?」と俺を呼ぶ声。

 つい先ほどまで、この部屋は幸福で満たされていたのに。

 いまは暗い、途方のない、息もできないほどの恐怖に、満たされていた。

「来須さん?」ともう一度、俺を呼ぶ声。

 部屋の入口に立ち尽くす俺を、由莉亜は不思議そうに見ている。

「あ……」と、その手が鼻に移動した。ポタポタと、布団に滴る鼻血。

 彼女はよく鼻血を出す。一日に一度、多いと二度。しかしすぐに止まる。

 ポタポタ、ポタポタポタ、

 ボタボタボタボタッ……

 ボタボタボタボタボタボタボタッ!

「えっ、あれ……え?」

 両手で押さえても、次から次に、惜しげもなく溢れてくる鼻血。

 ついにはゴホッと苦しそうな咳と共に、口からも血が吐き出された。

「う……うちが先だ……」

 血だらけになった顔で、由莉亜が俺を見上げる。

 弱弱しい笑みが浮かんでいるが、たちまち次の吐血によって歪んだ。

 びちゃびちゃびちゃっ! びちゃびちゃびちゃびちゃっ!

 その華奢な身体の中で暴れる血液は、全身の穴から我先に外へ出て行く。折れ曲がる身体。苦しそうな声。俺は崩れ落ちるように駆け寄って床に膝を着き、壊れていく由莉亜を抱き締めた。

「くる、すさん……」

 燃えるように熱い由莉亜の身体。全身を濡らす、ぬるぬるとした血液の感触。その噎せ返るようなにおい。残った力で精一杯に俺にしがみつき、由莉亜は必死に声を振り絞る。

「くるす、さんは……いき、て」

「え?」

「ゆめを……あきらめ、ないで……」

 思ってもみなかった、最期の言葉。

「由莉亜……?」

 いつまで経っても、返事が聞こえてくることはなかった。

 俺は呆然としながら、血まみれの由莉亜をずっと抱き締めていた。





【らふぁえる章:暗き昏木クラミジア】終。

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