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聖JKとアンチミステリ御破算  作者: 凛野冥
らふぁえる章:暗き昏木クラミジア
29/39

The Illusion

    ・・・・


 酒は全然好きじゃない。少なくとも付き合い以外で自分から買うことはない。

 だが俺はホテルの売店で缶ビールを十本ほど買い込んで、〈ヴィラ・アイリス茜条斎〉13D室に帰った。由莉亜は布団の上で膝を抱えて座り、俺の帰りを待っていた。

「終わったよ。犯人は捕まった。明日か明後日には、一連の怪死事件の真相が明るみになる。もうきみが危険な目に遭うことはないんだ」

 しかし彼女の表情は晴れなかった。それどころか神妙に、俺を見詰めている。

 俺は向かいに胡坐をかいて、缶ビールを開けた。一気に半分ほどまで飲み、缶を置くと煙草に火を点ける。由莉亜は既に気付いている。取り繕っても無駄だ。酒と煙草に頼って、これではあまりにみっともないけれど……ビールの残りを飲み干した。

「俺は今朝、首に注射された。どうやら三日後に死ぬらしい」

 口元が笑ってしまった。底知れない、自嘲の気分が持ち上がる。

「ヘマをしたな。まあそのおかげで犯人が分かったんだから、痛み分けってやつか……。でもこれだけは分かって欲しいんだ……つまり、これについて由莉亜が何か責任を感じたりする必要がないってことはさ。全部、俺がしたくて、勝手にやったことなん――」

 そこまで云ったところで、俺は由莉亜に抱きすくめられた。

 彼女の身体、におい、温かさに包まれて、後の言葉がまるで浮かばなくなった。

「……由莉亜、俺は……」

 何かを云おうとするが、やはり続かない。由莉亜は新しい缶ビールを取ると、タブを開けて俺に差し出す。顔に吐息がかかる距離で「飲んで?」と云われて、それを受け取る。

 こんなもの全然美味しくないのに、口に着けて傾けると、喉の奥に流れ込んでくる。さっきのように一気には飲めない。缶を口から離すと、由莉亜の両手が俺の頬に添えられる。

 反応する前に、由莉亜の唇が俺の唇に重ねられた。

 俺は由莉亜の肩を押して、キスをやめさせた。目の前で、由莉亜は悲しそうな顔をする。

「どうして? これもうちがしたくて、勝手にやることだよ?」

「駄目だよ、そういうのは。それに、俺から感染する危険が――」

「来須さんが死ぬなら、うちも死ぬよ」

 缶ビールを持つ俺の手に、由莉亜は自分の手をあてた。

「飲んで?」

「飲まない」

 缶を床に置く。すると由莉亜がそれを持ち上げて自分で飲んだ。かと思えば再び、先程より強引に唇を重ねてきた。舌が割って入ってくる。一緒に口移しされたビールが、唇の端から垂れる。頭を抱きかかえられて体重を掛けられて、俺は後ろ向きに倒れた。

 唇が離れる。上に乗った由莉亜が、俺を真っすぐ見下ろしている。

「生きていれば死に対しても生に対しても優位だって……あの言葉が優しくて、嬉しかった。だけどうちは、来須さんと同じ方にいたい。優位じゃなくてもいいから」

 三度目のキス。今度は俺も抵抗しなかった。しばらくの間、唇の感触を確かめ合って、それを終えると由莉亜は俺の肩に顔を埋めた。

「来須さん……うちのこと、ひとりにしないで」

「ああ……悪かった」

 独り善がりになっていた。由莉亜の気持ちにも、自分の気持ちにも、嘘を吐こうとしていた。幸福は、不幸に向かう準備段階……俺は怯えていたのだと思う。

 由莉亜の背中に腕を回す。由莉亜は俺の耳元で、甘えた声を出す。

「うち、来須さんと結ばれたい。一緒に死にたい……」


    ・・・・


 二人並んで寝転がったまま、俺は煙草に火を点けた。

 煙を吸い込むと、奥でジーンと痺れていた頭が溶けていくような感じがした。

 由莉亜の手が俺の首に触れて、頬に触れる。それから口に咥えた煙草をつまむ。

「うちにも、吸わせて」

 少しかすれた声がそう云った。薄闇の中、赤い火が宙空を移動していく。

 ジュウ……と微かに燃焼の音がした後、由莉亜はこほこほと小さく咳き込んだ。

「美味しくないだろ。俺も最初はそうだったよ」

「分かんない……においは、好きなんだけど」

 俺は由莉亜の手から煙草を取り上げながら、反対の手で彼女の前髪を掻き上げた。

「前髪ないと変でしょ、うち」

「いや……可愛いと思うよ」

 吸った煙を優しく、その顔に吹きかけた。彼女はくすりと笑った。

「来須さんが初めて吸ったのは、何歳のとき?」

「十六だったかな」

「じゃあ、うちと同じだね」

「好んで吸うようになったのは、だいぶ後だよ」

「そうなんだ。うちは、あと三日でそうなれるかな?」

「どうだろうな……」

 視線を逸らした俺の頬に、由莉亜がまた触れた。

「うちは幸せだよ。好きな人と死ねる以上の幸せはないと思うから」

「ああ……俺もそう思うよ。本当に」

 煙草を灰皿に捨てて、俺は由莉亜に好きだと伝えた。

 思えば、こんな言葉を誰かに云ったのは初めてかも知れない。

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